夜空を纏う銀月の舞
魔女v.s.魔女ではなく。6
翌朝。昨夜遅くまで起きていたせいか今一つすっきりと覚醒しない意識を支えながら一階のリビングに顔を出すと、食べ物のいい匂いが漂ってきた。
その魅惑的な香りを辿るようにキッチンを覗いてみれば、調理中のルーティさんの背中が目に入る。どうやら彼女は私よりも大分早起きしていたらしい。時間は7時ちょっと過ぎなので、一般的な家庭なら普通なのだけれど……。
「おはようございます、ルーティさん。ゆうべは遅かったのに、お早いんですね」
「んー?、あぁおはよユカリ。これでも主婦歴長いから」
片目を閉じて悪戯っぽく笑う。毎日の習慣なのだろう。
「あんたまだ眠そうね?……まぁいいわ、もうすぐ朝食の支度出来るから、座って待ってる間に目を覚ましておきなさい」
「普段、あまり早起きはしないので……ではお言葉に甘えて」
リビングに戻り椅子に座る。
…………ねむい。駄目、寝そ…………ぐう。
こくりこくりと船を漕いでいたのも束の間、私はそのまま沈没。
ガンッ!!
そして思いっきりテーブルに額をぶつけた。
「きゃあっ!?何いまの音!?」
「……いたい……」
「あんた何やってるのよ……。でも今ので目、覚めたでしょ?」
キッチンにまで響いたらしい音に、驚いたルーティさんがこちらを振り向いて呆れた声を漏らす。涙目で赤くなっているであろうぶつけた額をさすっている私を見て、彼女は苦笑いしていた。正直恥ずかしい。
そして彼女が改めて調理に取りかかり始めると、二階に通じる階段から足音がしてカイルが降りてきた。
「あ、おはよユカリ。さっき凄い音したけど、アレなに?」
「おはよ。……多分ロニがベッドから落ちた音じゃない?」
そっかと言って笑うカイル。
……ごめんロニ、私の名誉のために犠牲になって。あなたの事は嫌いじゃなかったよ。安らかに眠って。
ちーん、と心の中で合掌。
「勝手に殺すんじゃねぇよ!」という叫びが聞こえた気がするけど気のせいだ。
一旦足を止めたものの、カイルはそのままリビングを通りすぎてキッチンに居るルーティさんに声をかける。すると彼女は「どういう風の吹き回し?」なんて笑いながらやはりカイルにも着席を促していた。
「……?なんか母さんの機嫌がいい気がする……ユカリ、なんか知らない?」
「ううん、何も」
そして調理を終えたルーティさんがテーブルに料理を並べ、いただきますと朝食を食べ始める。
それから少しして、妙に落ち着きなくそわそわしていたカイルはついに話を切り出した。
「母さん!話があるんだ!オレ、
「ロニと旅に出るんでしょ?」
!?どうしてそれをっ!?」
真剣な眼差しで訴えようとしていたカイルに割って入った彼女は、「だてに15年もあんたの母親やってないわよ」とカラカラ笑う。
そして旅の資金としてガルドの詰まった皮袋と、昔スタンさんが使っていたらしい鎧をカイルに渡した。
どうやら"カイルと同じ癖字の"足長おじさんによる援助金には手を付けずにいたらしく、カイル曰く覚えがあるよりも多い金額が入っているようだ。
「母さん、知ってて黙ってたの?でもこれ!」
「いいから子供は黙って親のスネをかじる!………、思いっきり、暴れてらっしゃい」
有無を言わせない、力強い笑顔。カイルは申し訳なさそうな、けれどどこか嬉しそうな顔でそれを受けとると、「行ってきます!」と微笑んだ。
「ほんとは、あんたもロニと一緒にカイルを手伝ってやって欲しいんだけど……」
「……私は、私のやるべき事がありますので。アイグレッテに戻るまでで良ければご一緒しますけど」
昨夜交わしたフィリアさんを守る、という彼女との約束が私にはある。旅をして放浪することになるだろうカイル達についていくとなれば、その約束を果たすのは難しくなってしまう。
というか、そういえばカイルはどこへ向かうつもりなのか聞いてない。方角によっては街の出口でさようなら、という事態もあり得るけれど。
「そうね。…………」
「?まだ何か?」
ごちそうさまと食器を流しに片付け、荷物を持った私にどこか哀しそうな目を向けていた彼女に問うが、なんでもないというように首を横に振って頭に手を乗せ撫でられる。
「んにゃ、良かったら、また遊びに来なさい。あんたの好きなものでも作ってごちそうしたげるから。……あ、リクエストは?」
「ありがとうございます。じゃあその時は是非プリ……、いえ、アップルパイを」
「?プリン?ま、両方作ってあげるわ」
くすくすと笑うルーティさんにわからないよう、心の中で首を傾げる。
なんで私、プリンって言ったんだろ……?まぁ、プリンも好きだけど。
でもアップルパイの方がいいなぁ、なんて思いながらぺこりと頭を下げてカイルと一緒に院を出る。扉の前で待っていたらしいロニと合流して、私達はクレスタの街を後にした。
2015/03/10
2015/04/21加筆修正
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