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夜空を纏う銀月の舞
心に抱いたもの5

「さて、少し話はかわるのだが、いいだろうか」

緩く微笑んでいたウッドロウさんはふと、表情を引き締めてそう切り出した。
それを受けて了承の返事を返すと、ではとこう続ける。

「今回のエルレインの襲撃。あれはどうやら君達にも見せた大量のレンズの強奪が目的だったようだ。保管庫に置いていたレンズが、ひとつ残らず消失してしまっているとの報告が入っている」

「やはり……ですか。あの時彼女は『目的は達した』と言っていましたし、直前の謁見での事やこれまでの傾向からそうではないかと思っていました」

「クノン君は彼女の目的が何かわかるか?ああまでしてレンズを求める目的が」

「そう……ですね。一番に考えられるのはやはり、大量のレンズを集めるからにはそのエネルギーの利用ということが考えられますが……」

「だろうね。かつて天上王が外殻大地の形成や維持、ベルクラントの運用など、神の眼の膨大なエネルギーを利用して大規模なことを行ったように何か大きな目的があるように見える」

「ですがある意味では分かりやすかった天上王とは違って、彼女が何を成そうとしているのか……今一つ見えてきません」

天上王……ミクトランはその強い選民思想のもと、千年前と同じように人類を天と地に分け地上を支配する為に動いていた。
また眠らせていたかつての同胞、即ち天上人を復活させることも計画していたという。
これらは現世にて知識の塔に保管されていた記録からフィリアにも話を聞いてユカリとして知った事で、当時の私にはなにもわかってはいなかった。
……本当、あいつの裏を知っていたのにその目的まで頭が回らなかった前世の自分をひっぱたいてやりたい。
真相には辿り着けずとも、考えてさえいればもう少しうまく立ち回れたというのに。

それはさておき、問題はエルレインの目的だ。
大量のレンズの収集。これは間違いなくその膨大になるであろうエネルギーの利用にある。
ただこれまで何年もかけて集めてきた膨大なエネルギーを”何に”使うつもりであるのかが問題。

……少し別の方面から考えてみよう。
エルレインはもともと聖女だ。それも神を自称する存在によって生み出された、(それが真実ならば)肩書だけじゃない正真正銘の聖女、御使いだ。
普通の人間では持ちえない、霊力ともいうべき特別な力を持ち、それを増幅する宝具まで身に着け自在に操っては奇跡を起こしている。
そして片割れともいうべきリアラよりも格上の存在。
エルレインが常日頃から口癖のように言っているのは、「幸福へと導く」や「救い」という言葉。
リアラよりも”成熟した”聖女であるなら、恐らくはよりその思想・目的は本体……創造主たる神とやらに近いんじゃないだろうか。
であれば、やはりその神とやらも目的は人々を幸福へと導き救いをもたらす事と考えるのが自然。
そして本体たる神であるなら、エルレイン達に分け与えただろう霊力も比較にならない程膨大であるハズで、であればわざわざ外部からレンズによってエネルギーを利用する手間はいらないんじゃないだろうか。
だって自前でやってしまったほうが確実で早いだろうし。

「――というか予測通りなら元来ただの観測者であるはずの聖女が英雄を求めたり幸福へ導くはずの人間を害したり理由が意味不明だし行動がイレギュラーすぎない?もしかして馬鹿なの?というか実は何も考えてなかったりするの?」

「……懸命に考えてくれている所すまないが、少し落ち着きなさい。少々投げやりになっている上に思考が口に出てしまっているよ」

「はうっ」

あぁあぁああぁぁ……またやった。
恥ずかしい。顔が熱い。火が出て爆発しそう。

呆れ気味な視線を私に向けて苦笑いするウッドロウさん。
ごめんなさい。でも恥ずかしいからあまりみないで下さい。そのシーツ下さい。被るので。

「クノン君が言う通り聖女が元来観測者であるとするならば、今回の襲撃は行動としては道を外れてしまっている。聖女の役割が複数あるにしても、今回のこれはおかしいと考えるべきだろう」

「そう……ですね」

「ならば、そのおかしいと思われる行動をとる理由がどこかにあるはずだ。そうは思わないか?」

「なるほど……」

役割を逸脱した行動を取る理由……ね。
つまり、向こうにも何かしら想定外の事態が起こっているという事だろうか。
……もしかして、エルレインやリアラに行動を丸投げにしっぱなしで、一向に本体が姿を見せないことと関係している?
考えれば、神、というものは宗教とイコールといってしまってもいい程に縁深いもの同士。そしてこの世界にはアタモニ教があって、祭事を行う大神殿だってある。のに、そこに姿を現したのは御使いの聖女だけ。
人心を掌握するにも信仰を集めるにも、本体が顕現したほうが手っ取り早いだろうに。
どうにも回りくどいというか中途半端というか……ちょっと不自然であるように思われる。

