夜空を纏う銀月の舞
そのためなら。2
「オベロン社跡地のこの屋敷を買い取ったら、金庫に遺言状が入っておってな――」
私達が廃坑から街へと戻り、あの商人の屋敷の前へと辿り着いた時だった。卑しい笑いとともにやたらと誇らしげに語る、男の声が聞こえてきたのは。
「ヤツらが途中で野垂れ死んだところで、こっちの被害は1ガルドもない。我ながら、上手くしてやったものだ」
「相変わらず商売上手でいらっしゃる。あやかりたいものですなぁ」
ホーッホッホッホッ!
下卑た笑い声が響く。私達はそういう扱いにされたのだろうと予想はしていたものの、いざそれが的を射ていたと改めてわかってしまうと、やはり怒りが沸いてくるものらしい。
しかも、だ。
この屋敷…骨っこの話では昔、イレーヌさんの屋敷だったそうだ。そこに遺された彼女の純粋な想いを、あんな私欲に塗れた汚物のような輩に汚されたのかと思うと、いっそ屋敷ごと消し飛ばしてやろうかとすら思ってしまう。
大きな怒りで震える私の手に気付いたらしい骨っこに、首を横に振りながら「抑えろ」と諭されてしまった。
「チッ、あいつら勝手なこと言いやがって……っ!」
けれど、怒っているのは何も私だけじゃない。
あからさまな舌打ちをしたロニや、ここへ来て漸く踊らされたことに気付いたらしいカイル、リアラまでもが表情を厳しくしている。
そんな中でも一人、冷静なままの骨っこは「さっさと"宝"と報酬を引き換えて行くぞ」と皆を促す。
私から見てもやたらと冷静だなと思っていたけれど、ふと彼の後ろに居るシャルさんを見れば、苦笑いを浮かべながらその様子を見守っていた。
しかしながら、どうにもその目に浮かんでいるのは怯えの色に見える。……上に、ちょっと腰が引けている。
……もしかして、この中で一番怒っているのは骨っこなんじゃないだろうか。
いや、考えたら当たり前か。彼、リオンとイレーヌさんは旧知の間柄なのだから、怒って然るべきだ。
ともあれ、私達は身の内で燃える怒りの炎を抑えつつ、屋敷へと足を踏み入れたのだった。
「――おお、お待ちしておりましたぞ!ケガなどされていないかと、そればかり心配で」
ケッ、ウソこけ!
玄関で出迎えてくれた使用人の子に通された客間にて、商人が先程までの態度を豹変させて言う言葉にすかさずロニが小声で悪態をつく。……奇遇だね、私も同じ気持ち。オトナだから声には出さないけど。
「ところで、お約束の品は持ち帰っていただけましたかな?」
「ああ、もちろんさ!ほらっ、これ!」
にこにことしながら、元気よく商人の手に鉱石をぽんと乗せるカイル。
受け取った商人はといえば、手渡されたそれをまじまじと眺めながら本当に宝なのかと問うばかり。
まぁ、確かに見た目はただの石ころなのだから疑うのもわかる。見つける前までのカイル達同様、金銀財宝の類いを連想でもしていたのだろうから。
「これしか、それらしいものはなかったぜ?」
「あ、あの、これは一体、なんなんでしょうか?」
「知らない!」
ぶはっ、
思わず吹き出してしまいそうになった。
まさに間髪入れず、一秒も空けずに爽やかに答えるカイルがおかしくて、もう笑いを堪えるのが辛い。表情の見えない格好で良かった。……こういう時は本当に便利。
「俺達は、ただ宝を持ってこいと言われただけなんでねぇ」
「そ、それはそうですが……」
皮肉たっぷりにニヤニヤと宣うロニに、骨っこも堪えきれなかったらしい。僅かにふっ、と笑う声が小さく聞こえた。
確かに、宝としか言われておらず、具体的な指定はなかった。つまり、極端に言えばその辺に落ちてるゴミでも、「宝だ」と言えばその役割は果たせてしまう。そういう"落とし穴"に気付かなかった、自分の底の知れた商才を恨めばいい。
まったく、あやかりたくはないですなぁ、ほっほっほ。
「さ、約束のモノは持ってきたんだ。報酬をいただきたいんだが?」
「……し、しかし、なんなのかわからないのでは、宝とは呼べないのではないかと……」
「この期に及んで、まだ何か持ってこいと言うのか?」
「ひっ!」
物凄い殺気を迸らせながら鋭く睨んだ"リオン"に、商人は情けない悲鳴を上げる。魔物との戦闘でもあそこまでの殺気は見せない気がする…。
と、それでも納得がいかないらしい商人はまだ報酬を渡そうとはしない。どうやらこれでも足りないらしい。
「こ、これがなんなのかわからない以上やはり宝と認めるわけには…、それに、イレーヌ様の財産がこの程度である筈も」
…………あ。スイッチ入った。
「おじさん」
「ん?」
「知識の塔に棲むという、魔女のお話は聞いた事、ある?」
「む、……そ、それがこの話となんの関係が……?」
「曰く、その魔女はレンズの力に頼らない、晶術の枠を外れた魔法を使うらしい」
商人の正面に居る皆の後ろから一歩前へと出ると、杖の先端に巫力の光をぽう、と灯らせる。
「曰く、その魔女は己の棲み処への侵入者の制裁は、容赦がないという」
トン、と杖で床を叩き、数メートル程離れた場所の窓辺に置かれた金属製のワークデスクを、空圧の壁で一瞬にして叩き潰す。悪趣味なトロフィーやら、無駄に高価そうな文具やらを巻き込みまとめて見る影もなくひしゃげ、それを見た商人は悲鳴を上げた。
「曰く、その魔女は薬品の調合とその知識の探究に大層余念がないそうで、その材料や資料を求め時に"残酷な行動"に出るという」
ポーチから空の小瓶と注射器を持ち出したフィオが、小さいまま私からぴょんと飛び降りて商人ににじり寄る。大変愛らしい笑顔で、実に楽しそうに注射器を構えながら。小さく漏らす笑い声が、その雰囲気をより強調させる。
「……さて、その魔女は今、どこに居るでしょうね?……ふふ、ふふふっ、あははっ」
「ひぃいいいっ!!わ、わわわわかりまししした!どどどどどうぞお持ち下さいぃぃい!!」
どしゃ、とガルドの詰まったと思われる革袋を無害そうなリアラへと放り投げ、商人とその取り巻きらしい男は屋敷の奥へとほうほうの体で逃げ出した。その際に、二階への階段の前で控えていた使用人の女の子を盾にするよう、私の方へと突き飛ばしながら。……どこまで外衆なんだろう。
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