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夜空を纏う銀月の舞
記憶の鎖4

「仲間も増えたし、これで決まりだね!」

「なんだか一気に増えたな……ま、そんじゃ出発しますか」

確かに、元は三人だった所から一気に倍の六人に増えたのだ。急に大所帯になった感はある。
出発しようと決めたはいいが、未だにここから先の行き先を決めてなかったらしいカイルは「あてはあるの?」とリアラに訊ねていた。

「一つだけあるわ。まだ会っていない英雄……ハイデルベルグの、ウッドロウ王よ」

「四英雄の一人、英雄王ウッドロウか。確かに、スタンさんと並んで最も英雄と呼ぶに相応しい人だな」

「とすると、港から船に乗り、スノーフリアで降りてハイデルベルグに向かう事になるな」

次の目的地は雪国・ファンダリアへと決定した。六人はそのまま一度アイグレッテの街へ戻ると、旅に必要な物品を一通り揃えてから港へと向かう。
街からそれほど距離もない港は、それなりの人で賑わっていた。風に乗って潮の香りが皆の鼻腔を擽り、鮮魚市からは景気のよい声が飛び交う。
通りを歩けば、「刺身にどうだい」なんて大きな鮪をぶら下げた漁師風の男から声がかかる。さらにそれを見ていた向かいの店主からは「ウチの蟹は鍋にすりゃ最高だぜ」と対抗する声がかかり、睨み合う両者に板挟みになって萎縮してしまったリアラを、どちらも丁重にお断りする事で救出してやったのはユカリだった。

「あ、ありがとうございます……」

「ん。気にしないで。というか、どうして敬語?」

「なんとなく、そうした方がいいかなって……」

まだ少し困ったような顔をしながら、遠慮がちに言う少女にユカリは苦笑いする。特別な存在だからなのか、どうやら勘はそれなりに鋭いらしい。

(そういえば初めて会った時にも、こんな格好の私の事を"魔"に属する人じゃないって言ってたっけ。"魔女"と言ってるのはあくまでカモフラージュ……とまでは見抜かれてないと思うけど)

「リアラって、今いくつ?」

「……、えっと、16歳……です」

「私は、"今は"15歳。年下に敬語は使わないで。……というか、むしろ私が使うべき?」

「えぇっ!?そんな、わたしに敬語なんて!」

「じゃあ、お互い遠慮はなしで行こう。仲間、なんだから」

「……!……うん!」

力の入っていた肩からは緊張が抜け、花のように可憐に笑む少女。少しだけ打ち解ける事が出来た事に、ユカリは胸の内でほっと安堵の一息を漏らしていた。
なにせ、もう一人の"聖女"の方はそれこそとりつく島も無しといった状態だったからだ。第一声からもう、本体の傀儡として凝り固まってしまっているのが理解出来た。……しかもそれを自らの至上の命題とし、質の悪い事に"自らの意志で"行動している。意志のない本当の人形であるなら、あるいはまだ介入する余地はあったかも知れないが。
あのまま行けば、間違いなくいずれ何処かで破綻する。そう予感させる程、その手法は強引なものだった。

(あちらが"成熟"した聖女とするなら、こちらは"未成熟"な聖女……かも。どうして、わざわざ分けたんだろう)

聖女らの掲げる使命は、人によって千変万化、千差万別の"幸福"。それを叶えるため、観測する視点を増やしたかったのだろうか。

(……まぁ、今は考えても仕方ない。仲良く出来るならそれに越した事はないし)

あのバルバトスと仲間というわけでもないならば、わざわざ敵対する理由もない。……そして何よりユカリにとって目下密かに優先する項目は。

「友達、募集中だし」

「え?」

「あ。な、なんでも、ない」

ふいと並んで歩くリアラから顔を逸らしたユカリに、暫く目をぱちくりさせていたリアラは、やがて堪えきれなかったのか口元を抑えて笑い出した。

「あははっ!……もしかして、友達、欲しいの?」

「…………」

思わず無意識に漏らした呟きを聞かれてしまったユカリは顔を逸らしたまま黙秘権を行使。沢山の人々が押し合い圧し合いしながら行き交う中で箒に乗って通行の妨げになるわけにもいかず、仕方なく降りて普通に歩いているユカリはリアラよりもさらに小さい。
そんな彼女に、リアラは少しだけ腰を屈めて顔の高さを合わせながら回り込むと。

「えいっ!」

「ふにゅっ!?」

両手でユカリの頬を挟んで押し潰した。

「ふあ、ふぁにふんほ!?」
(な、なにするの!?)

