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夜空を纏う銀月の舞
心に抱いたもの8
広間へと侵入してくる敵が漸く居なくなり、ひと段落を迎える。

多少の疲労を覚えながらも剣をしまい周りの無事を確認する。
治療に徹していたリアラは勿論、途中からカイルとロニが討ち漏らした敵を排除しつつリアラの護衛に回っていたフィオも問題無し。
カイル達も多少の傷を負ってはいたものの、それもリアラに癒され大事はない。
そしてユカリ。
彼女はあの強敵との戦いからの連戦で息こそ上がってはいるものの、大きな怪我もない様だ。
いくつか切り傷や打撲痕はあったが、あの剣士との戦いでついたものが殆どだろう。それもフィオによって今しがた綺麗に治療された為に問題はない。

そうして状況を確認していると、ふとユカリと目が合った。

――違和感。

これまで通りの彼女であるはずなのに、どこか別人のような気配。
それも、よく見知った人物のそれであるかのような、既視感のある気配。
数瞬それに呆気に取られていると、彼女は目が合った事に気付いていなかったのか、するりと視線を逸らして手にしていた刀をないはずの鞘に納める仕草をする。……と、その手にあった刀が光の粒子に砕けて消えた。

あれは……!
       ・・・・・
見覚えがある。ありすぎる。

今から18年前、戦闘が終わるたびに必ず目にしていた光景。
そう、クノンが己の刀を自らの身の内にしまいこむ巫術。
彼女は自分の腰にある印を媒介として刀と融合していると言っていた。そしてその印のない者には同じことは不可能であるとも。

対して普段ユカリは戦闘が終わった後、抜き身の刀から杖や箒に必ず形を変化させてから常にその手に持ち歩いていた。
それが、今に限ってはほぼ無意識であるような自然な動作で刀のまま消した。

一体どういうことであろうか。

本来の持ち主であるクノンであるならばともかく、刀を受け継いだだけのユカリが出来るはずの無い事を当たり前のように行う。
……いや、ユカリの前世とクノンは同じ世界の人間らしい。もしかしたらそちらでは同じ術が普及しているのかもしれないし、契約の書き換えを行う技術もあるのかもしれない。
機会があれば聞き出してみるのも手だろうか。

なんとなくそんな動揺を知られたくなくて、僕はユカリから預かっていた仮面を彼女に強引に渡し、先を急ぐよう皆を促した。

そしてやってきた謁見の間。
そこで目にした光景は、あちらこちらに飛び散る血や破壊された柱や装飾。無残に横たわる護衛であろう無数の兵士達の死体。
そして、大きな傷を負い膝をつくウッドロウと、その前に立つ戦斧を携えた大男の姿。

「ウッドロウ!!」

思わずその名を叫ぶ。
反射的に彼を守ろうと剣を抜き走り出そうと体が動き始めたその隣で、これまで聞いたことのないような怒りに満ちた叫びが轟いた。

「させるかぁあああ!!!」

視界の端で青白い光が一瞬瞬いたかと思えば、ドン!という爆発音のような音とともにユカリが一足飛びに大男……名をバルバトスといったか、へと飛び掛かっていた。
その怒りに満ちた叫びと、発せられる身を切り裂くような凄まじい殺気に気付いたバルバトスは寸での所でその刃を躱す。
そして振り返りざま、再び恐ろしい程の速度で斬りかかったユカリの刀をバルバトスが戦斧で受け止めた。
大きく鳴り響く甲高い金属音からギチギチと軋みをあげる二人の武器。
距離があるためどんな会話があったのかはわからないが、一言二言程度であろうか、そんな少々の間を置いてバルバトスの体が一瞬ビクリ、と痙攣したかと思えば、刀を弾いて奴が距離を取った。

そしてそんな時間にすれば十数秒、カイル達はおろか僕すらも動けずにいた。
見ればフィオ以外のカイル、ロニ、リアラの三人は皆一様に武器を構えたまま青い顔をしている。
あれ程の殺気だ。慣れていなければ気圧されるのも無理はない。
僕はといえば気圧されたわけではないのだが、ユカリがあれほどに怒りと殺意をあらわにした事に多少面食らった程度である。
ともあれ、このまま棒立ちにさせておくわけにはいかない。
皆に声をかけ改めて全員での戦闘を、と思った所に、

