夜空を纏う銀月の舞
霧の中の想い達6
――訪れた宿にて、無事男子部屋と女子部屋の二つを確保した私達は、荷物を降ろしてほっと一息ついていた。
「はふ……や、やっと休める……」
「お疲れ様。本当に運動、苦手なのね」
「う。……うん。子供の時はそうでもなかったんだけど、今は……。情けないよね、彼にも言われたけど」
「そんなことないよ。今はそれを克服しようと頑張ってるし、戦闘では頼りになるし……ジューダスだって、きっとそう思ってる」
「だと、いいんだけどね」
素顔を明かして、また"彼女"と深い知り合いでもないという安心感もありフードを脱ぐ。中が蒸れてちょっと気持ち悪かったので、触れた空気が気持ち良かった。
ぽふ、と柔らかなベッドに身を投げ出せば、それだけで眠気が襲ってくる。
「ふあ……ん……。あ、そういえばリアラ」
実は大神殿を出てから気にはなっていたのだけど、ここまでに聞きそびれていた事を訊ねてみる事にした。……実のところ、少しでも会話していないとこのまま寝てしまいそうだったのだ。
「なぁに?」
「ウッドロウ王に会いに行くのはいいけど、謁見申請とかはしてあるの?」
「え、……ううん」
「えっ」
「え?」
私が絶句した意味がわかってないらしい。
……なんだろう。もしかしてリアラって、ちょっと抜けてる?
私の右隣のベッドに腰をかけて足を休ませていた彼女は、きょとんとした表情で首を傾げている。
「普通に会いに行ったんじゃ、ダメなの?」
「えぇと……うん。だって、相手は英雄である前に、一国の王様だよ?国の臣下だって、王様に謁見するには許可が必要だったりするし」
「誠意を持ってお願いすれば……」
「ダメ、だよ。ウッドロウ王は、今は一般人のルーティさんや神官のフィリアさんとは違う。気軽に会えるような人じゃない。そんな誰彼構わずに会ってしまえば、暗殺して下さいと言うようなもの。そういう類いの危険は勿論の事、謁見して話す内容だって大事。少なくとも、ただの世間話程度の内容じゃ審査なんて通らない。それに許可が降りても多分、すぐには会えないと思う。許可された順番通りに通されるだろうから……時間はそれなりにかかると思う」
「そんな……」
彼女としては、思わぬ落とし穴に嵌まったような気分だろう。かなり大雑把に説明したけれど、要はそれなりの手順を踏まなければいけない、というのがわかって貰えればいい。
というか、本当はフィリアさんにしたって役職上、簡単に面会出来るような人じゃないのだ。礼拝日以外の神殿の利用は禁止だし、本当なら侵入者は私も排除する役目を持っているんだけど、イレギュラーが続き過ぎたために運良く面会が叶ったに過ぎないのだから。
「船の事もあるし、今からでも私の名前で申請書を送っておくね。一応、"塔の魔女"としてウッドロウ王に私の事をフィリアさんが話してくれてたと思うから、審査は通ると思う。それにここからスノーフリアまでは一週間くらいはかかるだろうし、上手くしたら順番もそんなに待たなくてもいいかも知れない」
「ごめん……ありがとう」
「ううん、これくらい当然。お友達になってくれたお礼と思って」
「……、うんっ」
笑顔を咲かせるリアラは、本当に嬉しそうに微笑んでくれていた。
こんな私でも友達の力になれるのなら、これ程嬉しい事なんてない。……あとは、ほんの少しでいい。想い人の力にもなれたなら、それだけで私は満足出来る。
「――へぇ……ここがオベロン社廃坑か」
それから約2時間程して。私達はノイシュタットからほど近い、白雲の尾根の中にある廃坑へと来ていた。
なんでもここにはオベロン社が隠匿したという、とあるお宝があるらしく、それをあの商人の元へと届けて欲しいという。
商人が自力で回収するには魔物が多く探索が困難であるため、腕の立つ武芸者を探していたらしい。……つまり、私達は商人が楽して儲けるための捨て石にされたという事だ。
ちなみに、ここに来るまでにも勿論、私は徒歩で来ていた。膝が笑ってる気がするけれど我慢、我慢。
