夜空を纏う銀月の舞 そのためなら。6 「うぃなぁああああっ!」 最後の一体、悪霊化した人骨の魔物、スケルトンの頭骨を粉砕して勝利の叫びを上げる私。 見ていてくれましたかユカリさまっ!!……って、居なーい!? 闘技場グラウンドから見える控え室の窓を見上げるが、主人の姿はどこにも見えない。不思議に思って自分への巫力の供給元を辿ってみれば、ラインは闘技場の裏庭の方へと続いているようだった。 「そんなぁ…せっかくカッコ良く飛び蹴りで決めたのに、私の勇姿を見ていてくれないなんて……よよよ」 「フン、その程度で決めたつもりとは、あのナンパ男と同レベルだな」 !? ここ最近ですっかりと聞き慣れた、背後からのその特徴あるテノールに勢いよく振り返る。 するとそこには、あのサファリボーイ…もとい、ジューダスさんが双剣を手に立っていた。 「は?……はぁあっ!?何故あなたが、ここに居るんですかっ!?」 「決まっているだろう」 僕も剣闘に参加したからだ、と事も無げに仰る骨の人。 ……また骨ですか。今日は骨に縁ありますね、私。 ちなみに予選Dクラスから初級に振り分けられ、決勝も含めてスケルトン系は12体ほど倒して来ていた。 「前々から思っていた事だが、お前の剣術…たまに使う技のいくつかが僕の知り合いにそっくりでな。あいつは生まれも流派も、非常に特異な剣士だった…同門は存在する筈がないし、弟子も居ない。なのに何故使えるのかを問い質したくてな」 う、……いつか突っ込まれる気はしてましたが、今ですか。今訊いちゃいますか。 「たまたまじゃないですかー?」 「僕の目が節穴だとでも言うつもりか?ついでに言えば、その技だけが基本の動きと武器に見合っていないという事も添えておこうか」 「…でっすよねー!」 ううむ…困った。やっぱりわかる人にはわかっちゃうんですねぇ。あの人は太刀、私は所謂、忍者刀。間合いが違いすぎる。 半分以上観念してはいるものの、それでも主人が言っていない事をおいそれと話すわけにはいかない。巫術に関する事は特に、話せない。有名過ぎるあの人が使用していた、この世界においては特殊な能力なのだから。 ついでに言えば、この骨の人。過去の騒乱を始めとしたこの世界の知識量が半端じゃない上に、今のやり取りのようにやたらと勘が鋭い。 恐らくは既にアタリをつけた上で、再確認程度の意味で訊いてきている筈。……なら逆に言えば、まだ致命的な確信には至っていないという事。主人が巫術を公言するまでは、言うわけにはいかない。 「やはり言わんのか?」 「私、胸は柔いですけど口は固いんですよねー」 「いちいち下らんネタを挟まなきゃ喋れんのか、お前は」 「興味あるなら揉んでみます?人じゃないんでセーフですよ?」 「それが通じるのは身内だけだろう。僕を変態側に引き込もうとするな」 ……興味あるのは否定しないんですか?とか突っ込んだら多分、一瞬で飛頭蛮にされそうですね。縫って貰えば直りますが、それまでデュラハンメイド状態とか半端なホラーは勘弁願いたいです。頭でキャッチボールとかされた日にはさすがに泣きますよ、私でも。 「ええと、お二方、よろしいですか?」 「はい?なんですか?」 審判兼・試合の進行を仕切っていた係員さんに話しかけられた。 彼の話によれば、本日の予定していた試合分の魔物がなくなってしまった為、クラスチャンピオンへの挑戦権を賭けて私と骨の人で勝負して貰いたいとの事。 ちょっと待って下さい。私はともかく、どう考えても上級レベル以上のこの人が何故、初級クラスでしかも私と戦う事になってんですか。意味わかりません。誰か説明してこの人にお帰り願って下さい。切実に。 「ふっ…簡単な事だ。悟られん程度に予選で苦戦を演じた、それだけだ」 「心の中読まないでいただけます?