夜空を纏う銀月の舞 はらり、ひらり。2 ――ふっ、 試合開始の合図と同時、地を這うような低い姿勢で距離を詰めるべく走り出したユカリ。納刀したまま柄を手に短い息を吐いて直進する。 対して未だ自然体のままでいるジューダスは、視線だけは外さずに冷静に相手の初手を待つ。 「せぇっ!」 鋭い金属音。 ユカリが己の間合いに入ったと同時、走る勢いのままに強く踏み込んだ抜刀からの一閃を、ジューダスは左手の短剣により斬り上げの剣筋を下から叩き上げて軌道を自分の頭上まで逸らす。 衝撃で浮きかけた彼女の体に体当たりをしてさらに姿勢を崩させると、右の長剣で水平に斬りつける。 しかしユカリは崩された体勢を敢えて戻さずにそのまま地面へと倒れ込む事で回避。剣は彼女の胴体があった位置を通過していく。 さらにユカリはそのままジューダスの足下へと体を転がすと、彼の両足へ向かい地面を滑らせるようにして刃を走らせ、次いで直ぐ様上空へと向かいアッパーのような蹴りを放ち、その顎を狙う。 しかしそれらは両足をたたみつつ跳躍し、既に引き戻されていた左手の短剣により柄頭を叩かされる形で防がれた。 彼はそのまま蹴りを受けた衝撃を利用し、後方へと軽く跳んでいた事で力を受け流しつつ距離を取る。その隙にユカリは跳ね起きると、再び納刀し低く構える。 「……面白い、お前も体術との複合剣術か。従者の中途半端な技よりは練度は高そうだ」 「あの子のは…わけあって私の動きと別の動きが混ざってるから」 「その別の動きとやらに覚えがある。お前、何をした?」 ざり、地を踏む爪先に力を少しずつ溜めつつも問うジューダス。 それを受け攻撃の気配を察したユカリは、警戒を強めつつ柄を握る手に力を籠めた。 「……私に勝ったら教えてあげる」 「言ったな。ではこちらから行くぞ…死ぬなよ。洗いざらい話してもらうからな、お前のその刀についてもだ」 「……ん」 こくり、短く返事を返したユカリに対し、今度は宣言通りにジューダスから攻めにかかる。 ――ハァッ! 殆ど一足跳びのような形で一気に距離を詰めたジューダスは、右の長剣による斬り下ろし、続き左の短剣にて横の斬り払いを繰り出す。 斬り下ろしを半身に捻る事で躱し、払いは鞘を持ち上げて防ぐユカリ。 それには構わずにそのまま受け手の鞘を下から叩き上げるようにして短剣で斬り上げつつも地面を強く蹴り、 跳躍しながら右の長剣で左手を追うように斬り上げる。 「飛連斬っ」 「ふ、うっ!!」 受けた鞘から鈍い音が連続して響く。衝撃で抜刀を邪魔されたばかりか、技の威力に軽い身体が数センチ程浮き、そのまま押し切られる形でユカリは吹っ飛ばされた。 「あぅっ!?」 意図的に倒れた先程とは違い、受け身を取れないまま地面に倒れたユカリはそのまま数回転ほど転がされてしまう。 ジューダスはそれを好機と追い掛けると、止めと言わんばかりに次々と剣を振り下ろしていくが、痛む身体に構わず捻り、転がりどうにか回避。 長剣がざくり、と地面に浅く刺さる事で引きまでに出来た僅かな間を逃さず、足払いにてジューダスの膝裏を蹴り姿勢を崩させたユカリは、頭の横で地面に両手をつき、力いっぱいに跳ね上げて跳びながら左右の脚での半回転二連蹴りを彼の側頭部へと叩き込んだ。 ――飛旋脚っ! 「がっ!!ぐっ!」 一瞬前と入れ替わる形で、今度はジューダスが地面に転がる。 蹴りの勢いのままに着地したユカリだが、しかし追撃するにはダメージを受け過ぎていた為に追えず片膝をついてしまう。 彼はといえば、頭部全体を覆う頭骨の仮面が兜の役目を果たしたのかダメージを軽減、すぐに身を起こし追撃に備え双剣を構えていた。 「――チッ、少し切ったか…」 違和感を感じて地面に唾を吐けば、蹴りの衝撃で口の中を傷付けてしまったらしく僅かに血が混じっていた。 ……ふん、まだ判断が甘いが、そこは鍛えれば伸びるな……だが。 攻撃が軽い。やはり体術を使うには彼女の身体は軽すぎた。技のキレ自体はそれほど悪くない、長年の運動不足で鈍っている割には従者のフィオと比べてもほぼ遜色ない程度には動けている。