夜空を纏う銀月の舞
その出逢いはきっと。7
「まぁ、門外漢だろう魔女の目から見てもわかる程に酷いという事か」
「そ、そうそう。素人の私から見ても、あんな雑魚に苦戦するなんて論外」
勝手に納得してくれたようなので便乗。……ほんとは素人じゃないんだけど。
「でもキミは、その点無駄がなくて強そう。雑魚相手というのもあるけど、底が見えない」
「アレと一緒にされたくはないな。これでも少しは覚えがあるつもりだ」
「ふうん……その割に、あまり積極的にあの二人に協力しないのは、なんで?」
「……面倒だからだ」
少しだけ答えに間があった。何か考えがあるのだろうか。だとすると、可能性としては。
「経験を積ませるため?」
ぴくり、それまで流麗といっていい程の澱みのない動きを見せていた彼の動きが一瞬固まった。
「なんの義理があって赤の他人を鍛えてやる必要がある。お前の思い違いだ」
それきり、ぷいと私から目を逸らして彼は未だ苦戦し続けるカイル達の救援に向かっていった。どうやら図星だったらしい。
確かに、彼の言う通りただ見知った程度の仲で他人を鍛えてやる義理はない。先日会った時には単独で行動していたようだし、カイル達も知り合ったのは牢の中だと言っていた。だというのに、今は親切にも道案内などをしている上に、戦闘ではあえて必要以上に手を出さないようにしている。話していて感じる彼の性格とは、どうにも行動がちぐはぐな気がしてならない。
「……不思議なヒト」
ともあれ、取り敢えずは先程の自分の失言は誤魔化せたようで安心したのだった。
――そうして暫く水路を進んで行くと、やがて今度は通路を遮るように何やら粘ついたゼリー状の物質が撒き散らされた場所に出た。左右の壁を繋ぐようにして分厚い網になっている。これでは先へ進めない。
「うわぁ、なんだこのネバネバっ!?」
「これを手で取り払うのは不可能だな…」
案内役のジューダスとしてもこれは想定外だったようで、彼自身困ったような声を上げては顎に手を当てどうしたものかと思案する。ソーサラーリングの熱線で焼き払おうにも火力が足りないらしく、ゼリーの網は僅かにその表面を焦がしただけだった。
「……ちょっと勿体ない気がするけど、これ取らないと進めないよね」
そう呟いてユカリはポーチから一枚の札を取り出すと、皆にそこから離れるように指示を出した。
「なんだ?何かやるのか?」
「うん。消し炭になりたくなかったら下がってて、ロニ」
はいはい、と浮遊するユカリの後ろまで下がったのを確認すると、彼女は札を勢いよく網に向かって投げつけた。
「―――――……《火竜召喚》サラマンドラ」
ぼうっ!!と凄まじい量の炎が投げられた札から発生し、それが巨大な竜の身体を形作るとそのまま網を貫くように突撃。通路一杯に広がった竜の身体によって道を塞いでいた粘液は跡形もなく焼き尽くされる。
ちりちりと残る熱によってか、少し肌寒いくらいだった水路は今や暑く感じる程になっている。一部始終を見守っていたユカリを除く三人(+1)は目を剥いて驚いていた。
「お、おぉおお……さすがは魔女……派手な魔法ぶっ放してくれるじゃねぇか……」
「凄い!」
「……今の呪文は……」
歓声を上げる二人に対し、ジューダスは一人思案顔。サラマンドラと唱える前に、非常に小さくではあるが彼女が呟いていたある言葉が気になっていたのだ。
「一丁上がり。あれ、今日は一枚しか持ってきてなかったけど。……っ!?」
ゴズン、と重い石を落としたような音とともに水路全体が揺れたように感じる。変化した空気に警戒を強め、暗がりで見えない先を四人が凝視していると、奥から巨大な魔物が姿を現した。
いかにも硬い鱗を持つそいつは、元は水蛇か何かなのだろう。簡単に剣の刃は通りそうにない。見れば鱗の一部が炙られたように焦げ付いている……恐らくは先程の火竜の一部が掠りでもしたのだろう、魔物は憎き敵を見付けたとばかりに大きく一つ咆哮を上げ、四人に向かって突進し始めた。
「わぁっ!?なんだこいつ!」
「でけぇ図体しやがってちくしょう!避けるスペースが殆どねぇ!!」
「ちぃっ!」
咄嗟に水路の比較的広い場所まで後退し、四人は散開して魔物の突進を回避した。ぎょろり、と光を映さない瞳は一際目立つ金髪のカイルを標的に定めると、追い打ちをかけるように牙の生え揃った口から高圧の水流を吐き出した。見た目といい今のアクアブレスといい、もはや水竜の一種と言っても過言ではない。援護するようにロニとジューダスが斬りかかるが、やはり頑丈な鱗に阻まれ思うようにダメージを与えられずにいた。
「めんどうな相手。でも私が居たのが運の尽き」
少し離れた位置で距離をとりながら箒から降りたユカリは、すぐさま箒を元の杖へと変化させるとそのまま空を斬るように二度、三度と振り回す。
「《鎌鼬》シルフィブレイド」
ずしゅ、ざく、と杖から放たれた三日月型の真空の刃は魔物の鱗を貫き次々とその身に食い込んでいく。さらに間を置かず杖を真っ直ぐ魔物に向けたユカリは、空圧の大砲を発射した。
「《空破弾》シルフィバレット」
ばきばきと砕けるような音とともに、魔物の鱗は空圧の砲弾と衝突した場所からひび割れて飛び散っていく。これだけ脆くさせてやれば、後は前衛組の刃も通る筈だ。
「今なら剣も通るよ。頑張って」
「おう、ナイス援護!オラオラ砕けちまえっ!」
畳み掛けるように斧槍を何度も何度も叩き付け、硬い鱗に止めを刺していくロニ。その役目を果たさなくなった場所から、ジューダスの双剣とカイルの剣が中の肉を容赦なく切り裂いていく。
「でやぁああっ!!」
そうして最後は、高く跳んだカイルの頭上からの一撃で頭を串刺しにされた魔物はついに倒れたのだった。
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