夜空を纏う銀月の舞
そのためなら。3
「わっ、……と。大丈夫?」
「ひっ、ひっ………!」
私の方へと倒れてきた女の子は、恐怖のあまり悲鳴すらも声にならないらしい。がちがちと歯を鳴らしながら、可哀想なくらい顔を青ざめさせ震えている。
ちょっと脅かし過ぎたかな……。
「ごめんなさい。その魔女は、実は噂が一人歩きしただけの、引きこもりで運動不足のただの女の子なの。……尾根と街の往復で、もう膝がっくがく」
実際にぷるぷると震える足を指差してやれば、女の子は一瞬きょとんとした顔でそれを見ると、やがて力が抜けたように吹き出した。
「ぷっ、…くっくっ、ま、魔女さん、運動不足なんですか?」
「引きこもり歴5年。ぶい」
ピースサインでアピール。
女の子はついに、ぶは、と大きく息を吐いて笑いだした。私の後ろでは骨っこが「なんの自慢にもならないだろう、馬鹿者が」と溜め息をつき、リアラとカイルはクスクス笑い、ロニは遠慮なしに爆笑している。
「みんな笑い過ぎ。頑張って歩いてるのに。……ねぇキミ、本当にごめんなさい。あんまりあのおじさんに腹が立ったものだから、つい調子に乗って悪ノリを……」
「ぷっ……ふふ、あ、いいですよ。脅してる時の魔女さんは怖かったですけど、正直、私もあのタヌキオヤジ嫌いですし。セクハラするし、臭いし、ケチだし…お仕事だと割りきらなきゃ、やってられません」
お、おお……凄い本音を聞いちゃったような……。
「あのオヤジが戻ってくる前に、お屋敷から出た方がいいですよ。まぁ、暫くはお部屋から出て来そうもないですが」
階段の奥を見ながら舌を出す彼女に、思わず苦笑いしてしまった。
そんなこんなで、商人の屋敷を後にした私達は一旦宿へと戻り、休息を取ることにした。
取ってあった部屋へと入った私は、荷物を放り出して早速ベッドへと全力でダイブ。
「もーだめ。疲れた。ねる……」
「ユカリってば……ダメよ、お風呂くらい入らなきゃ」
「だって疲れた〜……」
「ほーらっ、起きて。ジューダスに嫌われちゃうわよ?」
「うっ……それ言われると辛い……リアラの意地悪……」
「なんなら私と一緒に入りますー?」
「嫌な予感しかしないからやだ」
布団に顔を埋めた私の頭を、ぺちぺちと小さい手で叩くフィオにジトっとした目を向ければ、リアラはクスクスと楽しそうに笑いながら。
「じゃあ私とは?」
と言い出した。
「え。あ、あの……」
「ふふ、冗談よ、冗談。お先にどうぞ」
「もう、変なコト言わないでよ……」
げんなりしつつ、仕方なしにもそりと起きて言う通りにする事にした。
どうにも、このところみんなにいじられてる気がする……。悪い気は、しないんだけど。
――夕食時、食卓を囲う席で彼がふと口を開く。
「船の修繕の件だが、今日・明日中にはなんとか補強作業を終えて、出航出来るようになるらしい」
「へぇ、良かった!これで漸く、先に進めるね!」
はしゃぐカイルは美味しそうにパンにかじりつく。幸せそうにご飯を食べるカイルは、なんだか育ち盛りの仔犬っぽい。
その脇ではロニがチキンを頬張りながら「んじゃこれからまた、船旅が始まるわけだな……よし」と無駄と思われる決意を胸に拳を握り締め、静かにスプーンでシチューを口に運んでいたリアラはといえば、ことりと食器を置くと、物憂げな顔で何かを考え込んでいた。
「出発は明後日になる。もう1日空くことになるが、その間に各々、準備をしておけ。次に向かうのはファンダリアだ、主に防寒対策は忘れるなよ」
「りょーかい。でも、風邪引いてもお薬はあるから心配しないで」
「……まぁ、魔女の実験台になりたければ、そこの腹筋自慢のバカのように薄着のままでも止めはせんが」
「なにおう!この美しい六つに割れた腹筋が羨ましいからってバカにすんじゃねぇ!……はっ、さてはジューダス、実はお前の腹はたぷたぷだなっ!?」
「そんなわけがないだろう」
「…………」
「ユカリ?」
……ちょっと想像しちゃった。彼の腹筋。
いや、勿論たぷたぷな方じゃなくて、こう……無駄がなくて、でもすらっと引き締まったような綺麗な……ハッ!
ふと顔を上げれば、物凄く残念なものを見るような呆れた目で彼に見られている事に気付く。
「い、イヤー、オイシイネ、コノシチュー!」
「お前、今何を想像した……?」
「ほーらリアラ、このパンなんかもっちもちで最高だよねー!」
「ユカリ……、キャラがおかしくなってるよ…」
どうにも誤魔化せなかったみたい。彼女にまで突っ込まれた私の味方はどこにも居なかった。
……ふ、ふんだ、いいじゃない、ちょっとくらい想像したって。減るもんじゃなし。
「もしかしてユカリって、実はムッツリなのか……?」
「え、ユカリって、そうなのっ!?」
ちょっ!?何を言い出すのロニ!?カイルもやめて!
「ち、違うっ、ヘンな事言わないで!」
「そりゃーユカリさまだって、お年頃のおんにゃぽぷっ!」
「フィオ!」
今までポーチの中で寝てたくせに、こんな時だけ都合良く起きてこなくていいからっ!
ひょっこり顔だけ出して妙な事を吹き込もうとする彼女を、無理矢理中に押し込んで黙らせる。
も、もう、やだっ!何この流れ!?
「ムッツリユカリ……いや語呂が悪いな……ムッツリーヌ・ユカリ……ふむ、悪くない……」
こら、そこ、変なアダ名を付けようとしないで。私は、断じて、ムッツリなんかじゃないし「悪くない」じゃないよ!!キミなんか、ザ・オープンエロニのくせに!
「み、みみ、みんなのばか……っ!!ムッツリでも、えっちでもないもん…っ」
あ、なんかもう泣きそう。声が変に震えてる。
「あ……。ご、ごめんね。ちょっと悪ふざけし過ぎたみたい。ロニもそんなアダ名付けちゃ可哀想よ」
そんな私に気が付いたのか、リアラが慌てて謝ってきた。
「うう〜……」
どうにも言葉が出てこなくて、小さな子供みたいな唸り声になってしまう。
唯一味方になってくれたリアラにしがみついて、彼女の温もりに逃げると、ふわふわで優しい花の香りがした。…香水、かな?
その後暫く、リアラに咎められたロニとカイルが謝ってきてくれたけれど、完全にヘソを曲げてしまっていた私はすぐに許してあげられなかった。
……お子さまって言わないで。
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