「しかし薄気味悪いよな、ここ」
「雰囲気、あるよね……」
「こうも不気味だと、なんか出そうだよな」
ロニが腕を抱えながら、辺りをきょろきょろと見回しつつ言えば、それを聞いたリアラと骨っこの視線が私に集まった。
「……なに?」
「いや、なんでもない」
「う、うん……でもユカリって、"そういうの"も視えるの?」
「うん。なんならどこにどういうのが居るか、とか実況する?」
「え゙」
私がさらりと答えれば、ぷいと顔を背けた骨っことフィオ以外の三人が声を揃えて一瞬絶句した。
「お、おおおおおいじょじょじょじょじょ冗談だよな?な?な?」
「ユカリ、しがみついてても、いい?」
「え!ユカリってユーレイ視えるの!?すごいっ!ねぇどんなのが居るの?やっぱり足とか無いのかなぁ?浮いてたりするのかな?」
約一名程驚きのベクトルがおかしい子が居るけど、気にしたら多分負けだよね。一応答えとくと、幽霊にだって足はちゃんとあるよ。切断されてなければ。あと浮いてる人も居れば、顔の半分くらいまで地面に埋まってる人も居るよ。
……というか、お返事する前にリアラは既に私の左腕にしがみついているし。
「大丈夫、変に関わろうとしなければ基本的に無害だから。……例えば、骨っこの後ろにいるカッコイイお兄さんとか」
「…………」
『…………』
例に挙げられたお兄さん…シャルさんは少し頬を紅潮させて照れていた。視えてないだろうけれど、骨っこはシャルさんの方に鋭い視線を一瞬だけ向けると、小さく鼻を鳴らしている。
「おおおおおいおいジューダス、お前取り憑かれてんのかよ?だだだだだからヘンな仮面被ってんだな?ああそれなら納得だ」
「なんだ年長者。怖いのか?フン、臆病者め……無害だと言われたばかりだろう、何を恐れる必要がある」
「ななななーにを言ってるのかねジューダス君?このロニ様に限ってゆゆゆユーレイごとき怖いわけが
「あ。ロニの右隣に頭の潰れた
「ひぎゃあああああっ!!!!」
……冗談、なんだけどなー……」
虚勢がみえみえだったので、試しに言ってみたらその場にしゃがんで頭を抱え、ぶるぶる震えだした。ちなみにそこには、何も居なかったりする。
「フッ、どうした、怖いわけが、なんだ?」
「ユーレイなんていないオバケなんていないそうさユーレイなんてただの思い込みだよくいうじゃねぇか正体見たり枯れオヤジとかそうだよ居るわけねぇよ居ないもんにビビるとかあり得ないよなうんよし俺は大丈夫大丈夫だよし誰よりも早く逃げれば大丈夫なんだよなおーけーこのつむじ風のロニ様にかかればいやダメだスカートめくりなんてやってる場合じゃな…いや待てよ美女の幽霊ならぜひすかーと………」
うん。ごめんなさい。からかってごめんなさい。誰にだって苦手なのあるよね。今の私も運動苦手だし。……あと、正体みたりは枯れ尾花、ね。枯れたおじさんでも、それはそれで怖くないけど。
に、しても。なんだか彼ってば、妙に楽しそうにロニをいじめてるなぁ……。
「あ。あんな所に綺麗なお姉さんが」
「何ィ!?どこだ!どこに美女がっ!!」
「……居たと思ったらただのチラシに描かれた絵だった」
「ちくしょうっ!」
とりあえずこのままだと進まないので、手っ取り早く忘れさせてあげる。……扱い易いのは楽でいいけど、大丈夫なんだろうか、この人。
「ね、ねぇ、ユカリ……もう目、開けてもいい?」
……あ。
そういえばもう一人怖がってる子が居たんだった……。ごめんねと謝って、ここには幽霊はいないよ、とリアラを安心させてあげる。気休めだけど、怖がらせたままでいるよりはずっといい。
ちら、と廃坑の入り口からついて来てるお姉さんの方を見れば、彼女は何故か骨っこの方をずっと見つめていた。……彼の知り合いなのだろうか?気にはなるけれど、別に害はなさそうだし今は中の探索を進める事にする。
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