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夜空を纏う銀月の舞
名前を呼んで3

……いや、悪くは、ない。悪くは、ないんだけど…

どうにも、様子が変だった。彼が、ではなく自分が。どうにも彼が傍に来ると、動悸・息切れ・発熱に思考鈍化と状態異常のオンパレードに襲われる。もしかして主の毒がまだ残ってでもいるのだろうかと疑いたくなるほどだ。毒については目覚めてすぐパナシーアボトルを飲んだから大丈夫な筈であるが。

「う、ううん、へイキ。……あぅ…」

声がひっくり返った。ゆうべからずっとこんな調子だ。

「お前、昨夜からずっと寝ていないだろう」

「ん、でも、早く直してあげなきゃ可哀想だし。私は気絶してる間寝てたようなものだから」

「……そう言うなら構わんが…」

「…………」

「…………」

………………、助けて、ヘルプ。超ヘルプ。

私の心の中はなんだかもういっぱいいっぱいだった。リリスさんがにこにこしながら「あら?あらあらあらあら…うふふ。ごゆっくりぃ〜〜♪」とかやたら意味深な笑みを浮かべて、裁縫道具だけ置いてまた奥に引っ込んだ事もそうだし、彼が私の手元を穴が空くレベルでじぃ〜っと見続けているのもそうだし、変な緊張のせいか顔がすっごく熱いし、なんなのこれ。新手のイジメ?

ちくちくちくちくちくちく……ぶすっ。

「痛った…!」

おかげで指を針で刺してしまった。私、こんなドジっ娘キャラじゃないのに。

「はぁ…何をやっている。ほら見せてみろ」

「え゙……って、ちょぉおっ!!?ま゙っっ!?」

むんずと掴まれた私の右手。何をするかと思いきや、彼は脇に置いてあった荷物の中から消毒薬を取り出すと、非常に手慣れた様子でてきぱきと消毒し、ガーゼ付きの小型テープ…絆創膏を貼ってくれた。
そしてその間。私の手はずっと彼に触れられているわけで…つまり。

「あ、わ、わわわわわ、たにたたたた」

ただでさえ近くに居るだけでも緊張していた私は混乱の極地に追い込まれていた。

「なんだ?壊れた録音機械のような声を出して。お前、そのまま血の滲んだ指で縫ってフィオを血塗れなスプラッタ兎にでもする気だったのか?」

「ちち血ちちち地恥ぢ、っちがっ、違うっ…けどっ……!!」

違うけどっ!違うけどぉおおっ!!

「ならなんなんだ、一体」

『……坊っちゃんて、たまにそういう事しますよね…昔から』

「?」

本気でわかっていなさそうな顔で首を傾げている。どうでもいいけどその骨スカスカ過ぎて仮面の意味がないと思うんだけど。というか、昔からこういう事してたのか、この人。

「たたたっ、…タチ悪い…」

「だからなんなんだと訊いている」

『こういう時はこう言うんですよね、紫桜姫さん。"ご馳走さま"……あだだだだっ!!』

?紫桜姫さんって、あの時の?

彼はまた背中に手を持っていき、お兄さんの媒介らしき物に刺激を与えているようだった。そして、再び耳にした人物名も気になった。

気になった、けど。

顔が熱くてそれどころじゃない。ていうか触れていた指に残ってる彼の手の感触とか、普段の振る舞いからはあまり想像出来ないような優しさが嬉し……いやいやいやいやいやいや。よそう。考えるのはよそう。うん。ほら、私は、クールで、知的で、カッコいい、お姉さん……うん」

「どう考えてもお前にそのキャラは似合わんと思うが」

「うえっ!?」

『クールで、の辺りから考えだだ漏れでしたよ』

「やめてぇっ!!」

私の、私のっ、イメージが!キャラが崩れるっ!!

苦笑い混じりに答えるお兄さん。なんだか生暖かい目で見られているような気がするのは考え過ぎだろうか。

『ユカリって、意外に…というか、結構、純情な乙女だったんですね』

「同感だな。あの程度で動揺するとは」

「はぁっ、はぁっ……ちょっと、それ、どういう意味?」

駄目、なんかもう息が苦しいくらいに上がってる。酸素が足りない。

『いやほら、従者の彼女。彼女って、結構キツいネタ言うじゃないですか。ですからこう……いえ、なんか、やめときましょう』

「ちょっとそこなんで切ったの」

『いえ深い意味はないんですよ。ただほら…その…使い魔でしたっけ?の知識の元って、やっぱり主人からなのかな〜、と……』

「骨っこ、お兄さんにお仕置き。凄いのよろしく」

大分失礼な想像をされたようなので、本気の怒りオーラを漂わせながらお願いした。出てるかわからないけど、オーラ。

『ぴぎっ………………っ!!』

マントの下で彼が何をしたのかはわからない。でも声にならないダメージらしい。お兄さんは無言でのたうち回っている。

「あのね………まぁ、しょうがないけど。一応訂正しておくと、この子のそういう知識は、私とは独立してる。使い魔として生み出す瞬間までの知識は基礎知識として共有してるけど。だから、この子が生まれてから得た3年間の知識は、私とは別"個"の知識」

「なるほど、そいつが生まれてから身に付けた互いの知識は、共有せずに別人のものとなっているわけか」

「そう。さらに言えば、私は塔に住み始めてから塔の蔵書…つまり、平たく言えばおカタイ歴史書や学術書しか殆ど読んでない。他の本にしても神殿にあるもの、と考えれば、後はわかるよね?……で、この子は逆に頻繁にバザールとかに繰り出しては娯楽書の類いばっか読んでたから…」

「俗に染まったわけか」

「残念ながら」

二人同時に溜め息。そう、フィオが色々と残念な発言や行動を繰り返すのは、偏にそれが原因だったりする。
いつだったか、ある日男性向けのとんでもないのを読んでいた時にはびっくりし過ぎて思わず雷落とした事があった。室内なのに。
さすがにそれ以来そういうのは読まなくなったけど。………多分。少なくとも私の前では。


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あきゅろす。
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