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夜空を纏う銀月の舞
そのためなら。5

さて、そしてフィオによる剣闘が始まった。
相手はチュンチュンにコボルト…小鳥に下級獣人の魔物だ。セインガルドの草原地帯や森に棲む、討伐の楽な相手。
闘技場の剣闘は、対人戦は殆ど行われないらしい。初回参加者はA〜Dの予選クラスに振り分けられ、3戦して力量を審査員が見定めた後、改めて初級・中級・上級に分けられる。
そこでもまた魔物と戦い、勝ち抜いていくとクラスチャンピオンとの戦いになり、そこで漸く対人戦になる。
何故魔物との戦闘が多いのか、と訊ねてみたら、どうやら街周辺の魔物の駆除も兼ねているらしい。
街へと近付き過ぎて危険な魔物を捕獲し、それを闘技場へと連れ帰る。剣闘士は討伐を兼ねて己の武力を示し力を磨き、観客は彼らに感謝も込めて声援を送りつつ楽しむ。
……なるほど、よく出来ていると思う。
魔物の捕獲も、ある一定のエリア内に侵入した街を襲う可能性のあるものに限定しているようだし、見世物にするためだけに無闇やたらと乱獲しているわけじゃない。捕獲した魔物が少なければ、同一クラスの中で対人戦を組めば良い。
観客達は入場料という形で、他の街で言う討伐部隊や傭兵団の維持費・報償金を賄う。
無駄のないシステムだ。

「……んんん?そこの真っ黒いカッコしたボーズ、お前さんも参加者か?」

フィオの試合を窓から観戦していると、背後で野太い声が響いた。

私の他にも黒い服着た男の子なんて居たっけ?と思いながらキョロキョロと控え室を見回すけれど、そんな男の子どころか私一人しか居なかった。

……ボーズ……私、ぼーず……

背中越しとはいえ、男の子に間違われた事に軽くショックを受けつつ振り返れば、何やら物凄く立派な体格の壮年の男性がこちらを見ていた。

「お?……ちびっとだけだが膨らんでる胸とその長い髪…すまねぇ、お嬢ちゃんだったか。後ろからじゃわかりにくかったモンで間違えちまった」

……なにこの失礼な禿げタコ海苔眉毛のオッサン。悪かったですね起伏の乏しい身体で。そりゃフィオとかイレーヌさんみたいなナイスバディじゃないけど、ちゃんとあるもん………………ある、もん……。

「すみません、分かりにくい格好で。逆光で眩しいので入り口の扉、閉めて貰えませんか?」

「がはは、まぁそう怒るなよ、悪気はねぇんだ」

余計タチ悪い。仮にも一応女の子に対してこう、デリカシーというものがうんぬんかんぬん……

私が心の中で呪詛のように文句を連ねている事にはまるで気付かない様子で、男性は素直に扉を閉めてこちらへと歩み寄って来た。皮肉にも気付いてないあたり、言動から見て取れるように大雑把な性格なのか、又は鈍いだけなのか。恐らくは両方だ。

「ほうほう…ふむ、嬢ちゃん、術士だろ?そのいかにもな格好はよ」

「参加クラスは剣士のBですが」

「おいおい、冗談だろ?その細さと年齢でそのクラスは無謀過ぎるぜ」

……なんとなく予想はつくけど、一応訊いておこう。

「私、いくつだと思います?」

「10歳くれぇだろ?」

即答だった。ほんっとに失礼な人。
15歳ですと答えれば、彼は目を剥いて驚いた後、そのナリじゃ無謀な事には変わりねぇ、と笑う。そこまであからさまに馬鹿にされるのも久々だ。
彼はそのつるりとした頭の後ろを掻きながら、しかし目は真剣に。

「悪いこたぁ言わねぇ。ケガしねぇ内に変更してきな。お前さん、今戦ってるメイドの子より弱ぇだろ。良くてどっこいって程度だ」

「……、そう見えますか?」

「おうよ、この元チャンピオン様の目に狂いはねぇ」

元チャンピオン。……そういえば、18年前にフィリアさんに言い寄っていた筋肉自慢の闘技場チャンプが居る、って話を聞いた事がある。名は、確か

「マイティ=コングマン……」

「おう、ご本人様だぜ」

ふぅん…その元チャンピオン様から見ると、私とフィオは同格以下に見える。そして、私が参加するクラスは無謀…ね。

「根拠は?」

「カンだ。強いて言うなら、お前さんにゃ隙しか見えねぇ。出身地で分けられるクラスだが、剣士のBで参加する奴ぁこの時点でだいたいイイ気配を放ってやがる。強者の気配だ」

「でも、それが私にはない、と?」

「そうだ。俺様は自分の肉体のみを頼りに戦って来た。だからそういう、前で戦うタイプの奴はニオイでわかる。どの程度の実力かもな」

……経験を根拠にされては、返す言葉はない。
彼はカンだと言ったけれど、それは膨大な戦闘経験に裏打ちされた、確かな意味を持つ言葉だ。何より、実績がある。
フィオの主人としては面目が立たないので認めたくはない。けれど、それが今の"剣士"としての私の評価ならば、それは素直に受け取るしかなかった。

「ご忠告、ありがたく受け取らせていただきます」

「おう。なら今の内に……」

「でも、クラスは変えません。その位でなければ、今日、参加する意味はないですから」

「おい」

なんと言われようと、変更する気はない。
今の私が彼らの足手まといにならないようにするためには、多少無茶だとしても荒療治が必要だから。
基礎体力などは時間をかけて今の体を鍛えるしかない、けれど……前衛での戦闘勘だけは実戦でなければ取り戻しようがない。それも、格下との生温い戦いではなく、格上との厳しい戦いでなくては。

「いくら説得されても、変えません」

そうはっきりと宣言すれば、彼は「ガンコな嬢ちゃんだぜ」と盛大に溜め息をついた。

「あぁもうわかったよ、好きにしな。だが闘技場としても死人が出ちゃシャレになんねぇ。ヤバいと思ったら容赦なく止めるぜ」

「えぇ、その時は宜しくお願いします」

「……いい性格してやがんな。普通謝るとこじゃねぇのか?俺様の親切を無下にしといてよ」

完全に呆れ顔。彼はやれやれと首を横に振ると、頼むから死ぬんじゃねぇぞ、と念を押して控え室を出て行った。
……勿論、こんな所で死ぬつもりなんて毛頭ない。でも、本当に死にかけるような事態にでもならない限りは、身体強化と剣に纏う術式以外は使うつもりもない。あくまで、剣士として戦い抜く。

「フィオには悪いけど、観戦してる時間も勿体無いし…もう一度、型の復習しておこう」

私は杖にしていた羽姫を刀に戻すと、ローブを脱いでノイシュタットで調達した動きやすい服に着替える。
白のデザインブラウスに革のベルト。赤いチェックのスカートの下に、黒いスパッツ、膝丈のソックスといつものロングブーツ。
長い髪は首の後ろで一つに纏め、最後に舞踏会用の顔を上半分だけ隠すタイプの白い仮面を装着して完成。

……今日が終わったら骨っこにこの仮面あげようかな。リーネの時のあれ、私でもびっくりするくらい怖かったし。

などと考えつつ刀をベルトに差すと、私は控え室を後にして闘技場の庭を目指したのだった。


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