「えへへっ、じゃあお友達になりましょ!」

悪戯っぽく微笑むリアラ。それに対しユカリはほんの少しだけこの行為に対しての抗議を含みつつ、しかし色々と観念してしまったかのような声色で。

「……うん」

と。首を縦に振りつつ答えたのだった。


――そしてそんな少女二人の戯れを、少し後ろから見詰める視線が二つ。
一つはユカリの使い魔・フィオ。そしてもう一つは、どこか剣呑な雰囲気すら漂わせて注意深く観察している、ジューダス。

「…………」

そんな彼の隣を、雰囲気に呑まれるでもなく普段通りの緩い空気で、しかし絶妙な位置取りで彼女は歩く。

「あぁ、良かったですねぇ、ユカリさま。これでまた一つ、ぼっちからの脱却の一歩が進みましたよ」

「…………」

「にしてもなんでしょう、この、モヤっとした気持ち。……ハッ!これは嫉妬!?……嗚呼、お許し下さい、ユカリさま。私はあなたさまの一番で居たいなどと、図々しい気持ちを抱いてしまうのです」

何やら一人で芝居を始めた少女を、やはり無視して少年はひたすら視線を前に向けている。……と、そんな彼に向けて、急に冷めた声がかかった。

「……そんなに、ユカリさま……いえ、リアラさんもですか。お二人が気になりますか?」

「……!」

「私がなんでユカリさまの傍でなくて、あなたの隣に居るかわかります?……あなたの視線が、ちょっと無視出来ないくらい剣呑だからですよ」

そう言ったフィオは、すす、とまた僅かにジューダスの体に身を寄せる。提げている武器の、抜剣を妨げる位置をキープし続ける。

「……安心しろ。お前の主を害する気はない。訊きたい事が山積しているだけだ」

「そうですか。なら別にいいんですよ」

言うなり、ひょいと間を空ける。今度は普通に、友人同士のような距離まで。

「随分あっさり警戒を解くんだな。いいのか」

「えぇ、あなたに害意がないのはわかってましたし。……ただ視線がこう、獲物をなめ回すようなネットリとしたものでしたので。そんな目でユカリさまを見ていいのは私だけです」

「お前みたいな変態と一緒にするな」

「なっ!?誰が変態ですか!」

「無自覚なのか……質が悪いな。まぁいい、……あいつは、お前は"何"だ?」

呆れたような溜め息を一つ吐いて、気を取り直した少年は隣を歩く、存外ただの阿呆でもないらしい少女に問う。それに対しての少女の答えは、しかし少年の期待していたようなものではなかった。

「ユカリさまは魔女。で、私は使い魔です」

「式神、とやらではないのか、お前は」

「メイドです」

「…………」

少女は緩く微笑んだまま答える。しかしそれ以外の何でもない、それ以外の答えなどない、という明確な拒絶の音で。

「主人が答えぬならば、従者は黙するのみ……か。すまない。正直、侮っていた」

「なーんのコトですー?私はあなたが言うトコの、ただの変態メイドですよ?」

「……悪かったと言っている」

「ま、あなたの後ろでぴったり付き従っているヒトの正体を訊かれたら、あなたも困るでしょうし。おアイコってコトで」

「……!?」

じゃ、そゆ事で〜、とひらひら手を振りつつ、前を歩くユカリの肩へと体を縮めて飛び乗った彼女は、にこにこと意地悪な笑顔を少年に向けている。
してやられた、と少年は仮面の下の眉間を指で押さえた。
正体がなんであれ、どうやら向こうの方が一枚上手だったらしい。相棒の姿を視る事が出来る者は極めて稀であるため、油断してしまっていたのだ。……とはいえ、その"視える"側である魔女と繋がりのある使い魔であるなら、ある意味視えていたのは当然の事だったのかも知れない。

「僕もまだ甘いな」

『まぁ、仕方ありませんよ。こればかりはイレギュラーみたいなものです』

小声で答える相棒の慰めは、少しだけ少年の心を軽くしてくれた。


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