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夜空を纏う銀月の舞
そのためなら。7

「はふう……口から綿が飛び出そうです…」

「私も。口から魂抜けそう……」

主従揃ってぐったり。一緒のベッドで死体のようにうつ伏せになっている私達。

「ユカリさま、彼には巫術、明かさないんですか?」

「え?」

突然、どうしたの?

「もうそろそろ、黙っているのは限界だと思いますよう。彼、多分巫術について何か知ってます」

「……ん……そう、だね」

多分、というよりはほぼ確実に知っている筈。なんせ彼の身内が巫術剣士なのだから。

「ほんとはね。ここで彼と戦おうとは思ってた」

「はい?そりゃまたなんでですか?」

「彼の正体を暴くため」

フィリアさんの名前を出してでもこの闘技場のグラウンドを1時間くらい貸し切りにしてもらい、どうにかして彼にソーディアンを使わせるつもりだった。そしてその上で、どうしてソーディアンを持っているのかを訊ねるつもりだった。
剣術だけじゃどうにもならなくても、巫術を使えばソーディアンに頼らざるを得ない状況を作れる……白雲の尾根で小屋に泊まった時はまだ、その程度の自信はあった。
けれど、イレーヌさんと偶然話す事が出来たおかげでその必要もなくなった上に、その自信も既に崩れてしまっている。あの時思っていた以上に彼が強すぎる…そんな気はなかったつもりだけど、完全に思い上がってしまっていたみたい。
普段のスタイルで全力で戦って漸く、五分。……それもごく短時間に限定される。すぐにその拮抗は崩れ、あれよと言う間に負ける自分の姿が想像出来た。
尾根を抜けるまでに見て来た戦いや、先程窓から見ていたけど自分が苦労して倒した魔物をあっさりとほぼ無傷の内に倒してしまっている様子から、その考えを改めさせられていた。

「中級出場のユカリ=トニトルスさん、今から15分の休憩の後に試合開始となります。一回戦は先程予選を勝ち上がった剣士・ジューダスさんとなります」

控え室の扉を開け、業務連絡を告げた係員さんの言葉に驚いてベッドから身を起こし、魔物が相手じゃないのかと訊ねる。
すると、とある闘技場の英雄からの要請で急遽対人戦になったらしい。

「あの人ですか……」

「あ、伝言を預かっております」

「……なに?」

「"今のお前ぇじゃ、本選の魔物相手じゃ死んじまうから対人戦にしておく"と」

……つまり、予選の戦いを見て"これ以上は無理"と判断されたんだ……。まさか本当に止められるなんて。

「あと、"小僧の希望もあったし面白そうだから"だそうです」

えぇぇ……つまり骨っこがコングマンさんに話を通したって事なの?ていうか、なんか最後のが本音な気がしてきたんだけど。

「わかりました」

「えっと…頑張ってください」

「ん?」

準備をしようとベッドから降りたところで、係員さんに応援の言葉をかけられた。唐突な業務外の言葉に少し驚いていると、歩み寄って来た彼女にがっしと手を掴まれる。

「あたし、応援してますっ!男の人なんかに負けないでください!」

「あ…えっと…ありがと……?ど、どうしたの?」

「わ、す、すみません…っ。ほんとは係員のあたしが選手に肩入れしちゃダメなんですけど…同じ女の子でも、男の人に負けないくらいやれるんだって、予選見てて思ったんです」

「う、うん」

なんだか熱のこもった眼差しに押され気味になりながら、彼女に頷く。
なんだろう、結構情けない戦いぶりしかしてない筈なんだけど…一体何が彼女の琴線に触れたんだろうか。

「実はあたしも闘士志望だったんですけど、命懸けだし魔物がやっぱり怖くて…。でも!あなたみたいに小さくても、死にそうになっても折れずに立ち向かう姿に勇気を貰いました!」

「そ、そうなの…?」

小さい、は言わないで貰えると嬉しかったかも。

「仮面の女剣士さま…あたし……」

あれ?なんか彼女の声色に若干、違う種類の熱が籠ってきた気がする。どこかで、そう、凄く身近で感じる種類の、ちょっと危険な種類の、熱……

「あぁ、その下の素顔を拝見したい…」

ぐぐぐ、と近付いてくる、彼女の顔。
あ、あの、そんなに近付いたらかえって見えなくなるんじゃ?いや素顔を明かすつもりもないけど。

「あぁ、小さくて柔らかそうな唇……戦ってる時はカッコいいのに、こんな可愛らしいところもあるなんて狡いです…。ねぇ、イイです、よね?」

嫌な予感が最高潮に達しながらも、万が一勘違いだったら失礼なので「何が?」と訊いてみる。
しかし返って来た答えは、残念ながら悪い期待を裏切らなかった。

「もう我慢出来ません、あなたの唇、あたしにくだ

「ごごご、ごめんなさい!私そういうの困りますからっ」

彼女のセリフを最後まで聞けずに遮り、脱兎の如く控え室から逃げ出した。
…ま、まさか、まさかこんなところでそういう趣味の人に襲われるなんて思わなかった……!!
走ったせいとは別に、心臓がどきどきばくばく。とてつもなく暴れている。応援してくれるのは嬉しいけれど、そういう対象に見られるのは、困る。偏見はないつもりだけれど、私の恋愛観はそちらじゃない。第一、好きな人が居るし。

