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夜空を纏う銀月の舞
霧の中の想い達9

《ここ、この壁よ。向こう側は空洞になっているから、発破一つで簡単に抜けると思うわ》

「ん。わかりました」

通れなくなっていた階段付近の土砂を吹き飛ばし、上がって行ったその先。
イレーヌさんの案内で、突き当たった壁に余った爆弾を一つセットすると、カイルにソーサラーリングで着火して貰い破壊する。
すると、向こう側には正規の坑道ではないらしい、洞窟そのままといった道が延びていた。
皆を先導しその中を歩いていけば、少し進んだ所に少し小さめの金属製の箱が積まれた場所に出た。

《一つ開けてみて。それが、私の託したいものの一つよ》

言われるままに積まれた箱の一つを手に取り、中に入っていた物を取り出してみる。

「これは…?」

「この鉱山でだけ採掘出来る、特殊な鉱石だ。状態を安定させるため、その箱に入っている」

骨っこが説明してくれる。カイルは見た目ただの石ころであるそれに、少し落胆の色を見せていた。宝物と聞いて、色々と想像を膨らませていたようだから仕方ないとは思う。

「……お前達、ベルクラントは知っているな?」

「あぁ知ってるさ。天空都市ダイクロフトにあったっていう、兵器の事だろ?地殻にエネルギーをブチ込んで破壊するっていう、とんでもねえシロモノだ」

「その石は、ベルクラントに使われていたレンズの力を増幅させる石だ」

「え!?それじゃあこれさえあれば……」

これさえあれば、もう一度ベルクラントが作れてしまう。
リアラの言葉を引き継いだ彼は、冷静に、そして淡々と言う。街一つを簡単に吹き飛ばすような危険な物がまた作れてしまうというのに、妙に冷静な物言いだったのは「現実にはムリだ」からだそうだ。
本来ならば、当時レンズを取り扱った技術を独占し、またその技術の最先端であったオベロン社が解析を進める筈だった。……しかし、先の騒乱の際に主だった研究者は口封じであるかのように抹殺されており、また会社自体も解体され消滅している。
……つまり、この現代では取り扱う術が失われてしまっているのだ。

「うへぇ、オベロン社ってヤツも、ロクな事しやがらねぇな」

心底嫌悪したように肩を竦めて言うロニの言葉に、傷付いたようにイレーヌさんは目を伏せた。
……ここにそのロクな事しない会社の幹部本人が居るとは知らないとはいえ、あまりそういう事は言わないで欲しい。
確かに、騒乱の元凶となった会社ではあるけれど、全員が全員危険な思想の元に行動していたわけじゃないと思う。現に今この時代でも、日々の生活にオベロン社が残した数々のレンズ製品が使われているし、確かに私達の暮らしを豊かにしてくれている。
そういう人々の暮らしの発展や幸せを願って働いていた人だって、居た筈なのだ。でなければ、これほど世界に根付いた製品は作れないし、また現代に残ることもなかっただろう。
トップがそうだったからといって、十把一絡げに決め付けてしまうのは良くないと、私は思う。
偶然とはいえ、こうしてイレーヌさんと話してみて、改めてその思いを強くしたくらいだ。少なくともこの人は、悪い人なんかじゃない。

《ごめんなさい、イレーヌさん……私の仲間が、失礼な事を》

《ううん、いいの。これは先を急ぎすぎた私の罪への、罰だから》

《イレーヌさん……》

「……ねぇ、あっち、明るくない?」

皆に聞かれないようにイレーヌさんと念話していると、リアラが洞窟の奥を指差して言った。見れば確かに、向こうから明かりが漏れ出して、地面を淡く照らしている。

なんだろう?

