[携帯モード] [URL送信]

夜空を纏う銀月の舞
そのためなら。4

――――……小鳥の囀ずる、港町の朝。カーテン越しに入り込んで来る朝日に頬を照らされ、穏やかな熱を感じながらゆっくりと意識が持ち上がってゆく。

「ん……」

もう朝……?

暗闇に慣れた目に刺激を与えないよう、少しずつ瞼をそっと開いてゆく。
ぼやけた視界が焦点を取り戻してゆくまでの、僅かな間に毛布を体からどかし上体を起こしていけば、終わる頃にはすっかりと景色は輪郭を顕にしていた。

「ふわ……むにゃ…」

が、それと残る眠気はまた話が別なようで、どうにも体が重かった。
というか、あちこちが痛い。主に足。

「あう……筋肉痛……」

本当に情けない。たかが1日2日、山道を歩いた程度でこれでは、先が思いやられる。
子供の頃は、まだ前世からの習慣もあって鍛練もしていたから良かったけれど、セインガルドへ渡ってからはサボってたからなぁ。空舞で移動するようになってからは、さらに運動不足に拍車がかかったし。
これは取り戻すのに苦労しそうだ。もう昔と同じレベルでは剣を振れないかもしれない。……剣術、好きだったんだけど。

そんな風に考えながら顔を洗い、寝間着からローブに着替えてポーチの中で寝ていたフィオを起こす。寝惚けたフリしてのセクハラはいつも通りにお仕置きをして、隣のベッドで眠るリアラを起こさないように静かに客室から脱け出した。

時刻は夜明けから1時間ほど。起きたリアラが心配しないように置き手紙を残して訪れた場所は、ノイシュタット名物の闘技場だった。
まだ早い時間だというにも関わらず、受け付けに座る女性に挨拶をしつつ、手渡された一枚の書類に必要事項を記入していく。

名前、年齢、性別、職業……出身地、戦闘スタイル。

――そう、出航となる明日までに空いた今日という時間を利用して、私は闘技場の対戦に参加することにしたのだった。
普段の戦闘では今のところ、カイルやロニには何戦しても負ける気はしない。でも、今のままではすぐに足手まといになってしまう。それくらいに二人の成長速度は目を見張るものがある。
それもその筈、すぐ身近に骨っこ……リオン=マグナスという理想の手本が居るのだから。
彼は、正直強い。純粋な技術だけなら、恐らくはあのバルバトスよりも上だろう。さすがはかつて栄華を誇った王国にて、その腕を買われ客員剣士の座に就いていただけはある。……その実力は、同じ客員剣士だった彼女を置いて次代の七将軍筆頭と評価されていた程だ、納得するしかない。
塔の資料を読んでその評価だけは知識として知ってはいたものの、やはりそれは漠然としたイメージでしかなかったけれど……いざ目の当たりにすると、溜め息しか出なかった。
剣士として全盛期のかつての私であっても、多分、多少なりとも善戦出来れば万々歳、といった具合だ。

そんな彼からその技術を見て、それを盗んで己の技術へと昇華しつつある現役戦士のカイルとロニには、近い内に抜かれる。
であるのに、今ある技量だけで力を伸ばさないままの私では、戦闘ですらも置いてきぼりにされるのは明白だった。
……そんなのは、私の中に僅かに残る剣士としてのプライドと、芽生えたばかりの想いが許さなかった。仲間として足手まといになるのも論外ではあるけれど、その二つの方が比重を大きく占めている。

そしてどうやら私の本質はやはり、生まれ変わった今でも剣士らしい。闘技場での書類には、アクアヴェイル刀剣の剣士、と書いて提出した。
ちなみにフィオを連れてきたのは、試合の合間に世話をしてもらうためだったのだけど……彼女も彼女で何か思うところがあるようで、"あの人"の模倣のままでは終わらないように力を磨きたい、として私のクラスとは別のクラスで参加していた。
そんなわけで、私達は主従揃って1日剣闘士として過ごす事にしたのだった。

そうして申請から2時間ほどして。闘技場は見物客を入れるようにゲートを開放。老若男女、様々な人々が観客席へと入り始める。その活気はさすがに街の目玉なだけもあり、まだ早い時間だというのになかなかの盛況ぶりだ。椀型の建物に詰める景色はなかなかに壮観だった。

「はえ〜〜、凄いですねユカリさま。お客さんいっぱいですよ」

「だね。いろんな人が観に来てる」

「皆さんお暇なんですね」

「こら。失礼な事言わないの。…平和な証拠、だよ。イレーヌさんの想いが、それを継いだ人々が頑張ったから、街の人みんなにこうした催し物を楽しむ心の余裕が生まれたんだよ、きっと」

昔のように貧富の差を抱えたままなら、きっとこうまでお客さんも入らなかったんじゃないかな。…それこそ、富裕層の娯楽、の面が強かったんじゃないだろうか。

「Dクラス出場のフィオ=ルーンセイルさん、いらっしゃいましたらゲートまでお越しください」

「およ。呼ばれちゃいました。…それじゃ行ってきますね、ユカリさま!」

笑顔で手を振り、彼女は呼びに来た係員さんと一緒に控え室から出ていった。
……この闘技場のシステムは中々面白く、初回の参加者はまず出身地でクラスが自動的に振り分けられる。
それには理由があり、この世界は一風変わっていて、地域ごとにある程度はっきりと魔物の強さが変わっているからだ。
"一風変わった"と評したのは、前世で生きた世界ではほぼ場所や時季に関係なく、また強かろうが弱かろうが妖は"出る時には出る"ものとしての認識があるからかも知れない。
それとは違い、気候の厳しく生存競争の激しい地域ほどこの世界の魔物は強くなり、また穏やかな地域ほど弱くなっていく。
つまり、作物の育ちにくいファンダリアやカルバレイス地方は強い魔物、逆に資源や食料の豊富なセインガルドやフィッツガルドはあまり強くない魔物が出ることになる。……この辺りはやはり、生物という枠外の"妖(神霊に近い存在)"とは違い、魔物といえど"生物"であるが故だろうか。
そんなわけで、セインガルドの中でも、特に治安の良い場所…アイグレッテで生まれた(創られた)フィオは一番下のランクからのスタートになった。
私はといえば、大陸から外れた島々の集合体であるアクアヴェイル、さらに本島から離れた島の出身という事でBクラスの出場。
そういった未開拓に近い地域の魔物は、やたらと特殊な能力持ちか、そうでなければ平均以上の戦闘力を持つ魔物が多い。
ちなみに闘技場が定めるランクの最上位は、今のところファンダリアの地上軍拠点跡地付近らしい。定期船の出るスノーフリアからも、首都であるハイデルベルグからも距離があるため、安全を確保しきるための討伐隊の手が届かないせいで危険な魔物の数が減らないというのが理由だそう。ただでさえ生存競争の激しい地域であるところに、そんな条件が重なったものだから闘技場の上位戦士でも手こずる魔物が出るという話だった。
……これからそのファンダリアへと渡ろうとしているのだから、無知とは怖い。出来るだけ整えられた道から外れないようみんなを案内しなきゃ、ウッドロウ王に会う前にデッド・エンドになってしまう。聞いておいて良かった……そういう情報は生命線だ。


[back*][next#]

4/7ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!