「……これからその人にイジメられるのか、私…」

走っていた足の速度を緩めて廊下で立ち止まると、その事実に気分がずんと重くなった。

「大丈夫ですよ、多分その内気持ち良くなってきますから」

いつの間にかスカートのポケットに入り込んでいたフィオが、顔をひょいと出しつつも例のごとくちょっと意味不明な事を言い出した。

「私にはそういう趣味もない。ていうか、わざと助けてくれなかったでしょ」

「えへ、バレました?いやぁ男性ではなく女性を魅了しちゃうなんて、魔性の女略して魔女っぽくていいかなーって。……まぁほんとにユカリさまの大事なファーストキスが奪われそうになったら、その時は邪魔しましたけど」

「それで上手い事言ったつもりなら、今度は針山の刑にするよ」

それにいつぞやに私にキスを迫った癖に何言ってるのこの子。……ほんとに寝てる間とかにしてないよね?……あれ、不安になってきた。されててもカウントしない、ということにしておこう。うん、信じてあげ……たい、なぁ…精神衛生上。

「ま、こんなとこで立ち止まっててまたあの係員の子に遭遇したら気まずいですし、このままグラウンドに向かいましょーよ」

「ん。そうする」

そんなこんなで、私はそのままグラウンドに向かうことにした。
……彼と対戦、かぁ。ある意味では当初の予定通りにはなったけれど…。まぁ、手練れの彼と剣を交える事が出来るなら、その分戦闘勘は鍛えられそうだからありがたいと思おう。多分、物凄いスパルタだけど。

――変にどたばたしながら出て来たせいか、グラウンドに到着した時刻は試合開始の6分前。ちょうどいい時間だった。
いつもとは違う服装のせいか、私の姿を見た彼は一瞬私が誰だかわからなかったみたいだ。まじまじと観察するように私を見て「お前か」とだけ言うと、なぜだか少しだけ笑ったような気配がした。

「服装、どこか変?」

「いや、なんでもない…似合うじゃないか」

「あ、ありがと」

ほ、誉められた…!!どうしよう、今日からローブやめてずっとこの服装にしようかな…!

仮面の下で内心小躍りして喜びつつも、試合に対する緊張を少しずつ高めていく。気を抜けば文字通り瞬殺されるのがオチだ、それほどに今の剣の実力には開きがある。

「フン…口元が緩んでいるぞ」

う。そこは突っ込まないで欲しかった。

「魔女は廃業するのか?コングマンに聞いた話では晶術すら使わずに剣術だけで戦っているとの事だったが」

「そういうわけじゃない……今のままじゃ、キミ達の足手まといになる。だから、私は自分を鍛え直す事にしたの。それに言ったでしょ?私、前世は剣士」

「ほう、だから急に山道を歩き出したりしたのか。鈍ったままではまともに剣は振れんからな。だが海の主との戦いではまともに振れていたじゃないか」

「あれはズルみたいなもの。身体強化の術式で無理矢理底上げしてたし…長くはもたない」

おまけに使った後の反動がきつい。あれは本来、後衛の術士が使えるものじゃない。退魔の任を負い、鍛えられた剣士が人外の動きに負けないように、ついていけるようにするための術式なのだから。武芸者として肉体を鍛えているからこそ強化する意味があるし、かかる負担にも耐えられる。
それをさして鍛えてもいない術士が使えばどうなるか。答えは既に身をもって体験している。……フィリアさんが昔、騎士姫に教わったけれど負担が辛くて使いこなせなかったとも言っていた。

「それでいきなり術を封印して闘技場か…呆れた奴だ。いくらなんでも焦り過ぎじゃないのか」

「わかってる。でも、私はみんなを守りたい」

それに、キミの力になりたい。キミの側に居たい。そのために強さが必要なら、私はなんでもする。

エルレインに蘇生された彼の命が、いつまでのものかはわからない。彼女がその気になれば、彼は今すぐにでもまた死んでしまう可能性がある。……きっと一緒に居られる時間は限られている。だから、その時が来てしまうまでは側に居たいと、強く願う。
"あの子"の禁術を研究して発展させれば、もしかしたらエルレインの奇跡の効果が切れても寿命いっぱいには延命出来るかも知れないけれど、それは世界の理に反してしまう。彼は本来、この時代では死者であるのだから。たかが人間の私欲で踏み込んでいい領域じゃない。その一線だけは、越えられない。

「守りたい、か……いいだろう。その決意、僕が確かめてやる」

時間はちょうど、試合開始の予定時刻になろうとしていた。審判の人が私達に構えの号令をかける。
指示に従い、互いに配置についた私達。ここから先は、言葉ではなく剣を交えよう。

「退魔の太刀・春霞のユカリ……お相手願います」

「フン、流派を名乗るのは"お前ら"の礼儀らしいな……来い」

双剣を鞘から抜き、自然体を取る彼の言葉の直後。試合開始を告げる拡声器を通した声が、闘技場全体へと高らかに響き渡る――

2015/05/28
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