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夜空を纏う銀月の舞
始まりの前日譚4

夜の暗闇を歩き始めて数時間、少々の疲れを覚え始めた頃になって、漸く景色の向こうに人里らしい灯りを見つけた。
どうやら最悪の事態ではなかったらしい事に、一先ず安堵する。
だがそこに入るに当たって、もしも万々が一にでも僕の、リオン=マグナスの顔を知る人間がいないとも限らないとふと思い、何か変装するものをと周囲を物色していたのだが、見つかったのは得体の知れない動物の頭蓋だけだった。
ないよりはマシか、と半ば自棄になってそれを仮面の代わりとすることにしたのだが……我ながら酷い格好だ、と自嘲の笑みすら沸いてくる。
あの余計な一言に定評のあるシャルすら突っ込んでこないのだ、相当なのだろうと思う。

中に入ってみるとそこは大きな街だった。
入り口の門の脇には"アイグレッテ"とある。
とりあえず宿を探して歩き、適当な所を見つけてチェックインする。

……とりあえず、通貨はガルドのまま、か。

昔使っていた財布に入っていた金を使い前払いするついでに、世間話を装って街について探りを入れる。
なんでもここはアタモニ教の総本山、ストレイライズ大神殿を中心として発展した街らしい。
地形が変化し過ぎていてわからなかったが、確かに座標的には神殿があった場所と一致している。
ならば手っ取り早く情報を得るのに最適な場所がある筈だ。
……そういえば、僕のこの格好を見た宿の主人に、「魔女の嬢ちゃんの友達かい?」などと訊ねられた。僕の知り合いにそんな変人はいないと答えたら苦笑いされてしまったが……皆まで言うな。自覚はあるんだ。
とにかく僕は部屋の確認を済ませると、買い物を装って宿の外に出ることにした。

宿の中で街の地理はだいたい把握しておいたおかげか、人の目を避けたルートを辿ってもすんなりと神殿に到着した。
気配を殺し見張りの僧兵を躱して内部に潜入。巡礼の日以外は入れないなどと僕の知った事じゃない。そもそも目的は神殿に併設されている知識の塔なのだから。
そうして塔に辿り着いた僕はまんまと目的の書庫へと侵入した。
早速片っ端から世界の記録書を読み漁っていく。

僕の生きていた時代から18年後……思ったより経ってない。

復活したベルクラントによる外殻大地の形成、そして崩壊による二次災害……地形の変化はこれが原因か。

神の眼を巡る天上王とソーディアンマスター達の戦い、マスターの四人は四英雄と呼ばれるようになる……ふっ、あいつらが英雄、か。

騒乱の首謀者であるヒューゴ=ジルクリスト以下オベロン社について。
……覚悟はしていたが、やはり僕は裏切り者扱い、か。マリアンを守る、そのためなら何だって裏切るさ。大切な人を守って欲しいという、あいつの最期の願いを叶えるためなら神だって欺いてみせる。

その後もだいたい僕の知りたい情報は一通り調べ尽くす事が出来た。
もう十分だろう、と宿へ戻ろうと手にしていた記録書を本棚へ戻そうとした時だった。ぞわり、と突如として襲ってきた悪寒に思わず後ろを振り向いた時、顔の横の位置で止めていた手に持っていた本に風穴が空いた。

「!?」

攻撃!?

とっさに姿勢を低くして手近な本棚に身を隠す。

「無駄」

幼さの残る、鈴を転がしたような少女の声が響いたと思うと、得体の知れない柔らかくて硬い何かに頬を殴り飛ばされた。

座標攻撃か!…だがどうやって正確な位置を割り出している!?

それにしても今の感触には覚えがあった。おそらく僕を殴り飛ばしたのは圧縮した空気の塊だ。

「こんな夜中に、というか夜明けも近い時間に不法侵入なんて久しぶり……ねむい」

かつん、と何かを床に打ち付ける音がしたと思うと、頭上に向かって空気が集まるように流れるのを感じて咄嗟に横へと転がる。
僕が起き上がるのと壁にしていたテーブルが上から叩き潰されるのは同時だった。攻撃が正確過ぎる。

「……あれ。もしかしてもう私の攻撃のタネ、バレちゃった?」

夜明けが近いという時間のせいなのか、それとも単にこういう喋り方なのか。妙に気怠げというか眠そうというか、テンションの低い声が少しだけ弾んだように感じた。
隠れた障害物から少しだけ声のした方を覗いて声の主を確かめる。
そいつは漆黒の丈の長いローブを纏い、フードを異様に深く被った妙な奴だった。
ローブの裾やらフードの縁には、何やら得体の知れない文字だか模様だかが青い刺繍のようなもので描かれている。
銀色の艶糸のような髪を胸の下まで首の脇から垂らし、手には先端が拳のように丸まった長い木の杖を持っていた。先ほど床に打ち付けたのはこの杖だったらしい。
その姿を見た瞬間、宿屋の主人が言っていた"魔女"という単語が浮かんだ。……こいつがそうなのか。


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あきゅろす。
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