しかし決定的に力が足りず、また速さも足りないせいで威力が低い。前衛としては致命的と言っていい……それに加え。 「どうした?もう息が上がっているぞ」 「はっ……はぁっ……〜〜っ、うる、さい……!」 体力もない。 だがそれらは彼女も自覚している筈だ。勝つつもりならば剣だけでは不可能なのはわかっている筈だ。なのに未だに術を使うような素振りすら見せず、頑なに剣術に徹している。 震える膝を支えながらも再び立ち上がり、向かってくる彼女を迎え撃っていく。 早くも震え始めた両足に鞭を打ち、走り詰め寄ると直ぐ様右に左にと刀を振るう。その度に打ち鳴らされる、互いの武器の金属音。 何度斬りつけようが、全ての斬撃は相手の短剣と長剣による防御に阻まれ、止められてしまう。 そう、"止められる"。 受け流すまでもなく、受けきられてしまう。 それは即ち、単純な力の差以上に、肉体の鍛練の差でもあった。まるで樹齢数百年の巨木を相手に打ち込んでいるかのように、こちらの攻撃に対して向こうの姿勢が崩れる事がない。 崩れる事があるとするなら、それは先のように体術を織り交ぜ、不意を突く事が出来た場合のみ。それも隙、と呼べるようなものにはならずに、一瞬で立て直される。 まいったな。 そう思った。自分が予想していたよりも遥かに、その力量には差があった。 これでは巫術を使ったとしても、とても五分には持っていけない。 それにこうも細身に見えて、彼は想像以上に鍛えている事もわかった。打ち込んでいるこちらが衝撃を殺しきれないくらいに、防御が"硬い"。ダイヤでも殴ってるみたいだ。 彼は恐らく、私がどこまでやれるのかを見極めようとしている。 その証拠に、彼からの攻撃が殆どこない。さらに普段は使っている晶術を一度も使っていない。まるで私に合わせるかのようにして。 ――ぎりっ、 思わず食い縛る歯が鈍い音を立てた。 ……悔しい……悔しい、悔しいっ! 勝ち目がないのはわかっていた。剣術においては殆ど通用しないだろう事もわかっていた。 それでも、もう少しはやれるつもりでいた。せめて晶術を使う、普段の連携スタイルで相手をして貰えるつもりでいた。 それが、晶術を使わせるどころか反撃すらもして来ない。反撃"出来ない"んじゃない、反撃"しない"だけ。してしまえば、私があっという間に倒れるのが最初の攻防でわかったから。 手加減、なんて温い表現じゃ収まらない。なめているわけじゃないだろうけど、もうそれ以下の扱いを受けているような気分。 苦し過ぎて、逃げたくて、気が付いたら無意識に巫力を練り込んでいる。それを慌てて止めて、散らせる。 そうしてその間に押し返されていた距離を、再び詰めるように走る。 「〜〜っ! あぁァァアアアアアッ!!」 叫ぶ。 溢れんばかりの悔しさを全て吐き出すように。 己の不甲斐なさを、その恥を振り払うように。 「ラァッ! ハァッ!……ぅワァアッ!!」 叫んで、叫んで。 悔し涙を流す代わりに、喉が裂けるまで声を張り上げる。 そうしつつも、一矢報いる機会を掴もうと彼の動きを、その流れをひたすらに追い続ける。 今持てる全力を尽くし……いや、尽くした上でさらに振り絞り、絶えず刀を振るい続けていく。 それでも彼は揺るがない。揺らいでくれない。 ……こんな強さが、私も欲しい。 これだけの強さがあの頃の私にもあったなら。きっと"あの子"を守れたのかも知れない。 これだけの強さがあの時の私にもあったなら。きっと"家族"を守れたのかも知れない……私の大事な人達を。 力だけじゃ駄目なのはわかってる。これだけの力があって尚、目の前の彼は一度死んでいるのだから。 でも、それでも。 そんな彼に、一歩でも近付いていきたい。そのためにも、力が欲しい。守れる力が、欲しい。 強く打ち過ぎて今にも破れんばかりの心臓の悲鳴を無視して、痺れて脱力していく肉体に活を入れて。 どれだけ躱されようが、頬や腕を裂かれようが、血が流れようが……私は降参なんて、絶対しない。 [back*][next#] [戻る] |