夜空を纏う銀月の舞
始まりの前日譚5
しかし格好もそうだが、こいつの攻撃は妙だ。
僕を襲う攻撃は恐らく、何らかの術の類いなのだろうが詠唱が聞こえない。
しかも僕の知る風系統の晶術のどれも当てはまらない。
先ほどの空気の塊にしろ今のテーブルを破壊したプレスにしろ、属性は間違いなく風なのだろうがオリジナリティが高過ぎる。
「んー……、キミ、実は手練れだね。それも実戦経験豊富。こんなに早く対応したのもそうだけど、よく私を観察してる」
何故かは知らんが向こうはだんだんテンションが上がってきてるらしい。気怠げな口調に張りが出てきだした。
『坊っちゃん、あの娘の使う術、変ですね……晶力の流れが全くありません』
変なのはわかっている。……ん?今なんて言った?晶力の流れがない、だと?
シャルの言葉を聞いて改めて敵の動きを観察しようと視線を戻すと……何やら相手は唯一見えていた口元を両手で抑えて何かを堪えるようにぷるぷると震えていた。
「〜、――っ……〜〜っ……」
なんだ?
そのままでは堪えきれないのか、やはり震えながらしゃがみ込んで今度は僕に背中を向け始める。
「……っプッ…ククッ…フッ…〜〜、フフフフフッ……」
こいつまさか。
「おい、お前、まさか笑っているのか?」
「アフッ、クククククッ、ご、ごめ、……ププッ…ぼっ、ぼっちゃ……!坊っちゃんて……!!」
は?
「あっはははははははっ!ぼっちゃ、坊っちゃんっ!!だめっ!ごめんっ!でも坊っちゃんっ!!あはははははっ!!」
ついには大爆笑し始めた。
ひぃひぃ言いながら床をばしばし叩いて大笑いしている。腹筋が辛いのか、片手は腹を抑えて身体をくの字に曲げてまで。
正直「坊っちゃん」という単語一つでここまでバカみたいに笑える人間を初めて見た。その単語の何がそんなにツボだったというのだろうか。
「へ、変なっ!変な骨被った不審者がっ!ぼっ……ちゃっ……にゃふ!……にゃっははははははははははははははははっ!!」
…………この仮面とセットだったようだ。
ついに笑い声までおかしくなり始めた目の前で転げ回る魔女に、もはや怒る気も戦闘意欲も完全に殺がれてしまっていた。
――それからたっぷり10分は笑い転げていただろうか。
笑いすぎて腹筋がつったらしく、今は床に倒れてCの字の体勢でピクピクと悶絶している。もう色々と台無しな気分だ。
「それで、訊きたい事があるんだが」
そのためにこの恥辱の時間を耐えていたのだ。答えねば即刻ハネてやる。
「ハ……ハヒッ……や、やっと落ち着いてきた……だめ、すっごいお腹痛い……。な、なにを訊きたいの……?ぷふっ」
こいつ、まだ笑うか。
「お前、先ほどまでの反応からするに"僕とお前以外の声"が聞こえたのか?」
「ふぅ、ふぅ……。あぁ、結構高めの、人の良さそうな声でしょう?キミの後ろに居る背後霊だか守護霊だかのお兄さんの」
「は?」
「え?」
違うの?という魔女は漸く身体を起こして不思議そうに小首を傾げている。
いや、質問したいのはこちらの方だ。……背後霊?
『もしかして……僕の事でしょうか?』
「そうそうお兄さんの声」
まさか、こいつ、ソーディアンの声が聞こえるどころか投射された人格の姿まで見えているとでも言うのか?……僕の知る限りそんな奴は一人しかいない。
「そういえばその髪……お前、まさか紫桜姫、か?」
いや、そんなまさか。彼女はあいつを一時的にこの世に呼び戻す代償として消えた筈だ。
だが、顔はよく見えないが銀色の髪といい特異な風の術といい身長といい、よく似ている。
……あんなにバカ笑いしているのは見たことがないが。
だが、そんな僕の予想は大きく外れていたようだ。
「シオーキ?……誰?人の名前?」
きょとんとしてさっきの反対側に首を傾げた。どうやら別人らしいが……そうなると少し面倒だな。
僕とした事が迂闊だった。情報を与え過ぎた……が、そもそもシャルの姿が見えてしまっているならその存在は隠しようがない。
格好からして信用は出来ないが、そこまで悪い人間には思えない。人格に問題があるなら宿屋の主人のような一般人に「嬢ちゃん」などと親しげに呼ばれはしないだろう。
[back*][next#]
[戻る]
無料HPエムペ!