「……ウッドロウさん、私が死んでから18年の間に、”神が降臨した”、或いはそういった”神霊の存在に近い者が現れた”とかいう話、あります?」

「いや、そういった話は聞かない。あるというならばエルレインという聖女が現れた、という話だけだが」

私が新たに生まれてから知識の塔に来るまでの間にそういった情報があるかとも思ったけれど、そうでもないらしい。
塔に入ってからの情報は世界中の知識が集約されてくるあの場所に住んでいることもあって大体の情勢や知識は把握しているし、過去の文献についても第一次天地戦争時代から現代に至るまでの記録にそんな話は見た覚えがない。
まぁたかだか数年で全てを網羅できるほどあそこの蔵書を読破出来たわけじゃないけれど、それでもかなりの情報に目は通してきた。
そして一国の王であるウッドロウさんの耳にも入ってないとするならば、恐らくは本当にそういった存在は確認されてはいないのだろうと思う。
もし発見されていたならば歴史的大事件であるし、仮に民間には伏せられていたとしてもウッドロウさんが知らない筈がない。

……で、あるのに神に生み出されたという聖女だけは存在している……。
・・・・・・・・・・・・・・・・
生み出す存在が居ないにも関わらず。

過去にその存在がない……とするなら現在……いや、”未来”か。

そういえばエルレインは時空移動の術を使っていた。他者を飛ばせるなら当人が飛べるのは当たり前だろう。
それにリアラが言っていた、「時空に歪み」という言葉からしてその辺りの術に長けていてもおかしくはない。
とすると、エルレインは恐らく、ほぼ確実に”未来に現れた神により生み出され、時代を超えて過去たる現代に渡って来た存在”という事になる。

そしてその過去である現代には神が存在しない。
存在理由であろう人々への救済、救いを二の次にしてまで膨大な量のレンズエネルギーを欲する。
英雄を探し攻撃させる・亡き者とすることで発生する”歪み”。
……いや、それよりは英雄という人々の精神的な支えとなるある種の偶像を奪うことによって、人心の不安を増大させて救いを求めるように仕向けている……?

「……見えてきた、かも」

「ほう?」

「まだ推測の域を出ません。ですが恐らくはそうではないかと思います」

「言ってみるといい」

「大量のレンズエネルギー、恐らくこれを媒介にして大規模な召喚儀式を行おうとしていると思われます」

「それを行うには彼女自身の、聖女の力だけでは成し得ないと?」

「聖女は元々、神によって生み出された分身体・分霊(ワケミタマ)……御使いです。エルレイン本人も否定はしませんでした。ですが、現代に神の存在は確認されてはいません」

「アタモニ教の女神アタモニとは違うのかね?」

「それはわかりません……聖女を生み出した存在が女神アタモニ様とまでは聞いてませんので。ただ、いずれにせよ実在は確認されてませんし、アタモニ様が間接的にでも人の世に介入したという逸話も覚えがありません」

「つまり……クノン君はこう考えているのだね?エルレインはどこか未確認の別の神から生まれ、そして現代に”相応の存在を召喚しようとしている”と」

「はい。それが女神アタモニ様であるのか自身の本体たる神を名乗る存在なのかまではわかりませんが、少なくとも聖女たる自身の格を超えるものを召喚するつもりではないか、と」

「成る程……己より格上の存在を喚ぶには自身の力だけでは足りず、それを補うために大量のレンズエネルギーを求めていると……考えられなくはないね」

「そしてそれが成された場合、人間にとってそれが救いとなるかは全くの未知数です。神といってもその性格は様々で、善なる神であれば良いですが、悪神であった場合には行きつく先は破滅です。
エルレインの行動を見る限り、正直言って彼女の言う”救い”が平和的なものになる可能性はあまり期待出来そうにありません」

私の推測を聞いたウッドロウさんは目を伏せ、少しの間考え込んだように黙り込んでしまった。
恐らくはその内容を吟味し、そしてそれが真実であった場合にどうするべきかを考えているのだろう。
彼自身、今はソーディアンを失い、肉体的にも衰えがある。
自らが前に立ち行動することは出来ないだろうけれど、今は縛りであると同時に力でもある王という立場がある。
それを使い何が出来るか、どう備えるか。それを考えているのだろうと思う。

そうして待つこと数分。
やがてウッドロウさんはこう切り出した。
2020/10/27

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あきゅろす。
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