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夜空を纏う銀月の舞
魔女v.s.魔女ではなく。5

「そっか、なら話が早くて助かるわ」

「……本人が思い出すまで、私から真実を語る事はありませんので安心して下さい。無理に真実を伝えてしまえば、多分今の彼では耐えられないでしょうし……自分から思い出す事が出来るくらいにまで回復しなければ、危険ですから。……でもそれと私が戦える事に何か関係が?」

そう私が問えば、彼女は私の方に改めて真っ直ぐに向き直る。

「カイルの事は、そうして貰えると助かるわ。でもあたしが言いたいのはそれじゃなくて、スタンを襲ったヤツについて、よ」

「!」

「あの時、ヤツはあたしやスタンを"英雄"として狙ってやって来た。でもあたし達を襲った後、何故かそれきりフィリアやウッドロウの前に姿を見せたって話を聞かないのよ。……おかしいと思わない?英雄と呼ばれる人間を狙っているなら、あたし達以外の二人も襲われたって不思議じゃないのに……もう何年もヤツは現れないし、足取りも掴めない。スタンを殺した後、失望したような目をして黒い空間に消えて、それきりなのよ」

その時の光景を思い出したのか、彼女は悔しげに表情を歪めている。食い縛った歯が、ぎり、と音を立てる。

「確かに、一般人と変わらない環境のあたし達は警備もないし狙いやすかったのかも知れない。でも変なのよ、ヤツは突然孤児院の庭に現れた空間からワープしたみたいに出てきたし、あの異常な強さなら並みの兵士なんかヤツにとっては居ないのと同じだと思う。高位の神官になったフィリアや、王様のウッドロウの前にどれだけ警備があったとしても、なんら障害にもならない筈なのに」

二人が襲われて欲しいわけじゃないのよ、と彼女は付け足す。
……確かに妙だ。それだけの実力に、空間移動。どれだけ強固な壁を築いても、それを無視して内側に入り込めるならわざわざ標的を見逃す理由がない。一体、どうしてなのだろう。

「……能力になんらかの制約がある?いやでも、仮に消耗が原因だとしても期間が開き過ぎてる。多分これは違う。もしくはソーディアンを持たない英雄に興味を失くした?……考えられなくはないけど、フィリアさんは今でも一級の術士だしウッドロウ王も鍛練は欠かしていないと聞いてる。戦う事自体が目的なら理由としては弱い……」

一体何故なんだろう。そもそも、その目的が見えない。英雄を狙って何がしたいのか。仮に何らかの計画があって、その障害となりうる人物をあらかじめ消しておく事が目的だとしたら、やはりこれも力の消耗と同じくして期間が開きすぎているため少し不自然だ。
今頃既になんらかの動きを見せていないとおかしいのに、"未だに足取りが掴めない"なんて有り得ない。すぐに行動を起こすからこそ、障害の排除という直前の作業が活きてくるのだから…………。
と、私が思考に耽っていると、視界にひらひらと肌色が踊っている事に気が付いた。

「お〜〜い、ユカリちゃん?あんた大丈夫?なんかずっとぶつぶつぶつぶつ言ってるけど」

「ごめんなさい。声、出ちゃってました?」

「俯いたきりなんかに取り憑かれたみたいにトリップしてるから心配したわよ」

「あはは……」

彼女は私の顔を覗き込んで本当に心配そうにして苦笑いしてた。私は少し間を置いて頭をすっきりさせるため、手を組んで伸びをする。

「――で、いいかしら?」

「あ、はい。なんですか?」

「とにかく、魔女である……あのフィリアが"術士としての能力は最高"って評価する程の頭脳を持つあんたでも頭を悩ませる程の不気味で強いヤツが居る、て事を覚えていて欲しいの。しかもそいつはいつ残りの二人に牙を剥くかわからない状態。ウッドロウは離れ過ぎてて無理でしょうけど、知識の塔に住んでてすぐ傍に居るフィリアは守ってあげて欲しいのよ。これが言いたかったの」

そう言うと、あぁやっと言えた、とほっと一息ついている。……そんなの、答えなんて決まってる。

「はい。任せてください。ルーティさん達を襲った犯人の事は別にしても、私の留守中は万が一に備えて彼女の護衛として戦える"使い魔"を塔に残してますし、侵入者が居れば探知出来る結界を張ってますから」

安心して貰えるように精一杯の笑顔を見せる。フィオに任せている"仕事"は司書代理だけじゃない。どちらかと言えばそちらはおまけなのだ。本命は、フィリアさんの護衛。そのためにフィオの戦闘モデルとして、ある人物の剣術を模倣出来る術式を仕込んである。……さすがにオリジナルよりは能力が落ちて6〜7割くらいになってしまうけど、それでも神団の兵士の数倍は強い。簡単には負けない筈だ。

「そっか……ありがとね。こんな勝手なお願い聞いて貰っちゃって」

「いえ……フィリアさんは私にとっても恩ある大事な人ですから」

一先ずは安心してくれたらしいルーティさんは寝台から立ち上がると、ふわりと私を抱き締めてくれる。……あ、石鹸のいい香りがする……。

「あんたがフィリアの傍に居てくれて、本当に良かったわ……どれだけ彼女が救われてるか、あたしでもわからないくらいよ」

「え?」

「んーにゃ、なんでもないわよ。んじゃ伝えたい事も終わったし、そろそろ寝ようかしら。……じゃね、話せて楽しかったわ。おやすみ」

そう言って彼女は私の返事も待たずにさっさと部屋から出て行ってしまう。その背中を見送って、私はしばらくその場にぼうっと立ち尽くしてしまっていた。


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あきゅろす。
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