気になった私達は、そちらへと行ってみる事にした。
そうして少し奥へと進んでみれば、そこにはそれまでの冷たい無機質な岩壁の続く洞窟から一転、緑の生い茂る美しい光景が広がっていた。
大きく開けた空間いっぱいに、裂けた天井から柔らかな陽の光が降り注ぎ、それを受けて小さな色とりどりの花が咲き乱れている。
やはりその裂け目からだろう、入り込んだ雨水が池となったような箇所もある。
太陽の光に、十分な水。誰に踏み込まれる事もなく、のびのびと育まれた草花達…………まるで、守られた聖域に来たかのような、そんな錯覚を覚える程。そこは幻想的とさえ言える空間だった。

「キレイ……!」

リアラが感嘆の吐息を漏らす。しゃがんで、生えている白い花の花弁をそっと撫で、柔らかな微笑みを浮かべる。可憐な容姿も相まって、この場所に彼女はよく似合っていた。
そんな姿を見て、カイルはどこか嬉しそうに笑って彼女を眺めている。ロニはロニで、それまでの硬い表情から力が抜け、ただただこの優しい空間に感動しているようだ。
私の肩から飛び降りたフィオも、リアラの側で花の香りを楽しんでいる。花を踏まないようにするためか、小さいままの彼女はちょっとした妖精みたいだった。

「……ふふふっ……ははははっ!」

――と、そこで唐突に笑い声が響いた。そちらを見てみれば、一人空間の奥へと進んでいた骨っこが、丸い大きな岩の前で肩を震わせて笑っている。イレーヌさんは、彼の隣でその岩に手を乗せ、撫でるようにしてじっと見つめていた。

「なんて皮肉な。こんなものが、あるとはな……」

「一体なんだってんだよ?どれどれ……」

何事かと、全員で彼の側に行ってみれば、彼の前にある大岩は、メッセージの刻まれた石碑だった。そこに刻まれた文字を、ロニが静かに読み上げ始める。

「この鉱山にある鉱石を使えば、レンズの力を大いに高める事が出来るようになります」

『――そうすれば、生産力は増大し、全ての人々が、豊かな暮らしを送れるようになるでしょう。鉱石は、ノイシュタットの貧富の差をなくせる、奇跡の石となるのです。この奇跡の石は、光との化学反応によってのみ、作られるもののようです。……偶然、光が差し込むよう岩が連なっていて、偶然、この場所に石があった……これはきっと、神様からの贈り物なのでしょう――ですから、この場所を壊さぬよう、大切に守っていって下さい。この場所を守ることがそのまま、ノイシュタットの人達を守ることになるのですから』

「これを読む、未来の誰かへ。オベロン社・ノイシュタット支部長、イレーヌ=レンブラントより」

ロニが朗読すると同時、イレーヌさん本人も、皆に読み聞かせるようにして話していた。……聞こえはしないとわかってはいても、やはり、直接伝えたい……そんな想いが、痛い程に伝わってきた。
そして、心の底からの、ノイシュタットという街への愛情も。

ああ、この人は、純粋過ぎたんだ。

そう、感じた。
その純粋さ故に、その愛情故に、かつてのノイシュタットの姿に耐えられず、どうにかして皆が幸せに暮らせるようにと焦ってしまったのだろう。埋まらない理想と現実の落差に、その溝に……どうしようもない程に苦しんだのだろう。
――そうして、その苦しみもがく彼女に、手を差し伸べるふりをして利用した者が居たんだと思う。
でなければ、世界を破滅に追い込むかのような事に彼女が加担する筈なんて、きっとない。

《ずっと、伝えたかったの。この言葉を、この場所を。……ありがとう、小さな魔女さん。これで私も、漸く……》

《イレーヌさん!》

《――これで思い残す事は、もうないわ。さようなら……次に生まれる時があるなら、その時は――》

私が愛した、あの街に。

その言葉を最後に、彼女は差し込む光の中へと、包まれていくようにしてゆっくりと消えていった。

「……ん?雨水か?」

メッセージの刻まれた岩のプレートに小さく、ほんの一滴の雫だけを残して。

2015/05/12
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