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夜空を纏う銀月の舞
心に抱いたもの7
「お帰りなさいませ、我が主」

ハイデルベルグ城内、飛行竜と思われるものからの唐突な奇襲に浮足立ちながらも、どうにか体勢を立て直し応戦している兵士達を助けながら走り続けている中、僕の隣を並走するフィオが小さくそう呟いた。
一体何を?そう問うには些か敵の数が多過ぎてその暇がない。
後ろをついてくるカイル達も押し寄せてくる敵の対応に必死で、今の呟きを僕以外の誰も聞いてはいないのだろう。

そんな中でちらと隣を盗み見れば、目は鋭く通路奥に見えた新たな敵を見据えたまま、口元を薄っすらと笑みの形に歪めているのが見えた。
これまでとは纏う雰囲気が違い過ぎるその表情に、思わず息を呑む。
そしてそんな僕の様子に気付いているのかいないのか、

「すみません、ちょっと先のあいつら、蹴散らしときますね。……まったく、早く主様のところへ行きたいというのに……」

そう言葉を残し、一瞬脚に力を溜めたかと思うと、その場から姿が掻き消える。

「ガァアァアッ!?」 「ギャオッ」

次の瞬間には、数十メートルは先に居た筈の数体の魔物達の体がキンッという甲高い音とともにまとめて上下に分断されながら吹っ飛んでいく光景が見えた。
彼女はその勢いのままさらに先へと走り去っていく。

速い。

これまで見せていた彼女の実力では到底考えられない程の速度。……いや、もしかするとユカリの空間移動の魔法と同じものかも知れない。
どちらにせよ僕としたことが一瞬彼女を見失ったばかりか、何をしたのかすら視認出来なかったのだ。
辛うじてわかることといえば、魔物達を分断した時についたであろう大きく切り裂いたような壁の傷。
ちょうど魔物が切り裂かれたであろう高さで、しかも普通に剣を振るっただけではつかないような深さ。さらによく見ればその切り口は黒ずんでおり炭化しているように見える。
恐らくは魔法。しかもかなりの高熱で硬い石壁すら容易く切り裂くこの威力。無論、既存の晶術ではないのは明らかだ。

もしこれが僕に向けられていたならば……いや、やめておこう。
見えなかった。これが答えなのだから。
とするとやはり、以前手合わせしたときの彼女は相当に手を抜いていたのだろうか?

そしてさらに気になる事といえば、彼女が呟く前後から急激に気配が薄くなっていった事だ。
すぐ隣に居るというのに、まるでそこかしこに散らばる瓦礫と同じような無機物であるかのような……生物として認識出来なくなっていくかのような不可思議な感覚。
魔物とも……アレらは基本的に元は生物だ。が、その気配ともまた違う。
そう、近い例を挙げるならば、目の前で死に逝く者を眺めているような……命あるものがそれを失い、ただの肉塊となり物体へと成り下がっていく過程を見届けるような感覚。

一体、何が起きている?
この奇襲も、フィオの変化も。わからない事が多過ぎる。

そして問題はユカリだ。
あの馬鹿者、フィオが言うにはまた一人で先行し単独で王城の救援に向かったらしい。
お前には学習能力がないのか、三歩歩けば忘れる程度の記憶力しかないのかと罵倒してやりたくなる。
それに僕らが別れる直前のあの尋常でない様子も気がかりだ。
……いや、もうわかってはいるつもりだ。彼女が僕をどう思っているかというのは。
だが、とにかく今は。

「カイル!ロニ!リアラ!急いでフィオを追うぞ!」

「わかった!」

元気よく返事をするカイルに頷き、フィオを追うべく急ぎ走る。
とりあえず合流次第、ユカリとついでにフィオにも拳骨を見舞ってやろうと決めて。

――だが、そうは出来なかった。

最短・最速でフィオが露払いしていった中で生き残った敵を僕らが排除しながら進んだ先の大広間では、ユカリが黄金の獅子兜を被った剣士と戦っていた。
フィオは一瞬それを見て、僕らを振り返り、僕に何か言いたげに目配せをすると周囲に倒れている兵士達に治癒術をかけ始めた。

「リアラ、フィオと一緒に兵士達の治療を頼む。重傷者を最優先だ。カイルとロニは広間に侵入してくる敵の排除。僕もそちらに加わる」

「任せて」

「あの強そうな奴はどうするの!?」

「あいつはユカリに任せる。今のところ五分以上に渡り合っている……分が悪いと見たら僕も加勢するから安心しろ」

「あいよ……と、さっそく敵さんのお出ましだ。おらカイル、行くぞ!」

「ちょ、ロニ!……あぁもう待ってよ!」

侵入してきた魔物に向かい突進するロニを追い、慌ててカイルがそれに続く。
リアラは僕の指示の後、直ぐに負傷者へと駆け寄って治療を始めている。
ちらとフィオの方に目を向けると、こくりと一つ頷いてまた治療を再開し始めた。
どうやら無事、彼女の意を汲んでやれたらしい。
そして僕もまた、カイル達の向かった場所の別方向から侵入してきた敵を排除すべく向かい、相手をしつついつでもユカリに加勢出来るように戦いを観察する。

あの剣士は強い。この王城で相手をしてきた敵の中では群を抜いていると言っていい。
比較するならば、万全であれば恐らくはかつての七将軍に近い強さはあるのだろう。
そう、万全であるならば。
どうやら冷静さを欠いている状態らしく、一つ、また一つとユカリと剣を交える度に悪手を重ね段々と追い詰められていっているのがわかる。
が、それでも彼の振るう剣はどれもが鋭く、速い。……しかし今はただそれだけに過ぎず、読み合いで完全にユカリに負けている。
それに速いといってもかつてのクノン程ではない。速度に特化したクノンにそれで勝てる剣士自体がそうそういないのもあるが。

一分、二分……目に見えて剣を鈍らせていく獅子兜の男とは対照的に、ユカリの剣は加速度的に鋭くなっていく。
闘技場でフィオと戦った時に見た、ユカリの剣の型とクノンの剣の型を混ぜ合わせたようなぎこちなかった彼女のあの動きが、今ユカリによって実戦を通して昇華されていくのがわかる。
これまでの旅で培ってきたユカリの努力が、ここへきてついに実を結び始めている。
そうともとれるのだが、しかし少々引っかかる。
元々ユカリはクノンの剣の型は使っていなかったはずなのだ。
であるにも関わらず、何故か当たり前のように使いこなしつつある。まるで、元々使えていたものを思い出すかのような速度でそのキレが増している。
直接手を合わせた時にもその動きにそれらしいクセは見当たらなかった。
だというのに、今のユカリの動きにはクノンの型のクセがはっきりと見て取れる。そして、互いの型のクセがほぼその動きを阻害していない。

普通に考えてあり得ない。
剣術というものはその剣士の歴史だ。
何年もかけて型を反復し肉体に刻み、そして刻んだ数だけその精度が増す。
なのにユカリの使うクノンの型の精度が今や元々の型と同等以上になっている。それもこの数分でだ。

――そしてそんな異常事態を見守る中、ユカリと獅子兜の男との決着がついた。
最後はクノンが使っていた返し技の変形のような技だった。

決着から数瞬、何かを考えるかのように呆けていた彼女だったが、すぐに周りの様子に気が付いたらしく声をあげる。
それに対し短く指示を飛ばし、僕も敵の殲滅へと改めて意識を向けたのだった。


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