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夜空を纏う銀月の舞
始まりの前日譚3

目覚めると、そこは白い海の中だった。皺一つない純白のシーツのような、絞りたてのミルクのような、どこまでも清純な白の海の中。
眩いばかりに輝くその世界に一つ、まっさらなキャンバスに誤って落とされてしまった黒いインクのように、ぽつんと独り僕は立っている。
何が起きたのか理解出来なくて、なんとなく自分の身体を見下ろしてみるが、最後の記憶にあるような傷はなくなっているようだ。
……どころか、服装からして変わっていた。
黒を基調として統一されたトップスにボトムス、ブーツ、腰には銀の装飾剣――シャル。
一体どうした事だ。それにあいつは……蒼羽は、どこに行ったのだ。二度と離さないと、傍に居ようと誓った、僕の半身とも言える存在が居ない。それがたまらなく寂しくて、悲しくて、不安に胸が締め付けられる。

「目覚めたか」

突如かけられた女の声に驚き慌ててそちらを振り向けば、"違和感を一纏めにしたような"、しかしきわめて自然な微笑を浮かべた女が立っていた。

……得体が知れない、それにどこか気にくわない女だ。

それがそいつへの第一印象だった。

「機会は与えた。……さあ、完全なる幸福のために、行くがいい」

女の胸元で鏡のようなペンダントが光を放ち始める。

待て!お前は一体何者なんだ!?何故僕は生きている!?それに蒼羽はどうした!?お前の目的はなんだ!?

訊きたい事は山ほどあった。だが女は僕が光に呑まれるまでの僅かな間に、その中から一つだけしか答えてはくれなかった。

「お前の妹は、魂に干渉出来なかった。私の力は及ばず弾かれてしまった。我が神の慈悲を拒否するとは……愚かな事だ」

!?それは一体どういう――……

暗転。

次に気が付いた場所は、どことも知れぬ砂浜。打ち寄せる波があと数メートル、という地味に際どい位置に寝転がる格好だった。
潮風が冷たい。一体ここは何処なのか。……そうだ、こいつが居た。

「おいシャル、起きろ」

『ん…あれ、坊っちゃん?』

良かった。イクティノスのように破損でもされていてはお手上げだった。
あの激流だ、岩に叩きつけられでもしていたなら駄目かも知れないと思ったが杞憂だったようだ。

『あれ?なんで?坊っちゃん?……、服の趣味変わりました?』

「これは僕の趣味じゃない。気付いたら着てたんだ。……ここが何処かわかるか」

『ちょっと待って下さい、今座標を照合します』

寝惚けているのか軽く混乱していたようだが、僕の質問には直ぐに明確な答えが返ってきた。
ダリルシェイド北の孤島、ライブラWのあった島にほど近い場所らしい。
幸い島そのものではなく、大陸と地続きになっている場所だったので生き返って早々遭難という事態は免れたようで安堵した。
だがシャルが言うには、どうも地形がおかしいらしい。
僕が生きていた時には今居るこの場所は海の真ん中である筈だ、との事だ。
座標を照合するついでに周囲数キロを走査したらしいが、その範囲だけでも相当変わっているらしい。
嫌な予感がした。
それほどまでに地形が変わる、というのは、天変地異でも起きずに自然な変化だとするなら数十年数百年単位、下手をすれば数千年の時間の経過が必要になる。

一体今は何年なんだ?どれ程の時代を跨いだのだ?

昔読んだお伽噺に似たような話があった気がする。悪魔の宴に魅入られた男が時を忘れて海底で過ごしていたが、ある時ふと我に還り慌てて地上へ戻ってみると、そちらでは数十年もの時が過ぎていたという民話だ。
微妙にリンクしているのは何の皮肉だろうか。
僕が死んだ場所は海底に広がる洞窟だったのだから。
そこで眠っている間に――僕にとってはほんの一眠りの間に――それほどの時間が経っていたならば。それは、いまだかつてない程の孤独の中を生きなければならないという事になる。
文字通り世界に独りきりだ。普通の人間ならばとっくに寿命を振り切っているのだから、僕を知る人間はそれこそ誰もいないという事だ。
それに万が一、本当に千年単位で時が流れていたとしたら人間という種が存在しているかどうかすらも怪しくなってくる。

そんな中で生きるのに、「完全なる幸福」だと?完全なる孤独の間違いだ。笑わせるな。

とにもかくにも、まずは情報を集めなければならない。僕は存在するかもわからない人里を求め砂浜を後にした。


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