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夜空を纏う銀月の舞
心に抱いたもの4
――コンコン、

軽く響くノック音を受けて、中から入室を促す声がかかる。

緊張を自覚しつつも足を踏み入れたそこに広がった景色は、想像とは違いながらも予想を裏切らない、その主をよく表した部屋であった。
敷き詰められた絨毯は過剰に豪華、とは言わないまでもひと目で価値の高い物だとわかる物であり、夜風になびくカーテン、置かれた机や本棚に、小テーブルや椅子などの家具もまたシンプルなデザインながら質は非常に高いだろう事が見て取れる。

……そう、ここはハイデルベルグ城の謁見の間ではなく、城の主であるウッドロウ王の私室であった。

そしてその私室の奥、扉の向こうは彼の寝室となっており、私はそこへとここまで案内をしてくれた衛兵さんに通される。

「やぁ、このような場所ですまない。思ったよりも傷が深かったのか、どうにも長時間起きていられなくてね。まったく、年は取りたくないものだ」

困ったものだよ、と苦笑いしつつもベッドの上で半身を起こしながら迎えてくれたウッドロウさん。
そして私は、事前に整えていた心構えとはまた別の方向からドスッと突き刺さってきた緊張に、もうガッチガチだった。

いや、だって、王様ですよ。王様の私室ですよ。王様の寝室なんですよ。なんでそんなところにこんな一般庶民(?)の私が居るの。
……まぁわかってはいるんだけど。
なんせ、衛兵さんに聞いたところあの襲撃からまだ1日しか経っていないらしいのだ。要するに翌日。
治癒術のおかげもあるとはいえ、あれだけの深手を負って起きてこうして話していられるというだけで驚異のタフさと言ってもいい。年齢を考えれば尚の事。

「立っていては疲れるだろう、君も病み上がりだ。簡素なもので済まないが、そちらに掛けてくれたまえ」

そう言ってベッド脇に置かれた椅子を勧めてくれる。

「……では、僭越ながら、お言葉に甘えまして」

ゆっくりとそこに腰を下ろす。
簡素な丸椅子ながら、座面に置かれたクッションが非常にいい仕事をしている。
塔の受け付けにある椅子固くてお尻痛くなるんだよなぁ、これ程とはいかなくてももうちょっといいのが欲しい、などと軽く現実逃避してみたり。

「さて、すまないが、これから少し込み入った話になる。席を外して貰えないかな」

そう命じられれば、す、と一つ礼をしてそのままお付きの侍女さんと衛兵さんは私とウッドロウさんを残して寝室から退室して行った。

……あの、ちょっと。

「……宜しいのですか?」

「構わない。何しろ君は私の命の恩人だからね。それに今更の話だ。……娘のようなものだと、そう言っただろう?」

穏やかな笑み。心から信頼している、とわかるその声音に、少し戸惑う。

「あり、がとう、ございます」

「緊張しなくてもいい。……君にはまた、助けられてしまったな。あの使い古しの外套が対価では、全く足りない程に」

「いえ、滅相もないです。あの時は防寒具もなくて凄くたす……か……あ〜……」

やられた。

王様にあるまじきニヤリとした悪戯な笑み。
いや、ある意味で相応しいのだろうか。あっさりと乗せられてしまった。

「ずるいですよ、ウッドロウさん」

悔しいので睨んでみる。が、全く効果がない。むしろ視線の生温かさが増した気さえする。

「ふふっ……いや不意打ちですまない。だが白状させるなら緊張している今が好機だと思ってね。……悪かったとは思うよ。だからそんなに頬を膨らませないで貰えるかな」

「そうは言ってもですね、こう、もう、ほんと、……うぬぬぬ」

悔しがる私を見てくすくすと楽しそうに笑うウッドロウさん。
そうしてひとしきり笑った後、ふ、とそれまでの表情を消して真顔になったかと思えば。

「先日も言った事だが、改めて謝罪させて欲しい。……あの時君を置いて行ってしまって、本当に済まなかった」

そう言って、深く頭を下げられる。

「!そんな……ウッドロウさんは勿論、みんなに責任なんてないんです。謝らないで下さい。あの時、あの場所で、彼と運命を共にする。そう決めたのは私自身ですから。……それに、」

