夜空を纏う銀月の舞
その出逢いはきっと。5
「――何か用か」
ちょうど隣に並ぶか否か、というタイミングで声をかけられた事に少し面喰らった。接した時間は僅かしかないが、そんなタイプじゃないと思っていたから。
「……絶対、話しかけても無視するタイプだと思ってた」
自分でも意地の悪い返しなのはわかってたが、なんとなくそんな気がしたので正直に言ってみた。すると向こうも意外そうな顔をしているのが仮面の隙間から見える。
「……そういえば、そうだったかも知れないな。自分でもそう思う」
「やっぱり?」
あぁ、とだけ短い返事が返ってきて、そこから暫しの沈黙が続く。少し肌寒い部屋に小さく響く、四人分の足音。後ろの方ではロニとカイルがこそこそ話しているのが聞こえる。……そうだ。
「また、会えたね。変な所で」
「そうだな」
「キミは何して捕まったの?また不法侵入?」
何の気なしに訊ねてみたら、彼の歩くペースが僅かに鈍った。……動揺、した?
「後ろの馬鹿どもと一緒にするな。僕はただ――……あそこで寝泊まりしていただけだ。都合良く使われてなかったんでな」
「結局不法侵入じゃない?」
「捕まった訳じゃない。お前こそ何したんだ」
「営業妨害されたから相手ぶっ飛ばしたら私だけ捕まった」
無理矢理話題を逸らされたのはわかったが、彼に一瞬だけ浮かんだ苦い色に追及すべきじゃないと感じて付き合う。何かあったのだろうか、と気にはなるが。
「営業妨害?塔の管理人じゃなかったのか?」
「あれは家賃の代わりみたいなもの。お給料は断ってる。それとは別に自家製のお薬を売って生活費を稼いでるの。……"ウィッチ製薬"をよろしく」
肩掛けのポーチから自分用の風邪薬の瓶を取り出して見せる。こつこつと営業。これ大事。
「……。僕は突っ込まんぞ」
「別にボケたわけじゃないから。ウィッチ製薬をよろしく」
「僕に営業するな。買わん」
ずずい、と詰め寄ってみるが、ちらりと瓶に一瞥をくれただけで無視された。……契約不成立。残念。
「よく効くって好評なのに」
「魔女の薬、と聞いて買う奴の気が知れん」
「ひどい。怪しさで言ったらキミの仮面も大概の癖に」
「これには触れるな」
ごめん、それは無理。面白いから。
などとくだらないやり取りをしていると、ロニが後ろから会話に割り込んできた。
「お二人さん、随分仲いいじゃねぇか。なんだ、恋人か?」
「馬鹿を言うな。少し前に一度顔を合わせた事があるだけだ」
否定するまでのその間、僅か0.5秒。事実なんだけど、そんなに力を入れて否定しなくても……と、なんだか無性に哀しくなった。
…………ん?何が?
何故か胸の奥がもやもや。今のどこに哀しくなる要素があるのだろうか。もしかしたら女としての魅力を否定されたように感じたのかも知れないけど。この格好だし仕方ない、か。
色気の"い"の字もない、少しオーバー気味のサイズの真っ黒いローブを着て顔を隠した女に魅力を感じる人が居たら、それはそれで病気な気がするし。という事は。
「つまり、ロニは病気。さすがロリコンの人」
「俺の扱い酷くねぇかっ!?話し掛けたのがそんなにダメなのかっ!?」
しくしくと泣き出した。大の男がめそめそと情けない。そんなだからフィオに相手にされないの……と、ロニが直滑降気味に私からの評価を落としていると、少し先の曲がり角から明かりが漏れているのに気が付いた。……人の気配がする。
「この奥、多分見張りが居る」
「やはりな。そう甘くはないらしい……部屋の奥に行くぞ。ここは元々オベロン社総帥のヒューゴの屋敷だ。オベロン社解体の後接収され、神殿に改修されたが隠し通路はまだ残っている筈だ。見張りに見付かる前に脱出するぞ」
「仮に捕まっても、私とがしゃどくろ君ならすぐ出られるけどね」
「僕を妖怪扱いするな。お前、基本的に僕を馬鹿にしているだろう」
「してないけど、いつの間にか骨に羽根が生えてるのは面白いなって」
あ。ついに無視し始めた。だから名前教えてってば。
ふと横を見ると幽霊のお兄さんは口とお腹をおさえて笑いを必死に堪えてる。何かツボに入ったのかな。
それはいいとして、なんだか妙にここの構造に詳しい。普通、隠し通路などの類いはその場所の関係者くらいしか知り得ない筈だと思うんだけど。彼は何者なんだろうか。
そう私が疑問に思っている事も露知らず。彼は部屋の奥で通路の入り口を示すと、レンズエネルギーを熱に変えて放射するソーサラーリングをカイルに与えて装置のロックを解除させていた。あれ、確か結構な貴重品だったと思う。
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