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夜空を纏う銀月の舞
魔女v.s.魔女ではなく。4

その夜遅く。食事をいただいてシャワーを借り、案内された部屋でいろいろあった今日の事を考えていた時だった。
こんこん、と軽く扉を叩く音がして、どうぞと入室を促した私の前に現れたのはルーティさんだった。

「ごめんね、もう寝るとこだったかしら?」

「いえ、ただぼうっとしてただけなので……何か?」

んしょ、と寝台に座っていた私の隣にルーティさんも腰を降ろすと、じい、と私の目を覗き込んでくる。

「あの……?」

「不思議な目ね……瞳の中に花びらが沈んでるみたいに見える。透明に透けてるけど、光の加減で時々輪郭がわかるわ」

「あぁ……これは生まれつきなんです。自分でも理由はわからないんですが」

何故、こんな妙な瞳を持って生まれたのかは本当にわからなかった。髪の色と同じくして、これは前世にはなかったものだから。……ただ、自分じゃない誰かが、こんな瞳を持っていたような記憶がある。その誰かといつ会ったのかは定かじゃないけど。髪の色については今世の父親の遺伝、という線が濃厚なのがある意味救いだ。

「ふーん……あの、さ」

「はい?」

「さっきの……本当にごめん。あたし初めてなんだ。顔が誰かに似てるってだけであんなに衝動的に人を殴ったの」

そう彼女は頭を下げた。もういいですから、となんとか顔を上げてもらう。ルーティさんにとっては不可抗力みたいなものなのだから、謝られてしまうとこちらが困ってしまう。

「名前も聞いてて、よく見れば見た目だって結構違うのに……殆ど反射的だった。……駄目ね、もう大丈夫だって思ってたのに。あたしはまだあの子"達"を許せてないみたい。フィリアが頑なにあんたに会わせてくれなかった理由がわかったわ」

フィリアさんは、自分以外の四英雄には私を会わせようとはしなかった。思い出話や近況については雑談程度に話してくれる事はあっても、顔を合わせさせることはなかった。
私自身英雄というものに興味はなかったし、司書や薬屋の業務の合間に塔の蔵書を読むのに夢中だったから。

「……あの子達、ですか?」

「そう、一人はあんたに似てるクノン。……それともう一人は……不器用な癖に生意気で皮肉屋で、あたしに似て素直じゃない、クソガキ」

「あは……酷い言われようですね」

「まぁ、ね」

でもどうしてだろう。彼女の言葉を聞いて、骨仮面の少年が真っ先に浮かんだのは。彼女の口振りからすると、多分騎士姫と同じくもういない人物のように思えるのに。……いや、恐らくは事実、もういない人物の事なんだろう。確か彼女の弟さんは――

「あの二人はね。あたしに重大な隠し事してた。そしてあたしだけじゃなく、みんなの気持ちを蔑ろにした。その上二人だけで勝手に逝っちゃったのよ?許せないでしょ?」

「…………」

なんでだろう。聞いているだけで、なんだか胸の奥が痛む気がする。ごめんなさいって謝りたくなるような。……私には関係ない話の筈なのに。

「だからいつかね、また会える時があるなら、……そんな奇跡を神様がくれたなら、一発ぶん殴ってやろうって思ってたわけ」

「……つまり私はとばっちりですね」

「てへっ」

誤魔化すように舌を出したルーティさんにじとっとした視線を送る。
でも、気持ちはなんとなくわかる気がする。私だって、大切に思う"あの子"にそんな事をされたなら、立場を弁えずに"姉"として叱りつけると思うから。

「ま、だからさ。このままあんただけ殴られたんじゃ不公平だから、あいつに似たヤツが居たらそいつもひっぱたいてやる事にするわ。もし見つけたら連れて来てくれない?」

「イメージだけなら合いそうな人知ってますけど……骨被ってます」

「なにそれ!あんた魔女だけあって面白そうな友達居るわねぇ!」

「あはは……(昨日までぼっちでしたなんて言えない)」

ぼそりとした呟きは幸い聞かれずに済んだようだ。彼女もなんだかツボだったようで大笑いしている。
しばらくして笑いが収まった頃、ふと思い出したようにルーティさんがこんな事を言い出した。

「ユカリ……だっけ?あんたさ、戦える?」

「えっ、……まぁ、それなりに」

「自信は?」

「……?えと、神団の兵士10人くらいなら飽きるまで弄べるくらいには」

「お、悪女発言?」

「違いますっ」

「あっははっ」

即行で否定。そんな男性を"玩ぶ"どころか初恋すらまだなのに……あ。自爆した。心の中で涙腺爆発。
――と、それはそれとして質問の意図が測れない。いきなりどうしたんだろうか。
茶化すように笑ったかと思えば、彼女は唇に人差し指を当てて何やら考えてる様子。やがて真剣な目を向けて、彼女は重い口を開いた。

「あのさ、スタンの事……フィリアから聞いてる?」

「!……はい、聞いてます」

ルーティさんの夫・スタンさん。彼は今孤児院には居ない。カイルは自分の父親は旅に出たきりまだ帰ってこない、と言っていたけれど、真実は違う。
スタンさんはカイルが物心つく頃、突如襲来したある人物によって殺されたらしい。
当時幼かったカイルはあまりのショックと恐怖で、その記憶を封じ込めてしまったそうだ。そしてルーティさんを始めとして、カイルの心を守るために皆で口裏を合わせ真実を隠蔽。普通ならば気付いてもおかしくないその嘘を、カイルはいまだ信じ込んでしまっている……それ程に心の傷は深いのでしょう、とフィリアさんは悲しげに語っていた。
その話を聞いた時の私はスタンさんの子供の名前までは聞いてなかったし、まして本人と関わり合いになるとは想像もしてなかったけれど。
父親を語る時のカイルの口調や表情はとても明るくて憧れに満ちている反面、瞳の奥底が濁っている事にその重さを重い知ったのはつい数時間前のことだった。……あの瞳に、一体何人が気付いているのだろうと思う。少なくとも母親のルーティさんは気付いてる筈だ。


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あきゅろす。
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