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夜空を纏う銀月の舞
記憶の鎖5

船着き場まで到着した一行は、本日の最終便だという船に無事、乗り込む事に成功した。その際に約一名ほど運賃をケチろう(節約です!)として手荷物の中に隠れた者が居たが、そういうズルは駄目、と隠れた場所からつまみ出されきちんと六人分支払った。
その時ある少年は、「やはりただの馬鹿なのか……?」とますます正体が掴めなくなった少女に頭痛を覚えたとか。
ともかく、ちょっとしたトラブルもありつつ客船の部屋を男女で二つ取り、港を出港したのである。
船が沖へと出てから約30分程、客室で一息ついた男子部屋にて、落ち着かない様子でそわそわしていた男が一人。燃え上がる決意を胸についに動き出そうと立ち上がる。

「船内では各々自由行動でいいよな?じゃ、そういう事で〜」

「どこ行くの、ロニ?」

すかさず入った質問に、彼はにやりといやらしく口角を上げると、部屋を出ようと掴んだドアノブはそのままに、何やらしたり顔で語り始めた。

「カイル、お前は知らないだろうから教えといてやる。旅というものは、人を開放的な気分にさせるものだ。……行きずりの恋人達、ただ一度の逢瀬……だが次がないからこそ、恋の炎は激しく燃え上がるんだ!わかるか?」

「……つまりロニは、ナンパしに行くんだね?」

さすがのカイルも呆れ顔。脇で盛大に溜め息を吐いているジューダスとは違い、まだ家族としての温情があるらしく笑みを作ろうとするが、どうにも微妙な表情にしかならない。

「そんな顔すんなよ。それに開放的な気分にさせるってのは、あながち間違ってないと思うぜ。試しに、リアラでも誘ってみたらどうだ?イイ感じになれるかも知れないぜ?」

「おっ、俺は別にそんなんじゃ!」

「リアラに会ったら、お前が探してたって言っておいてやるよ。んじゃな!」

ひらひらと手を振り、今度こそ背を向けたロニはそのまま扉の向こうへと姿を消してしまった。

「まったく、所構わず騒がしい奴だ」

愚痴を溢しつつ暫く荷物をがさごそと漁って整理をしていたジューダスは、一段落したらしく丁寧に纏め直すと寝台の脇へ置き、ロニと同じように扉の方へと歩き出した。

「あれ?ジューダスも行っちゃうの?」

「一人で考え事がしたい。ついてくるなよ」

普段より幾分、低い声にいささか気圧されてしまったカイルは、無言で頷いて見送るしかなかった。


――海鳥が鳴く。潮風が髪を嬲り、吹き抜けてゆく。
そんな、碧い海をひた走る大型客船・アルジャーノン号の舳先へと来た少年は、周りに誰も居ない事を確認して手摺に突っ伏した。

「うぷ……っ」

『毎度の事とはいえ、大変ですよね……』

少年は船酔いしていた。先程必要以上に低い声が出たのは、別にカイルを威嚇したわけではない。既に症状が出ていた為に余裕がなく、又そんな情けない己の姿を晒したくなかっただけなのだ。

「あぁ……くそ、忌々しい体質め……っ!」

あの旅では妹であり恋人になった少女からの贈り物のお陰で、旅の大半を最悪の気分から救われていた。
今考えても怪しい事この上ない品ではあったが、それも"家族"からの思い遣りが詰まった物だと思えば抵抗なく使えたし、その効果は素晴らしいものであった。……が、一度死んで蘇生するにあたり、それは紛失してしまっている。もっとも、あったとしても18年も前のものだ、効力はとうの昔に失われているだろう。

『ホント、クノンの耳栓は偉大でしたね……』

「言うな。ないものをねだっても仕方が……うっ」

『あー……』

今や少年の顔は完全に蒼白だ。口を抑えて必死に吐き気と戦う。ちなみにだが、ここに来るまでに実は一度敗北している。臨界点を越える直前、運良く近くに化粧室があったので事なきを得たが。
そしてそんな彼の背後、静かに近付いてくる者が居た。

『……あ』

「や。お兄さん。……彼、どうしたの?」

見れば目の前の少年・ジューダスは手摺に完全に体を預けてグッタリしている。自分の気配にも気付いていなかったようだ。

『えー……まぁ隠しても無駄ですね。船酔いです』

ぴくり、抗議するように僅かに背中が跳ねるように動いたが、それきり彼から反応はない。

「成る程、かなり重症」

そう確認を取ったユカリは、肩にかけていたポーチの中に手を突っ込むと、やがて丸い粒の入った瓶と水筒を取り出し、突っ伏したままの少年を振り向かせて飲むように促した。

――それから約10分。

やがて蒼白を通り越して白みがかっていたジューダスの顔に、少しずつ血の気が戻ってきた。
手摺を背にして座らせていた、彼の脱力しきった指先がぴくりと動く。

「……効いてきた?」

「あぁ……」

短くではあるが、漸くまともな返事が貰えたことに安堵する。

「良かった、ちゃんと効いてくれて。一応効果は契約してくれた人で実証済みだけど、私は乗り物に酔わないから」

「まさか本当に"魔女の薬"に世話になるとは……」

「む。まだ言う?」

怪しいのは事実だろう、と言われ言葉に詰まる。言い返せないのが辛い。
と、それまで黙っていたフィオが肩の上から彼に話しかけた。

「怪しくても効果は絶大!がユカリさまのウリですので」

「ふん……らしいな」

「ちょっと待って、それだと私自身が商品みたい」

「……いくらだ」

「え゙!?」

少年以外の、三人の声が綺麗に重なった。全員が全員、見事にその一文字を発声したと同時に硬直している。……が、そこで一番に体の硬直から脱け出した者は、しかし未だ思考の中身は混沌の渦から這い上がりきれていないらしく、言葉でもってさらなる衝撃を皆に与える。

「ちょちょちょっ!?ユカリさまは売り物じゃないですよ!?春は売りませんよ!?私が買い占めますん……べぶっ!!」

「コラ、なに言ってるか自分でわかってるの?」

いくら積まれようが売りません。むしろこんなちまっこい貧相な体なんてどこに需要が……じゃなくて。

最悪のボケ方をした従者に、少し強めのデコピンをお見舞いして吹っ飛ばし黙らせていると、お兄さんが苦笑い混じりに『発想がオヤジみたいですね』と漏らしていた。

「……あいつはやはり馬鹿なのか?それとも切れ者なのか?……いや、それよりすまん。間が悪かった。僕が訊いたのは薬の値段だ」

……ああ、そういう事。本当に間が悪い。というか、フィオが悪い。優秀は優秀なんだけど、ダメな方向にも凄く優秀な残念な子なの、お恥ずかしい事に。お陰で一瞬ちょっとどきっとしちゃったし……とりあえず、

「それなら、お代はいらないよ」

「何?……いやしかし商品なのだろう?怪しさはともかく、この効力は確かに価値があるものだ」


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