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夜空を纏う銀月の舞
ソロモンには届かない2

カイルと別れてからすぐ、僕はその足で再びアイグレッテへと舞い戻って来ていた。
その目的はあいつ……魔女の正体を突き止めるためだ。
数々の晶術ではない術(本人は魔法と言い張っていたが)、武術を見る目、頑なに隠した素顔……怪しい点は山程ある。一体彼女はどこから来た、どんな人物であるのか。それが気になって仕方がなかった。
まずはと街の住人達から聞き込みを始め、そこから神殿の前で警備に就く僧兵どもまで手当たり次第に関わりがありそうな連中を訪ねてまわる。
それによってわかったのは、街の外れにあるバザール界隈の者を中心として一般人にはそこそこ人気があるらしい事、逆に神殿……神団関係者に近い者達ほど疎まれ嫌われている事がわかった。
実際に会って話した感じでは人から反感を買うような人間には思えなかったため、疎まれている事には少し驚いた。が、それも彼女自身の人となりが主な原因ではないようで、曰く

「あぁ魔女か。ある日いきなり現れたと思ったら、どう取り入ったか知らんがフィリア様に推されて塔の管理人なんて役職に就きやがって。当時10歳のジャリガキだぜ?冗談じゃねぇよ」

という下らん嫉妬が半分。そして

「あいつ、よりによって聖女様を侮辱しやがった。穢れた魔女の分際でな」

「侮辱?何を言ったんだ、そいつは」

「なんだか知らねえが、"ワケミタマの陰に隠れてないで本人が来たらいい"とかなんとか言ってたな。なんだそりゃ?って聞いたら"ざっくり言えば分身とか人形"だそうで。聖女様に向かって無礼にもほどがあんだろ?人形呼ばわりだぜ、ふざけんじゃねぇよ」

という、聖女(エルレインというらしい)とやらとの確執がもう半分。
正直な話、これは少し意外だった。素顔を隠し他人を拒絶しているように見えて、初対面の(自分で言うのもあれだが怪しい)人間に「また会えるか」などと寂しがってみせたり、くだけた態度で接したりするなど、その実人と関わるのが好きそうな彼女が、それだけわかりやすく対立しているのだ。
しかも聞く限りは本人なりのしっかりとした理由まである。"ワケミタマ"とやらがなんなのかは知らんが。

兵から話を聞き終えて、情報を一旦整理しようと路地裏へと入り考えに耽る。
結局この聞き込みでわかったのは、この街での大まかな彼女の評判と出身地くらいだった。誰も彼女の魔法や素顔については詳しくは知らないらしい。
素顔などに関しては、聞き込みの対象が関わりの薄い下っ端過ぎたせいもあるだろうが。神団の幹部クラスにでも訊ければ何かわかるかも知れないが……対象をそこまで拡げては僕自身が不審人物として手配されかねん。やはり正面から彼女自身に探りを入れるべきなのだろうか。
と、そこまで考えた時。ふと右側から何者かの気配を感じて咄嗟に身構える。

「――お久しぶりだな、……少年、と呼ぼうか」

それはあの時の女だった。清廉な白のローブが、暗く薄汚い路地裏に酷く不釣り合いだ。

「お前か。……あの時は訊けなかったが、何者なんだ」

腰の剣をいつでも抜けるよう、最大限に気を張る。油断のならない相手だ。

「私の名はエルレイン。人々を幸福へと誘うもの」

「お前が、エルレイン……?何故僕を生き返らせた」

考えてみれば、こいつは僕を"生き返らせた"のだ。あの紫桜姫ですら自身を犠牲にしても一時的に魂を呼び戻すことが精一杯であったというのに。もしかしなくても、こいつは規格外の能力を持っているのだろう。
そう認識し直した僕の緊張には構わず、エルレインと名乗った女は穏やかに微笑んだまま一つ頷くと、静かに言葉を紡ぐ。

「私は現代で裏切り者とされるお前を哀れに思い、再び栄光を戴く機会を与えようとしたのだ。他のソーディアンマスター同様、英雄と呼ばれるに相応しい器を持つお前が、何故一人だけ蔑まれねばならないというのだろうか、と」

「フン、いかにも聖女らしい動機だ……と言いたい所だが、僕にそのような器はない。大きなお世話だったな」

「私の目的はあまねく人々の救済……それには人々を導く指導者が必要だ。それこそ英雄と呼ばれる程に、強い影響力を持つ者が。謙遜しているようだが、私はお前こそがそれに相応しいと感じたのだ」

「救済が目的……ならばそれこそ僕のような者は不適格じゃないのか。ウッドロウやスタン…それにあいつこそが向いているだろう」

「かの王は国を率いる者としてはそうであろう。スタンやその他ではそれにも足りぬ。それに言った筈だ。お前の妹には私の力を弾かれ、蘇生は出来なかった。……だが、お前ならば申し分ない資質を備えている。お前は裏切り者などと蔑まれるべきではない。よって、この時代で英雄となれるよう準備を進めている」

「……準備、だと?」

「そう。そのための役者も用意してある。あとは然るべき時にお前がそやつを討てばよい」

「断る」

即断。誰がそんな茶番に付き合ってやるか。くだらん妄想に浸る奴のために踊ってやるほど、僕はお人好しじゃない。

「なんだと?お前はこの現状から救われたくはないというのか?幸福を拒むというのか?」

「大きなお世話だと言っただろう。僕は既に救われている上に幸せだった。お前の書いた幼稚な筋書き通りに踊らされるまでもなく、な。僕の幸せは僕が決める。お前の手など必要ない」

そう言って腰の剣を抜き、切っ先をエルレインに向けてやる。僕の返事が予想外だったのかその表情に影がさしたが、彼女は悲嘆にくれたようなそれをすぐに消すと、くるりと踵を返しこの場を去ろうとし始めた。

「待て!魔女がお前に言ったというワケミタマとはなんの事だ!?」

「……"お前も"救いを拒むというのか……愚かな……」

僕の質問には答えず最後にぽつりと呟いたその言葉からは、憐れみとも侮蔑とも取れる色が滲み出ていた。


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