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夜空を纏う銀月の舞
記憶の鎖6

薬の効果を認めてくれたのは素直に嬉しいけれど、一言余計だよ。

「いいよ。……だって、私達、仲間……でしょ?仲間なら商売なんて持ち込む方が変。一つの集団内で損得勘定なんて持ち込んでしまったら、それはもう仲間なんて言わない、烏合の衆だよ」

「だが、お前はこれで生活を……」

この期に及んでまだ言葉を重ねようとする彼の両肩に手を乗せて、少し強めに掴む。そして、

「まだお金出すとか言うなら、今すぐこの肩をがっくんがっくん揺さぶって無理矢理酔わせるから」

「……!……はぁ、わかった。お前がそれでいいなら、ありがたく受け取らせて貰う」

「ん!それで良し。だから、この瓶もまるごとあげちゃう。持続時間はおよそ12時間、本来は食後30分以内に1回1錠、とりあえず60錠入ってる。……あとは訊いておきたい注意はある?」

「いや、大丈夫だ。……正直、助かる。昔……妹、みたいな奴に世話になっていたせいか対策を失念していた」

へぇ……妹さん、居るんだ。絶対一人っ子だと思ってた。

「どんな子?可愛い?……あぁ、キミの仮面の隙間から見える顔から推測するに、相当整ってそうだし……きっと可愛いんだろうなぁ」

『あ……』

え?

気まずそうな声を出したお兄さんの方を見れば、彼は口に手を当て、さらに沈痛な面持ちで目を逸らした。

……その反応で、わかってしまった。

「ごめん」

「いや、いい……。話に出してしまったのは僕の方だからな」

そうして彼は一つ息を深く吐き出すと、ぽつりぽつりと続ける。仮面の奥の瞳は、とても切なげに、哀しげに揺れて。紫紺の器から、今にも何かが溢れてしまいそうになっていた。

「もう随分昔の事になる。僕自身の感覚とは随分と解離してしまってはいるが……昔の事だ。妹"みたいな奴"と言っただろう?血の繋がりはないんだ。だから僕に似てはいない。……だが、誰に紹介しても恥ずかしくはない程度には、愛らしかったと思う。こんな性格の僕の傍で、ずっと離れないでいてくれた奴だった」

静かに、空を見上げて語る彼の声に影響されたのだろうか、私の方まで胸に切なさが込み上げる。そしてそれだけではなく、とても柔らかく、温かいものに包まれるような……不思議な感覚を覚えた。

「大切に思っていたんだね」

「あぁ。あいつは、僕にとっては唯一無二のものだった。……僕が今こうして生きているのは、或いはそれに気付くのが遅すぎた罰なのかも知れないな」

!!!!

「それは違う!あなたが今もこうして生きているのは、そんな悲しい理由なんかじゃない!」

「……!!!?」

「あなたがこうして生きているのはきっと、その子の願いでもあった筈だよ。……あなたは、その子の分まで幸せにならなきゃ。幸せに、ならなきゃ、……きっと、その子も"向こう"で幸せになって欲しいと、願って……いる筈だから…………」

「お前……」

何故だろう、目の奥が、とてつもなく熱い。まるで自分じゃないみたいに、強い調子で言葉が口をついて飛び出していく。その癖、酷く震えて頼りない音に聞こえる。……あれ、どうして?私……

「……泣いている、のか……?」

はらりはらりと、フードの下へと頬を伝い流れ落ちていく透明の雫達。きらきらと光を反射するそれは放り出された空中で刹那の輝きを放つと、次の瞬間には赤茶色の木の板に砕かれて濃色の染みとなって消えていく。

……幾度も繰り返されて、消えていく。

何度も。

何度も。

誰かの想いが、誰かに届くようにと。

弾けて。

弾けて。

願いが叶うまで、この身を何度砕いても構わないと言うように。

いつまでも、

いつまでも――


「――え?」

不意に、床を叩く小さな水音が止んだ。
それは自分の顔が誰かの胸の中に収まっているからだと少し遅れて気付く。
服越しでも確かに伝わってくる温もりに、確かに抱かれているからだと、理解した。
それと同時に、理解出来なかった。

「どう、して?」

「さあ、な。僕の中の何かが、"女を泣かせたままにするな"とせっつきでもしたんだろう」

「……ごめん……」

「いや、謝るな」

「ごめん………」

「ついでだ、このまま潮風で冷えた分も温まっていけ。……いいか。…………これきり、だからな」

「……うん……」

――それから暫くして。
もぞりと彼の腕の中で身動ぎした私は、やんわりと彼の胸を押してそっと体を離した。
自分でも戸惑うばかりだった、理解出来なかった、なんとも表現し難い感情の嵐は過ぎ去り。かわりに、ほんのりと色付く柔らかな熱だけが残っている。
このままでは、穏やかな癖に、やけに印象強く足跡を残していく鼓動に夢中になりそうだった。

「落ち着いたのか」

「うん……ごめん。それと、ありがと。……困らせた……よね」

「いや…………、まぁ、まさか泣く程真剣に怒ってくれるとは思わなかった。それにどちらかといえば謝らなければならないのは僕じゃないのか?……大して親しくもない男に、いきなりああされるのは不快だっただろう?」

「ううん、どうしてかな。嫌じゃなかった。……仲間、だからかな」

「さぁな」

顔を上げて彼を見つめてみれば、その顔は随分と急な角度であらぬ方向へと向いていた。心なしか紅くなっているように見える。……やはり、困らせてしまっていたようだ。

このままじゃ、フェアじゃない、よね。

「お詫びに、私の秘密を一つ、教えてあげる。……これはフィリアさんにも話してない、トップシークレット」

「何?」

横を向いていた彼の顔が、ゆっくりこちらへと戻ってきた。

「ただし、フィオは知っている事。つまり、今この場の四人だけの秘密」

そう言って彼の隣に佇む青年と、空気を読んでポーチの中に隠れたまま出てこなかったらしいフィオの方にも視線を寄越す。

「――私には、前世の記憶がある」

その言葉を聞いた青年と少年の二人は、一瞬単語の意味が理解出来なかったらしい。が、すぐにそれを理解したらしく驚愕に目を見開いていった。

「前世、だと……!?」

「そう。今の私として生まれる前、一度生まれてから死ぬまでの一生分の人生の記憶を持っている。そしてその記憶を引き継いだまま、今の私として"二度目の人生"を生きている」


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