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夜空を纏う銀月の舞
14-1
あれから3日程が経過し、私がハイデルベルグの兵達と鍛錬を始めてから4日目となっていた。

未だにジューダス達の帰還の報せは来ない。
時空転移で飛ばされたみんなが帰って来るとするならば、帰還の手段は同じく時空転移となると思う。
そんなわけで向こうでどれだけ時間が経っていようとも、恐らく飛ばされた時点の時間軸に近い位置……こちら側でいえば数時間から数日以内には帰って来るんじゃないかと予想はしていたのだけれど、どうにも予想が外れた感が否めない。
もしかしたら向こうで帰還までに要した時間の分、こちら側でもかかるのかも知れない。
1ヶ月かけたのならば、こちら側でも1ヶ月後に、といった具合に……時空間の辻褄合わせ、だ。

その場合、私もずっとここで兵達と鍛錬をし続けて待っているというわけにもいかなくなってくる。
なんせエルレインはこの城に保管されていた、文字通り山のような量のレンズを手に入れたのだから。
あの量のレンズがもし一つにまとまったとしたら、恐らくは神の眼よりひと周り小さいぐらいか、もしくは元々確保していただろうレンズも合わせれば同等以上のサイズの結晶になるかも知れない。
つまり実際の密度やらエネルギーの含有量は別としても、恐るべき量がエルレインの手の内にある事になる。
それはすなわち、もう猶予は殆どないに等しいと考えてもいい。
それだけあれば大抵の事は成せてしまうだろうから。

そんな事を考えつつ、早朝の鍛錬後の朝食であるパンを口に押し込み、もごもごと咀嚼していると、兵士用の食堂の中をヒマそうにぶらぶら彷徨っていたスタン(の霊)がこちらへと寄って来た。

『なぁユカリ、なんだか既に兵士のみんながやたらとグッタリしてるように見えるんだけど……』
              リオン
「バテてるみたい。……まぁ、鬼教官の鍛錬メニューを参考元にしてるから、キツイ事をしてる自覚はある」

その犠牲者第一号は私なんだけどね。
あの頃は死ぬかと思った……。何度女子にあるまじき醜態を晒しそうになった事か。

一人慌てて物陰に駆け込み、誰もいないと安心した瞬間虹の光を吐き出すマーライオンとなった過去の惨劇を思い出して死んだ目をしていると、待ち望んでいた感覚がやって来た。

