夜空を纏う銀月の舞
ソロモンには届かない3
街を出てから暫く。私達はハーメンツヴァレーと呼ばれる渓谷へと来ていた。
そこはクレスタの街からダリルシェイドを経由し、アイグレッテへと至るまでには必ず通る交通の要所だ。……が、深い谷に隔てられた道を繋ぐための大橋は今、なんらかの事故があったようで落ちてしまっていて通行不可となっている。
現在は目下全力で復旧作業中らしいが、元通りとなるにはまだ数日を要するだろうとたまたま通りがかった行商人のおじさんが教えてくれた。
「じゃ、私、先に帰るね」
「待て待て待て待て待て待て!お前俺達を置いていく気満々か!?飛べるからって薄情過ぎるだろ!!」
「冗談」
「冗談に聞こえねぇよ!表情見えねぇし口調もわかりずれぇし!」
ふわりと高度を上げて置いていく素振りを見せれば、ロニはがっしと箒の藁の部分を掴んで必死にしがみついた。
からかいがいがあって楽しいなぁ。
そのままずるずると数メートル程引きずってみようか、などと考えているとカイルが心底困った声を漏らした。
「困ったな、このままじゃあの子に追い付けないよ」
カイルの言う"あの子"とは、クレスタから程近いラグナ遺跡という場所で巨大レンズから突如現れたという女の子の事だ。
その子はどうやら英雄を探しているらしく、英雄志望のカイルは自分がそうであることをわからせに行くんだ、と息巻いていた。
……英雄を探している、ね。
聞いた話ではその子は華奢で儚げな、十代半ばくらいの女の子であったらしいが、彼女が言葉少なに呟いたというその単語がどうにも引っ掛かった。
年代的にはあまり関係はなさそうに思えるが、"英雄"というキーワードと出現の仕方から不穏なものを感じる。相手が特殊な能力を持っていたり、私のような術士であった場合には見た目の印象など戦闘力を測る上で何の役にも立たない。スタンさんを殺した人物は男であると聞いてはいるが、もしかしたら関係者かも知れない。それを見極めるために、私としてもその子とは会っておきたかった。
「あの子?もしかして、ピンクの服着た女の子かい?」
「え?おじさん見たの!?」
「いやぁビックリしたよ。橋が渡れないってわかったら、いきなり崖を降りだしてさぁ」
「おっさん、その子はどこから降りたんだ?」
「あぁ、そこの出っ張りだよ。……ってもしかして、あんた達も行くつもりかい?」
「もちろん!」
――私が考え事をしている間に、何やら話が進んでいる。どうやらカイルが追っている女の子はここを通って先へと進んで行ったようだ。……にしても、確かに足場になりうる箇所があるとはいえ、こんな崖を降りてまで進んでいくとは。聞いていたよりも実は結構アクティブな子らしい。私なら御免被りたい。
「はぁ……まぁ怪我だけはしないようにな。もし薬とか欲しいなら売ってやるから、声かけてくれよ」
……なんですと?このおじさん、同業者、もとい、商売敵だったんだ。
「大丈夫、私も薬屋。おじさんよりもいいお薬がある」
「あぁん?……あぁ、お前さんがこの何年かで現れたっていうウィッチ製薬か!お前さんの怪し〜い薬なんぞよりウチのがイイもんだぞ!」
「聞き捨てならない。私の方が、効果抜群」
「あんだと?ヤんのか、コラ!」
「望むとこ……へぶンっ!?」
腕捲りしたおじさんに対抗して箒を杖に戻した私の頭に、やたら硬い拳骨が落ちた。……巫力通す前に攻撃されたらローブの自動防御出来ないのに。
「〜〜っ、痛い……女の子殴るって、どういうこと?」
「うるせぇ!一般人相手に魔女がムキになってんじゃねぇよ!……おら行くぞ!カイルが先走って崖降りてっちまったしな」
見ればはるか下の方からカイルが私達を呼ぶ声が聞こえてくる。
「おじさん、この勝負は預ける」
「へ、いつでもかかって来やがれ!」
私とおじさんが再度睨み合うと再び拳骨が降ってきた。
……二回もぶった……。
「いいからさっさと行くぞ!……おっさん、情報ありがとよ!」
おじさんに礼を言ったロニに引き摺られて、渋々私も崖を降りていくことになった。勿論、私は箒に乗って。崖を降りていく途中でちらちらと頭上の私を見上げていたロニが、ローブの下にズボンを穿いている事に気付いて心底がっかりしたような顔をしていたのを私は見逃さない。
「ロニって、やっぱりえっちな人だったんだね」
「ちちちちち違ぇーし!ちゃんとついて来てるか確認してただけだっつの!」
「早撃ちの人でロリコンの人で病気な人でえっちな人……と。めもめも」
「不名誉なデータをメモるのやめてくれませんか!?」
「判決。エロニに改名を命じる」
「ンな理不尽な判決あるかぁっ!!!!」
ぎゃああ、と両手で頭を抱えながら叫ぶ彼を無視してカイルとともに先へと進んでいく。
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