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夜空を纏う銀月の舞
霧の中の想い達4

「ねぇ、ジューダス、もう少しゆっくり歩いてあげて?」

「…………」

リアラの声に、彼は答えない。歩くペースを落とす事もなく、淡々と先を行くのみ。

「リアラ、気持ちだけでいいよ。…多分だけど、彼もわかってくれてるから」

「うん……」

ごめんね、気を遣わせちゃって。でも、ただでさえ重い荷物は男性陣に殆ど任せちゃってる状態だし、これ以上は甘えられないから。
それに、彼はああやって無反応に見えて、ちゃんと私達を見ていてくれてる。
一定以上距離が空いたりすると、さりげなく僅かにペースを落としてくれたりするし、時々立ち止まって、何度も地図を確認して休み時間をくれている。
いくら霧が深く視界が悪い山道だからといっても、確認する頻度が少し不自然な程多い。私が箒で移動していた昨日は、同じくらい視界が悪くても、確認する回数はずっと少なかった。

……それに、今の私にはこれくらいがちょうどいい。そういうラインを、しっかりと見極めてくれている。
あの日記に書いてあった"彼女"の嘆きからしたら、むしろ甘やかされてすらいる気がする。彼女が補佐の時代、基礎体力のトレーニングと称したシゴキは結構な地獄だったみたいだし、彼が"あの"リオンなのだとしたら、随分と優しいくらいなのだ。

「……おいジューダス、そろそろ一度休まねぇか?」

「なんだ、お前までへばったのか?」

「いや、悪ィな。あの小屋で補給させて貰った荷物がちっとばっか重くてよ。結構しんどいんだよ……なぁカイル」

「え、ロ……。……!うん、オレもなんだか疲れちゃってさ。そろそろお腹空いたし、お昼ごはん欲しくなっちゃった」

と、唐突に意味ありげにカイルに目配せをしたロニに合わせ、カイルがお腹をさすり始める。

……?

「フン……軟弱者どもめ。仕方ない、確かにそろそろ昼食時ではあるか。……本当ならば、もう少し先へ進んでおきたかった所なのだがな」

彼はそう言うと、手近な岩場を見付け、そこに荷物を降ろし始めた。ごそごそと携帯食料を取り出している。

「予定外ではあるが、まぁいいだろう。昼食にするぞ。……おい、お前、結界術は使えるか?リアラでも構わん、簡単な魔物除けをしておけ。食事中に襲われたらかなわん」

「あ……うん、出来るけど。リアラは?」

「えっと、わたしは魔物除けは使えないけど、探知なら出来るわ。一応、ホーリーボトルも撒いておきましょう」

彼に言われるまま、私とリアラで魔物除けの処置をしていく。
その途中、私の肩に乗っていたフィオが小さく耳打ちしてきた。

「良かったですね、ユカリさま。これで少し長く休憩出来ますよ」

「あ……」

そういう、ことなの?

ハッとしてロニとカイルの方を見やれば、二人は黙って笑顔を返してくれた。……どうしよう、凄く嬉しい。反面、申し訳なく思う。足を引っ張ってごめん。

「こっちは終わったわ。ユカリは?」

「ん。今私も札の配置が終わったとこ。……――――……展開。……これで昼食の間は、私達には近付いてこれない」

「ユカリも、凄いのね。今の呪文?みたいなのって、やっぱり魔法の詠唱?いつもはしてないけど」

「あ……う、うん。そんなところ。私の魔法は、基本的には動作自体が詠唱みたいなものだから口にはしないけど、お札使うものはそういうショートカットは出来ないから。でも、リアラの方が凄いよ。私、上級晶術はまだ使えないのに、リアラってばどんどん使ってるもん」

「えっ、ううん、そんな事ない!わたしなんてまだまだよ」

「謙遜しちゃって。……リアラは凄いよ」

両手を振って赤くなるリアラのほっぺを突ついてやれば、「もう!」と言ってしきりに照れている。
彼女は、十分に凄い。上級晶術だけではなく、四属性をなんの障害もなく軽々と扱えるのだから。さらに聞けば、上級晶術にはさらに上があるらしい。……同じ術士としては憧れるし、負けたくないとも思う。
私が本当の意味で自在に操れる巫術は、属性で言えば偏っている。五行の"木"一辺倒だ。それを補うために、陰陽術ベースの護符術であったり、晶術であったりで他の属性をカバーしている。せめて得意属性くらいは、負けたくない。

……とは言っても、当面はやっぱり、体力作りをなんとかしなきゃかなぁ……。

せめてみんなと同じペースで歩けるくらいにはならないと、まったくお話にならないのはわかっていた。

それはそれとして。皆で少し早めの昼食を摂っている間、隣に居るリアラの様子がふと気になった。何やらずっと、彼女はある人物を見つめている。
両手でサンドイッチを口に持っていき、小さくかじる時も、咀嚼して飲み込むまでの間も。じいっと、その視線は動かない。

「ねぇ、リアラ」

「…………」

「もしかしてだけど、カイルの事、気になってたりする?」

「ふむぐっ!?〜〜〜っ!!」

「ご、ごめんね。……ほら、お水で流して」

余程驚いたらしい、普段の彼女らしくない反応。パンを喉に詰まらせたらしい彼女の背中を叩いてやりつつ、水筒の水を飲ませてやる。

「けほっけほっ、……も、もう!ユカリったら、急に何を」

「その反応、図星?」

少しからかうような口調で言ってやれば、彼女はみるみる顔を赤らめていく。……どうしよ、すごく可愛い。

「うう、……そ、そういうユカリは?ジューダスと、仲いいみたいじゃない」

「ほんむっ!?……〜〜!!」

今度は私が噎せた。つい先程とは逆に、彼女に水を飲ませて貰う。

「げほっ、こほっ、……り、リアラっ」

「ふふっ……お返し。でも、なんとなくそんな気がするの。だってあの時のジューダス、カッコ良かったもの。あんなふうに助けられたら、好きになっちゃうのもわかる気がする」

「あ、あう……」

「素敵なナイト、って感じだったものね。ここの所、意識してるってわかるわ」

……彼らとちょっと離れてて良かった。彼らはちょうど、たまたま見つけたキノコが食べられるか食べられないかで熱く議論を展開ちゅ……あ。カイルが笑い出した。すっごい笑ってる。……当たったのね。

「もう、カイルってば……」

「リアラだって、カイルを意識してるのわかるよ。一緒に居る事多いし、彼と居る時は楽しそうだもの」

「うっ」

「ふふっ……お互い、ちょっとクセのある人に恋、しちゃったかもね」

うん、やっとわかった気がする。身近に同じような人が居たから、カイルを意識してるリアラを見ていたから。……だから、私のコレはきっと恋なんだって、わかったんだ。

「うん……わたし、いつも彼のまっすぐさに救われてる。憧れ、に近いのかも知れない、けど……あんなふうに、純粋でいられたらって思う」

「リアラの秘密……辛いよね」

そう私が口にすると、彼女は心底驚いた顔でカイルから視線を外し、私を振り返った。

「もしかして、ユカリ……!」

「うん。私は、知ってる。私の目は……映るの。特に、そういう"力"とか、普通の人が"視えないモノ"は。あの人とリアラは、全く同質だから。すぐわかっちゃった」

「……そう、なんだ……ねぇ、カイルには」

「言わないよ」

「……え?」

そう。私からは、言わない。リアラが皆に言えないのは、仕方がないと思う。……それくらい重いことだというのは、察しがつくから。
そう彼女に伝えれば、小さく「ありがとう」と呟くように礼を言われる。


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あきゅろす。
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