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夜空を纏う銀月の舞
始まりの前日譚6

「いや、気にするな。昔の知り合いに、こいつの姿が見えていた奴が居たんでな」

指で背後を指し示してやる。とりあえず嘘は言ってない。こいつの正体がソーディアンだと言わないだけだ。

「あぁそっか、幽霊が視える人は稀だもんねぇ……キミは視えないの?会話は成立してるみたいだけど」

「声が聞こえるだけだ」

魔女が顔を向けているのは僕の右隣。……移動するな、馬鹿者。

「ふぅん……」

「そういえば先程までの攻撃、隠れていた筈の僕の位置を特定出来ていたのは、こいつが視えていたせいか?」

「そう。だってキミがせっかく隠れているのに、お兄さんは視界から丸見えの位置に突っ立ってたから……あとは勘」

魔女は床に足を崩して座り込んだままの姿勢で、杖を使いシャルが立っていたらしい場所を指し示した。確かにこれでは隠れた意味がない。
というか、いつの間にか彼女の口調が元の気怠げな感じに戻っている。やはり元々こんな話し方だったようだ。

『すみません、ぼっ……ご主人様』

また彼女が爆笑して話が進まなくなるのを心配したのだろう、呼称を変えてシャルが謝った。

「プッ……あ。ごめんね。そういえば自己紹介、してなかった」

一瞬笑いかけたが、鋭く睨んでやると堪えてくれた。
彼女はすっくと立ち上がると、深く腰を折りながら名乗った。

「私の名前はユカリ=トニトルス。ここ知識の塔の管理人をしています……キミは?」

成る程、管理人だったのか……というか、まずい。今この時代で大罪人リオン=マグナスの名を名乗るわけにはいかない。まして本名なぞ。

「僕は…………、名は棄てた。好きに呼べばいい」

咄嗟に思い付かなかった僕は相手に丸投げした。が、すぐに僕は激しく後悔することになる。

「じゃあ、う〜ん…………骨っこ」

困ったように僕の顔を眺めていた彼女は最終的にツボだったらしい仮面を選択した。

「おい」

「嫌?……じゃあ坊っち…ブフッ……駄目、私が呼べない。やっぱり骨っこで」

諦めるの早いな。いやこいつにまで坊っちゃん呼ばわりされたくはないが。

「他にないのか」

「ん〜〜………骨マント?」

「ふざけるな」

「骨タロー?それとも、がいこつナイト?」

「やめろ。もはや名前ですらないだろうが」

なんだこいつのネーミングセンスは。
妙な、という次元を超越しているぞ。アダ名にしてももう少しなんとかならないのか。

「困った、骨しか見えない」

「骨から離れろ」

「やっぱり骨っこで決定」

「………………もういい…………」

諦めた。全てはこの仮面が悪い。恐らく今後この仮面を捨ててもこの呼び名で呼ばれ続ける気がする。
なんだか頭痛がしてきた僕は、とにかくその場を離れたくなって書庫の出入口へと向かい歩き出した。

「あれ。もう帰るの?」

少しだけ寂しそうな声に、思わず足が止まってしまった。
振り返れば、彼女はこちらを真っ直ぐに見つめている。
……いや、相変わらず目深に被ったフードに隠れて表情は見えないのだが、なんとなくそんな気がしたのだ。
こうして改めて見ると、本当に背が低い。やはり紫桜姫といい勝負だろう。だがその雰囲気は妙に誰かを想起させた。

「元々僕は調べものをしに来ただけだ。それもお前に襲撃されるまでに終わっている……これ以上残る理由はない」

「……そう。……、また、会えるかな」

なに?また会えるか、だと?

「……やっぱりなんでもない、気にしないで。それと、いきなり攻撃してごめんなさい。今は私の存在が知れ渡っているからなくなったけど、前は貴重な資料を狙った泥棒が、結構居たから」

いきなり無警告で襲ってきたのはそういうことか。

「いや、どちらにしろ無断侵入にはかわりない。僕こそ済まなかったな。……さらばだ」

そして改めて彼女に背を向けた僕は、今度こそその場を去った。
それにしても不思議な少女だった。
口元しか顔が見えなかったが、肌の感じと輪郭から僕より二つか三つくらいは年下な気がする。
それに一度話し出すと終始向こうのペースに乗せられて、こちらのペースは狂わされっぱなしだった……まぁ会話の滑り出しがアレだったせいかも知れないが、不思議と不快には感じなかった。
どうにも、初めて会った気がしないのだ。
どう考えてもあんなタイプは今まで居なかった筈だし、そもそも僕の時代から18年もの時が過ぎているのに、あの年代の知り合いが居るわけがないのだが。
そんな事を考えながら宿へと戻ってきた僕は、早々に寝る支度をして"初めての"床に就いたのだった。

……これが僕と彼女の出逢いだった。
この時は二度と会うこともない、他愛ない一時の邂逅だと思っていたのだが、まさか後に重要なものになるとは……僅か数日で再会することになるとは、夢にも思わなかった。

2015/02/09
2015/04/21加筆修正
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