ついでに役者目指したらどうですか……」 がくりと肩を落とす私に、目の前の彼は口の端を僅かに持ち上げ楽しげに笑う。まるで悪戯の成功した、無邪気な子供のような目。 「何を思って闘技場に参加したかは知らんが、ちょうどいい。その体に訊こうか。…喜べ、ついでに修行をつけてやる」 「うわー、ステキなサドっぷりありがとうゴザイマスー。……痛くしないでくださいね…?」 「お前の実力次第だ。……お前の主人はこの後か?初級のチャンピオンとやらを倒した後はあいつにも訊きに行くとしようか……いくぞ!」 仮面の下で薄い笑みを浮かべたままに双剣を振るう黒衣の騎士は、これまでに見たどんな魔物よりも恐ろしく見えました。 ……ユカリさま。私、もうダメです。がくり。 お昼を過ぎて暫く、ぼろ雑巾のようになって控え室に戻ってきたフィオに事情を聞いた私は、正直慄いていた。 彼が闘技場に参加している。しかも、あっさりとフィオと初級のチャンピオンを下し優勝した後、私が中級に振り分けられた事を知るや追いかけるようにして同じクラスを戦い始めたらしい。なんていう疲れ知らず。 「何が怖いって、連戦にも関わらず簡単に勝ち抜いてくる強さが怖い…」 「げふっ…お花畑、お花畑で猫っぽい着ぐるみ着た子供とるんたった…うふふふ」 フィオ、そっちに行っちゃ駄目。帰っておいで。というか何その謎世界。着ぐるみ? にしても、私が予選でどれだけ苦労した事か…。初っぱなから蛙型の魔物でも上位に位置付けられ、危険種にも指定されてるジュエルビースト3体と戦わされたのを始めとして。メイガスやらリザードロードやらと立て続けに戦う羽目になった私は、フィオに負けず劣らず中級本選を前にして既にぼろぼろ。 まず開幕直後から、いきなりジュエルビーストに囲まれて丸呑みにされた所で死ぬかと思った。幸いにも鉱石のように硬い外皮と違い、体内は意外と柔らかかったおかげでなんとか斬り裂いて脱出出来たけれど。消化液が致命的な強酸でなくて本当に良かった……大っきい蛙がトラウマになりそう。ただでさえ気持ち悪いのに。ちなみに触手は既に軽いトラウマ。 次に出て来たのはリザードマンの亜種・リザードロードと古代の機械兵・メイガス。 前者はリザードマンがより強さを求めて人間の剣術を研究し、身に付けた魔物。技術的には物真似の域を出ない程度だけど、それを扱うのはあくまで魔物。根本的な身体能力が違う。剣筋は粗く雑ではあるものの、力と速さが尋常じゃない。 刀の強度を上げてなければ…式刀じゃなければ、多分はじめの一合・もって三合で折られてる程の冗談みたいな膂力。受け流すように捌いてそれなのだから笑えない。剣というよりは鈍器を相手にしているかのようで、捌ききれずに何度も打ち据えられながらも、なんとか大振りの後に出来た隙を突いて返しの斬り上げで首を落とせた。 そしてメイガス。リザードロードと戦ってる最中から援護射撃と晶術の砲撃が鬱陶しかったものの、前衛を倒してしまえば所詮は機械。刀に雷撃を纏わせて溶断し、バラバラに解体。こちらはさして苦労せずに済んだ。 予選決勝での相手が地元アクアヴェイルでお馴染み、行動パターンを良く知っているデカラビアとクラーケン相手だったから辛うじて勝ち抜けはしたものの……正直それ以外の相手なら負けていたと思う。 フラフラになりながら医務室へと行き、手当てを受けながら聞かされたコングマンさんの批評はなかなかに辛辣だった。 やれ脇が甘いだの、脚が弱いだの、攻め手が半端だの……自覚してるだけに耳が痛い。というか、わざわざそんな事を言うために医務室に先回りしていた辺り、あの人引退して暇なんだろうか? ――ともあれ、どうにかこうにか予選を抜けた私は、本選中級へと進んだ。 [back*][next#] [戻る] |