『ご主人様ーーーー!!貴女の愛しのメイドがただいま戻りましたよォォォォ!!』

……五月蠅い。

『ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ごしゅ

『薪』

ごめんなさい燃やさないで下さい薪はイヤですテンション上がっちゃったんですぅぅぅ……』

一言脅してやると後半が物凄く小声になった。
念話なので耳ではなく頭が痛くなるから大声はやめて欲しい。

ともかく、簡単な報告をとフィオを急かし、向こうでの事情を聞きながら急ぎ朝食を胃に流し込む。

『おーいユカリ?なんか目から光が消えたと思ったら急に凄い眉間に皺寄せてるけどなんかあったの?』

「あぁ、ごめん。ちょっと私の式神が騒ぐから五月蝿くて」

『シキ……?』

それだけが原因じゃないんだけど、これは当人達の問題であるから伏せておいた。

「細かい事は気にしないで。とりあえず、カイル達、帰って来たみたい。今は王城の客室で休んでるみたいよ」

『おお!ホントか!?こうしちゃいられない、カイルー!今父さんが行くぞー!』

そう言うがはやいか、止める間もなくあっという間に食堂の壁をすり抜けて行ってしまった。

……行くのはいいけど、あなた私以外の人には見えないから急いでも仕方ないんじゃ……。

まぁいいか、と朝食を終えた私も席を立ち後を追う。

……と、大事な事を忘れるところだった。
丁度私と一緒に訓練していた兵士達も居る事だし、挨拶ぐらいはしておかなければ。

食堂の入口近くで立ち止まった私は、中の方へと向き直ると大きめの声で別れの挨拶をする事にした。

「お食事中にごめんなさい。突然ではありますが、本日早朝の訓練をもちまして、私の監督による訓練は終了とさせていただきます」

どより、と兵士のみんながざわめき、食事の手を止めてこちらへと視線を向ける。

「おい、本当かよ。俺結構あの人との訓練に手応え感じてたんだけどなぁ」

「オレもだ。あんな動きにくそうなローブを着ているってのにそれを感じさせない体捌きや剣筋、まだまだ勉強させて貰いたいってのに」

うんうん、ここの人達は真面目だし才能もある。
私なんかきっと、あっという間に追い越しちゃうんじゃないかな。

「でもこの3日の訓練メニューはまさに地獄だった……てか、見てるとオレらと同じメニューこなした後にさらに術の練習とかで一人で城下町周辺の魔物狩りにまで行ってんのになんであの子ピンピンしてるんですかね。オレ訓練中4回は吐いたんですけど」

「魔女だからだろ」

イヤ意味がわからないから。
正直な話、私だって別に楽にこなしてるってわけじゃない。
むしろ少し厳し目に組んでる。
何せ漸く18年前のカンが戻り始めたところだし、今生の体はまだまだ鍛錬不足で貧弱なまま。
今だって体中の筋肉が絶賛絶叫オーケストラを奏でている最中だ。
それに、実は今日は早朝の訓練を終えたら後は休養日にするつもりでいた。
3日間体をいじめたら、1日休みを与えて回復する時間を作る。
そしてまた3日間訓練しては1日休むを繰り返し、体を作っていく。
まだ私も彼らも、その段階を脱してはいないのだ。

……ていうか、内緒にしてたのになんで私が一人で街の外に行ってた事知ってるんだろう……ちょっと怖い。

「先程、私の仲間が帰還したとの報せが届きました。これからは彼らと合流し、旅へ出ることになると思います。短い間でしたが、お世話になりました。今日の訓練はこの後休養とさせていただく予定でしたので、みなさんは体をゆっくりと休めて下さいね」

いやっほぉぉぉう!!という歓声が食堂のあちこちから一斉に上がる。

そんなに喜ぶ程なの……?リオンのメニューはもっとキツかったよ……?

「良かった……!生き残れた……!」

「今日は寝るぞ!王様に起きろと命令されたって寝てやるぞ!!」

「これで……あの地獄から解放される……!神は私をお見捨てにはならなかった……!」

そこまでなの。あ、でもそんなあなた達に朗報です。

「ちなみにですが、勿論たった3日程度で実力が伸びたりするわけはないので、私が去った後も続けられるように訓練メニューはラピスさん達にお伝えしてありますから安心して下さいね。監督役は持ち回りで受け持ってくれるそうですので、これまでと変わらない水準で訓練出来ると思いますよ」

「ちくしょう、本当の地獄はこれからだったのかよ!」

「これが夢なら覚めてくれぇ!」

「馬鹿な……!神は私にさらなる試練をお与えになるというのか……!!おのれ魔女め……!!!」

「てかさっきの安心して下さいね、の優しい声やばい。オレ新しい扉が開いた気がする」

「おい待てその扉の先に続いてんのは地獄か魔界だぞ。今すぐ引き返せ」

「流石は魔女だな。……ちょっとさっきの声で罵ってもらってみてもいいスか」

「テメェもかよ!?」

「え、イヤ」

思わず素で返事してしまった。私、その手の嗜好にお付き合いできる趣味は持ち合わせていませんので。
ていうかヒト指さして地獄とか魔界とか失礼にも程がある。

「あ、そのゴミを見るような目での本気トーンもイイ……」

「お前らやめてくれこれ以上この国の兵士として恥を晒すんじゃねぇ!」

そこのツッコミ頑張ってる人。是非めげずに何とかしてしてあげて。

なんだか混沌とし始めた食堂から立ち去るべく、私は「それでは」とお辞儀とともに一言を残しその場を後にした。

……これは逃げたんじゃない。
あれ以上私が留まって何かを言ったところで悪化するだけだったろうし、一刻も早くみんなと合流したかっただけだし。
伝えるべきことは伝えられたのだから、やる事もなかったし。

……うん。逃げなんかじゃない。はず。
ないったら、ないんだってば。

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あきゅろす。
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