「カイルと言ったか、小僧」

と、奴からの声がかかった。
油断なくユカリからの攻撃を警戒しつつ、カイルへと視線が向けられる。

「貴様とは、妙な縁があるようだな。だが、既に俺の目的は達した。後はあの女が勝手にすること……」

その言葉とともに、奴の周囲がぐにゃりと歪み、黒い楕円形の穴がその隣に出現。
逃亡を察知したユカリが慌てて刀を振るうも届かず、バルバトスはまんまと穴へと入り込みその姿を消してしまった。

本当に今日という日は驚きの連続だ。

あの路地でユカリの涙に始まり、城への強襲、フィオの変化、ユカリの変化、さらにトドメは。

「なるほど、実に彼らしい。どんな英雄であれ、容赦はしないという事か。……あの時素直にレンズを渡していれば、こんな目に遭わずに済んだものを」

そう、バルバトスと入れ替わりで姿を現したエルレインだ。

まさかこいつがこの事件の黒幕だったとはな。
わざわざ死人である僕を蘇らせるなど、常軌を逸した行動を取ることから目的のために手段を問わない手合いであるとは思っていたものの、ここまでするとはな。

(……それで、確認は取れたのか?)

『はい、容姿・声紋・装備している武器・立ち居振る舞い……戦闘力こそかなりの向上が見て取れますが、間違いなく本人です』

(やはり、僕以外にも死人を蘇らせていたか……)

小声で背に隠し持った相棒に確認をする。
ストレイライズ大神殿にて初めてバルバトスと遭遇した際、その姿を見たシャルがこれまでにない程の動揺を見せた。
まさか、そんなはずが、そう繰り返すシャルを問い詰めれば、あの男は千年前、当時の地上軍中将であったディムロスによって粛清され、確かに死んだ男であったらしい。
その実力は当時の地上軍にあって疑う余地もなくトップクラスではあったものの、その思想や性格に多少どころではない難があったが為か問題行動が非常に多い男であったらしい。

『最期は横恋慕をこじらせて誘拐まがいの事をした挙句、天上軍への寝返りを画策……力があるのに、どうしてあそこまで歪んでしまったのか、今も僕にはわからないままです』

やるせない、という感情が語る口調から隠しようもなく滲んでいた。
当時のマスター本人の感情を思い出したのだろう。

聞いた限りではバルバトスの人間としての器は知れたものであるが、死が蔓延する長期大戦当時の軍にあってすらトップクラスの実力、かつ、蘇った現在ではさらに力を増しているという点で敵としては非常に厄介極まりないことに変わりはない。
僕が生きていた時代もそれなりに戦いはあったものの、概ね安定した平和な時代だった。
第二次天地戦争も僕の死後に起きてはいるものの、千年前のように長く戦乱の時代が続いたわけではない。
……つまり、軍の、ひいてはただの一兵卒においてさえ、その質には大きな隔たりがあるだろう事は想像に難くない。
そんな中でトップクラスと評された男がカイルに狙いを定めた。
今のままでははっきり言って危険だ。可能な限り鍛えなければならないだろう。
カイル達も……そして、僕も。
何せ敵はバルバトス一人ではないのだ。
たった今ロニの戦斧を軽々と弾き、大柄な彼を吹き飛ばした剛の剣を振るう側近らしき男。死角からであったはずの僕の攻撃を危なげなく防いで見せた聖女と呼ばれるエルレイン。他にもどんな手駒が居るのかもわからない。
攻撃を防がれたことで思わず歯噛みをしていると、エルレインの動きに不穏なものを察知したリアラが怯え悲鳴を上げる。それと同時にユカリからも切羽詰まったような叫び。
見ればエルレインの放った光球がリアラに到達した瞬間、その華奢な体を飲み込むかのように光が膨れ上がり、リアラの輪郭が歪み失われていく光景が目に飛び込んできた。

「リアラーーーーーー!」

カイルが叫ぶ。

必死に伸ばされたリアラの手がカイルの手と重なり、しかしその光からは逃れる事が出来ずにカイルもリアラ同様に呑み込まれていく。
ロニが慌てて二人が呑み込まれた光へと身を投じた姿を見た僕も同様にそこに飛び込んだ。
そうして意識は暗転し――
2021.5/3 next...

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