夜空を纏う銀月の舞
その出逢いはきっと。8
水竜の魔物を倒した四人は、その後は特にこれといった障害もなく地下水路を脱出した。海が近いのか、波の音が聞こえてくる。
「ここが出口だ。街の外へと繋がっている。しかし思ったより時間がかかったな……。まったく、僕一人ならもっと早く出られたものを」
仮面の少年は皆に背を向けたまま疲れたような声を漏らした。この探索の間にある程度彼の性格を把握したらしいロニは、はいはいと肩を竦めて聞き流している。あまり合わないタイプなのだろうか、放っておいて孤児院に帰ろうとカイルに声をかける彼だったが、当の本人はどこか上の空のご様子。少しだけ悩んだような素振りを見せていたが、やがて彼は未だ背を向け続けるジューダスへと歩み寄っていった。
「どうした?早く戻って旅に出るんじゃなかったのか?」
不思議に思ったジューダスの質問には、ありがとうという言葉と遠慮がちな笑みが返される。
「礼を言われる筋合いはない」
「それでも、ありがとう。ホントに助かったよ!」
今度は満面の笑みだ。邪気のない笑顔に面喰らったのか、ジューダスは少しだけ目を丸くしていたが……やがて何かを懐かしむような視線をカイルに向けた。が、それも一瞬の事ですぐにそっぽを向いてしまう。まるで不意を突かれた事に照れたような、そんな仕草だった。
そんな様子には気付かないのか、カイルはまたどこかで、と別れの言葉を彼に贈るが、それを引き留めるようにジューダスはカイルの名を呼ぶ。
「なに?」
「……僕は、お前と――……、いや、なんでもない。英雄になりたければ、せいぜい頑張る事だ。じゃあな」
しかし、彼は何かを言いかけ――そして、それを誤魔化すように早口で告げると返事も待たずに走り去っていってしまったのだった。
……もしかして。私、いま空気?
走り去る彼の背中を見つめながら、私はなんとなく入り込めなかった二人の会話にぼうっと聞き入ってしまっていた。
彼は最後、非常に小さく「一緒に」と呟いていた気がする。もしかすると、旅に出るというカイルについていきたかったのだろうか?
「なんかさ、ジューダスって不思議だよね」
「不思議ぃ?ああいうのは不思議じゃなくて、ヘンって言うんだぞ」
「ううん。不思議なヒト。ちぐはぐで、どこか哀しげなヒト。……ヘンなのは否定出来ないけど。主に仮面ぽく被ってる骨が」
「うぉおっ!!居たのかお前っ!?」
どうにも忘れられてそうだったので、少しだけ普段より声を張って話し掛けたら、案の定びっくりされた…………くすん。
「あはは、でも二人とも少し言い過ぎだよ。ジューダスはいい人だよ」
切ない気持ちにカイルの笑顔は癒しになるなぁ。多分彼にも忘れられてた気がするけど、癒されるから許そう。
そんな私に笑いかけながら、カイルは彼のいい所を挙げていく。……一部勘違いもあるけど黙ってお……
「あのなカイル。あれは皮肉だ。励ましじゃない」
こう、と思った私の優しさを返して。
「そんな事よりすっかり遅くなっちまったし、孤児院に急ごうぜカイ
きゅるぅ〜〜〜
…………ル?なんだ今の小動物の鳴き声みたいな可愛らしい音は?カイルかぁ?」
「…………」
無言で挙手。そう、朝から何も食べてなかった私のお腹は実はとっくに限界を振り切っていたのだ。とてつもなく顔が熱い。顔隠しててほんとに良かった。心の底から良かった。
「ぷっ、あははははっ!何今の可愛い!良かったらユカリもうちにおいでよ!遅くなっちゃったし、今日はうちでご飯食べていきなよ」
口元に手を当てて可笑しそうに笑うカイルは本当に無邪気で、恥ずかしさはあるもののそれを怒る気にもなれない。顔から火が出そうな事には変わりはないのだけれど。
「うぅ、心配事はあるけど空腹も切実。お邪魔させてもらっても、いいかな」
「うんいいよ!友達が出来たって言ったら、母さん喜ぶだろうなぁ」
「……?とも、だち?」
「そう、友達!だっておれ達、一緒に冒険した仲じゃない!!」
「そ、そう……」
彼の中で、先程までの脱獄劇は"冒険"だったらしい。そしてそれをともにした私はもうお友達、らしかった。
お友達かぁ。そういえば、生まれ変わってから友達なんて居なかったかも知れない。強いて挙げるならフィリアさんくらいだけど、彼女は一応私の身元保証人でもあるしちょっと違うかも。そう考えると、"初めてのお友達"としてこんな無邪気な人と付き合っていけるなら、それも悪くないのかも知れない。
逆に考えるとこの15年の人生が凄く悲しいことになるのでそれはやめておく事にした。……現実逃避とかじゃない。決して。
「魔女のお友達第一号、よろしくねカイル」
右手を出してしっかりと握手。思いの外彼の手は大きかった。
「うん、よろしく!」
「てことは俺もユカリの友達だよな!」
「……、なんで?」
「なんでだぁあっ!!ちくしょう俺ばっかり!!」
先程の事もあり、冗談混じりにお返しのつもりで首を傾げてみれば、ロニは頭を抱えて一人号泣していた。
2015/02/19
2015/04/21加筆修正
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