夜空を纏う銀月の舞
魔女v.s.魔女ではなく。3
そんな彼女――ルーティさんを見て、私は箒から降りて杖に戻すと、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、ユカリ=トニトルスと申します。アイグレッテの知識の塔で司書をしながら薬屋を営んでいます。アタモニ神団のフィリアさんから、お話はかねがね」
対して、ルーティさんの反応は淡白、というより冷たかった。そう、という一言が返ってくるのみ。……かと思えば。
「……で?あんたは初対面の相手に顔隠したまま挨拶するっての?それって失礼だと思わないわけ?」
「……これは……」
「なんか理由があるのはわかるわよ。でもね、礼儀って、大事だと思わない?……なに?そんなに酷い傷とかでもあんの?多分違うでしょ。本当に見られたくないようなものなら、そんな簡単にめくれそうな隠し方はしない」
……どうしたものか、と悩む。確かに傷があるわけじゃない。これは心が傷つかないための予防線。だけど、そんな勝手な理由で礼を失してしまうのは確かに好ましい事じゃない。が、騎士姫と関わりの深い四英雄に見せるのは少し怖い。
「どうすんの?」
彼女の視線と語気が強くなる。明らかに苛立たせてしまっている……これ以上は、待たせる訳にはいかない。
覚悟を決めた私は、フードを取る事に決めた。しかしその前に。
「大変、失礼しました。……でも一つだけ。この顔を見ても、あまり驚かないでください」
そして目深に被ったフードを持ち上げる。フィリアさんとフィオ以外に人前で素顔を晒すなんて、何年ぶりだろうか。ぱさりと首の後ろに落としたフードがやけに重く感じる……そうして恐る恐る、ルーティさんと目を合わせようと視線を上げて……
視界が、激しい衝撃に細かくブレた。
「……っ!?」
肌を強く打つ乾いた音が孤児院の庭に響く。
打たれた左頬が痺れるように痛む。殆ど無意識に持って行った手の指先に感じる頬の熱がやたらと熱く感じた。何が起きたか、一瞬理解出来なかった。
「あ……っご、ごめ、んなさい……っ」
見ればルーティさんは、先程までの苛立った顔から一転、自分のした事に驚いたかのような、困惑しきった顔をしていた。
次いでその表情は次第に泣きそうなものへと変わり……ついに紫色の瞳から堪えきれなかった雫がぽたぽたと零れ始める。
……あぁ、そうなんだ。彼女"も"、そうなんだ。
「……いえ、私こそ、ごめんなさい。こんな顔で生まれてしまったばかりに、あなたを傷付けてしまいました」
そう。このフードは、私自身は勿論、相手の心を傷付けないための防壁でもあった。はじめに会ったフィリアさんの反応然り、騎士姫と関わりのある人でこの顔を見た人は決まってギョッとした後に、悲しそうな顔をする。人によっては泣き出す人も居た。だから、私は前世からの"持ち物"の中でこの顔だけは好きになれなかった。
「ごめんなさい……わかってるのに……」
「いいんです、だから、謝らないで下さい。お辛いようならもう隠しますから」
しまいにはその場で崩れるように膝をついて顔を覆ってしまった彼女の肩に、そっと手を乗せる。……が、彼女は首を横に振った。
「ううん、隠さないでいい。あんたに自分の顔を嫌いにさせるような事してるあたしが言えた義理じゃないけど、女の子が"こんな顔でごめんなさい"なんて言っちゃ駄目よ」
「……え……」
「図星、でしょ?……っ、ん!もう大丈夫!」
ぐす、と一度鼻をすすり乱暴に袖で涙を拭った彼女は、勢いよく立ち上がると私の頭に手を乗せてくしゃりと撫でてきた。
「……鋭いんですね。それに少し、意地悪じゃないですか」
「なーにが意地悪なのかしら?せっかくの可愛い顔した女の子なんだから、自分で好きになってあげなきゃ損だって教えてあげようとしてんのよっ」
にか、と笑顔を作ってわしわしとさらに撫でてくる。あんまりくしゃくしゃにされると、髪が傷むからやめて欲しい。……でもそれが少し心地よくて、なんだか懐かしく感じた。遠い昔、誰かにそうして貰ったかのように。
「ねぇロニ?こーんなに可愛い子なんだから口説きたくなっちゃうわよねぇ?……って、なんで目ぇ逸らしてんのよあんた?」
「あー〜……いやその、…………、もう、振られました」
「ぶっ、あっははははははっ!!さっすがロニね!ブレないわ!」
「え、ロニってばいつの間に口説いてたの!?でもさすがロニ!さいっこう!!」
気まずそうに明後日の方向を向きながら、ポリポリと頬を掻いて呟くロニにルーティさんとカイルは大爆笑。指差して笑っている。
私を元気づけようと空元気を出してくれてるんだ、とわかって、今度は私が少し泣きそうになった。ロニもカイルも多分それがわかってて便乗してくれてる。……あったかい人達だ。そんなみんなに合わせるようにして、気が付いたら私も釣られて笑ってしまっていた。
そうして一頻り笑ってから改めて建物にお邪魔した私は、暖かな食事と寝床をいただいて一晩を孤児院で過ごすことになったのだ。
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