「それに?」

言葉に詰まる。

「続けて貰えないかな?」

「っ……あの時にはもう、私はこの世の者ではなかったんですから。姫の禁術で、一時的に自分の体に留まっていたに過ぎないんです。あの日の数日前、ミクトランの罠に掛かって殺されてましたから」

驚愕に見開かれる瞳。

「……そうか……だから君は、私達とリオン君の戦いに入らなかったのか」

「!気付いて……!!」

今度は私が驚く番だった。
生者としての気配はなく、また気取られないよう身を潜めていたというのに。

「弓術を学んだ者として、目には少々自信があるのだ。さすがに潜んでいたのが何者か、まではわからなかったが、伏兵の類ではないかとは疑っていた。一向に姿を見せないので警戒はしていたのだが……それが君だったというのは驚いたよ」

「そうだったんですね……。あの時の私は武器もなくて、力も体に留まる方に使っていたので……見ている事しか出来ませんでした」

そして決着を見届けた私は、そのまま彼とともに海底に沈む事になった。
せめて最期の時を、彼と一緒に。

そして願わくばーー

そんな想いを、唇にこめて。

「そして結果はご存知の通りです。海底に沈んだ私は今度こそ終わりを迎えて、…………こうして、無様にもこの世に戻って来てしまいました。新たな命として」

少々の沈黙。

やがて再び口を開いたのは、ウッドロウさんだった。

「おかえり、クノン君」

「……っ!」

「君は君として、その使命を全うした。世間がどうであろうと、私は、私達共に旅した者達はみな、君に責任があるとは思ってはいない。……だから君は自分を許してやってはくれないか。そして、今の君を愛してやってはくれないか。"無様にも"、"戻って来てしまった"……そんな言葉が出てしまう位には、責任を感じているのだろう?」

「それ……は……」

スタンにも言われた事だ。
私は、私を許せないでいた。
スタンに諭され、新しい生を、未来を信じてみようという気にはなったものの、それでも、やっぱりまだ許しきれない。
ラピスの涙を見てしまった事もあって、またそちらへと気持ちが傾いてしまったのもある。……簡単には、割り切れないのかも知れない。

「無論、簡単にそう気持ちを変える事は難しいだろうとは思う。だがそれでも、許してやって欲しいと願う。君はこうも言った。"新たな命である"と。ならば今の君は以前とはまた別人であるとも言える。謁見の時にそう主張したように。であるなら、"今の君"までもがその業を背負う必要は、必ずしもないのではないか……そうは思えないだろうか」

「……」

言葉が、出ない。
どうしてスタンといいウッドロウさんといい、こうも優しいのだろうか。
そして話せばきっと、フィリアもルーティも、同じように優しくしてくれるのだろうと思う。

でも、だからこそ、それに甘えてしまってもいいのだろうかと思う。
確かに今は別人と言えるし、記憶が戻るまでは事実そう自覚し、振る舞ってきた。
けれど、魂は同じ。
記憶も戻って。
果たして、これで本当に違うと言い切ってしまえるのだろうか。
言い切ってしまっていいのだろうか。

「納得しかねる、という表情だね」

「……えぇ……」

ウッドロウさんの計らいで人払いした事もあって、今は帽子も仮面も外してしまって私の膝の上だ。
どうも昔から、自分で思うよりもわかりやすく顔に出てしまうらしい。

「こればかりはクノン君の気持ちの問題だからね。だから、自分の納得出来る着地点が見つかるまでは考え続けるといい。ただ、私達の気持ちは先程言った通りだという事を忘れないでくれれば幸いに思う」

「……はい……」

考えよう。私が納得出来るまで。
こうして話してくれたウッドロウさんやスタン、そしてフィリアやルーティ達の気持ちに報いるためにも。

そう決めた私の表情に、ふっ、と表情を緩めたウッドロウさんは小さく、ありがとうと言ってくれた。

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