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夜空を纏う銀月の舞
霧の中の想い達5

「ね、リアラ。ちょっとこっちに来て」

「え?」

立ち上がった私は、彼女の手を引いて立ち上がらせると、背にしていた岩の後ろまで連れていく。

「ユカリ、どうしたの?」

私ばかりが彼女の秘密を知っているのは嫌だから……私の秘密も、教えておこうと思う。

「私が顔を隠してる理由、わかる?」

「え?……、……訊いても、いいの?」

やっぱり、彼女も気になってたんだ。それでも訊かずにいてくれた友達の優しさに、感謝したい。

「うん……こういう事」

「……っ、…………似ている、から?直接会った事はないけど、"知識"は、あるからわかる」

「ん。彼女と関係が深い人にどこかで会っても、お互いに傷付かないようにしてるの」

「……そう、だったの」

フードを取って素顔を見せれば、彼女は驚いた後にすぐ納得してくれた。
これで私の素顔を知らないのは、リオンである彼だけになるはず。……彼には、多分見せられない。私が彼女に似ていると知った後の、彼の反応が他の誰に見せるよりも怖かった。
あれだけ、大事にしていた……そんなふうに言っていた妹さんに似ていると知ったら、彼がどういう反応をするのかが想像出来ない。けれど、これだけはわかる。

この想いは、叶わなくなる。

これだけは、間違いなく言える。何故なら、私の顔は、彼の辛い記憶に直結するだろうから。どんなに理性で割り切ろうとしても、きっと、面影を追ってしまうに違いない。それほどに彼女に自分が似ているというのは、これまでの評価で嫌という程思い知らされて来た。

それに……ううん、バレなくてもきっと、私が彼に愛されることはないと思う。顔の良し悪し以前に、隠し事をしている人を愛せはしないだろうから。容姿で決めるような人でもないっていうのも、勿論わかってるけれど。

……けれど、どうして。…………どうして、こんな顔で生まれて来てしまったんだろう。こんな顔でさえなければ、誰憚る事なく素顔で歩けたのに。この顔でなければ、堂々と彼に歩み寄れたのに。
いっその事、顔を焼いてしまおうか、という考えが浮かんだ。原型がわからない程に焼いて、……焼いて、どうしたらいいんだろう。どちらにせよ、人前には、彼の目には晒せない。
……嗚呼、やっぱり、私はこの顔が嫌いだ。せっかく生まれ変わったのなら、顔も変わってくれてたら良かったのに。

――そうユカリが己の想いの行く末に表情を暗くしていると、目の前のリアラもユカリと同じく、表情を暗くしている事に気付く。
不思議に思いユカリが「リアラ?」と訊ねれば、彼女はぽつりと、こう呟いた。

「どうして、わたしは――なんだろう」

「……リアラ、」

「どうして彼は……。…………ユカリ?もしかして……あなたも?」

「……うん……」

こくりと、静かに首肯するユカリに、リアラも一度、首を縦に動かして頷いた。二人ともに、想い人は違えど、立場は違えど。予想する未来は同じだ。

「……辛い、ね」

「……ん。……お互いに」

「……でも」

「私達は、友達、だから」

そうして二人はそっと互いに身を寄せると、崩れ落ちそうになる身体を支え合うようにして、どちらからともなく抱き締める。
二人が隠れた岩の向こう側で騒ぐ、彼らが気付くまでのほんの一時。
今、この瞬間だけは、二人はただの少女だった。叶わぬだろう想いに、ともに流せぬ涙で胸中を濡らす、ただの少女だった。

聖女でも、魔女でもなく。

儚き想いに心を痛める、そしてそんなお互いを支え合う……そんな、ただの友人同士だった。

それから数時間程して、深い霧の山道を歩き、時に坑道の中を通り抜け、そしてまた霧の中へと潜り込み――漸く、白雲の尾根を抜けた先にある港町、ノイシュタットへと一行は辿り着く。
その足でそのまま港へと向かい、アルジャーノン号の停泊する船着き場へと行けば、そこでは未だ修繕の終わらない傷付いた船体と、遅々として進まない作業に憤る乗客達と揉めている船員達の姿があった。
手の空いていた船員を捕まえて話を聞いてみれば、どうにも戦場となった船倉と舳先の損傷が激しい為、致命的な穴は塞いだものの補強作業に手間取っているらしい。自分達としても移動手段は船しかない為、ここは大人しく作業の完了を待つ事となった。
唐突に空いてしまった待ち時間に、どうしようかと皆で相談する中。何やら身なりの良い、しかし欲深そうな目付きをした商人風の男が話し掛けて来る。どうやら何か困りごとがあるらしく、それを解決出来る者を探している最中らしい。気が向いたら自宅へと来て欲しい、とだけ残して男はゆったりとした足取りで去って行った。

「よし、さっそくあのおじさんの所へ行こうよ!英雄は困っている人を見捨てない!」

「ぜー……ひゅー……」

「フン、馬鹿馬鹿しい。何故あんな怪しい男の手助けなどせねばならんのだ。僕は反対だ」

「ぜひゅー……ぜひゅー……」

「そんな事ないよ!だってあの人、オレに英雄のカンロクがあるって言ってくれたし!」

「ひー……はひゅー……」

「あのなカイル、ありゃあからさまなお世辞だろうが。真に受けんじゃねぇよ」

「……ひゅー………………」

「ねぇ、みんな、一度宿を取りに行かない?ユカリが凄く辛そうよ?」

「………………」

「あ。呼吸、止まりましたね。……ごしゅーしょーさまでしフギュっ!?」

「勝手に殺さないで……」

頭の上で手を合わせていたフィオを振り落とし、ユカリは呻き声のような調子で抗議する。
今の彼女の状態はといえば、浮かせた箒の柄に身体をお腹の位置で二つ折りして、ゆらゆらとぶら下がっている状態。まるで干された洗濯物のような格好だった。
あれから無事、尾根を抜けて港まではなんとか自分の足で踏破したものの。船員達から話を聞いている途中で体力の限界を越えてしまい、こんな状態になってしまったのである。

「はぁ、まったく情けない。いいだろう、この馬鹿は話を聞きに行くと言って聞かんし、そこのブラックシーツを連れて行って恥をかくわけにもいかん。リアラ、お前はそいつを連れて宿を取るついでに休ませてくれ。話は僕達三人で聞いて来る」

「あたたた……振り落とさないでくださいよ……でも……ぷぷっ、確かに今のユカリ様はシーツみたいですね」

「……あとで……燃す……」

「ゴメンナサイもう火炙りはやめて下さい」

「あはは……わかったわ。それじゃ、後で合流しましょう。私達は宿で待ってるから」

そんなわけで、綺麗に男女三人ずつで別れた一行は、男子組は商人の家へ、女子組は宿へとそれぞれ向かうのであった。


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