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夜空を纏う銀月の舞
心に抱いたもの3

それから数十分程して、もぞもぞとシーツから這い出た私は空腹を感じて寝台から降りる。

周りを見てみれば、私が寝かされていたのはハイデルベルグ城内の客間の一つだったらしい。
あの日の襲撃を免れた部屋の内の一つのようで、戦いの痕跡は無く清潔な部屋だ。

「こんな立派な……ありがたいけど」

先程はスタンのせいで自分の状態を確認する暇がなかったものの、幸いこれといって異常は無い。
……少なくとも外傷等表面的なものに限れば、だけど。
そういえばあれからどれくらい寝ていたのだろうか。

――と、スタンの姿がみえない。
あの様子だとまだ成仏したわけでもなさそうだし、どこかに探検にでも行っているだろうか。
他者には視えない、気付かれない幽霊であることをいいことに、変な事してなければいいけれど。
……まぁ、ないか。あの頃ならいざ知らず、ちゃんとした大人なんだから。
というか、そういうことをするのはカイルの方かも。
……うーん、似た者過ぎる親子なせいかちょっと紛らわしい。

と、その時だ。
コンコン、と軽い音が部屋の扉から響いてきた。
城内の客間なだけあって、心地の良い音だ。さぞかし良い木を使っているのだろう。

襲撃時の悲惨な姿になった他室の扉を思い出し、修繕費はいくらなのだろうかとちょっと気になったものの、考えるのはやめておいた。
絶対恐ろしい額になるに違いない。

扉の向こうの人物に向かいどうぞと入室を促す。
すると、失礼しますと入ってきたのはラピスだった。

「やはり、お目覚めになられていたのですね」

安心したように笑む。
――あぁ、本当にあの子なんだなと実感が込み上げる。
幼い頃の、愛らしい笑顔の面影がある。

「えぇ、おかげさまで。そちらこそ、体は大丈夫ですか?一応私の応急処置の後でリアラに回復術をかけて貰いましたが」

「はい、それはもうすっかりと治ってしまって、早速業務に駆り出されている程ですよ。ありがとうございます……クノン、お姉ちゃん」

!?

見れば彼女の目尻には涙が浮かび、今にも泣き出しそうな所を必死に堪えるような、そんな表情だった。
そんな表情を見てしまったら、違うだなんて否定の言葉を吐けなくなってしまう。
喉元まで出かかったそれは、ひゅっ、と空気の掠れる音を残して引っ込んでしまった。

それに気付いたのか、彼女はゆっくりと、目を伏せて首を横に振る。

「……いいんです。わかっています。あなたは、あの人ではないと。……でも、重なってしまうんです。幼き日にただ一度だけ会ったあの人と。父から、沢山の人から話を聞かされ強く憧れたあの人と。あの獅子兜の戦士……サブノックといいましたか。あの男と戦う姿が、いつか幻視した理想のあの人のようで」

言葉に詰まってしまう。
静かに、熱をもって語られる言葉が、あまりにも強くて。
どう返したらいいのか、欠片も思い浮かばない。

「目の前で"殺され続けた"あの人が、今再び、生きて、会え……の、よう、……っで……!!」

堪えられなかったのだろう。
抑えきれなかった嗚咽が、とうとう最後の防波堤を乗り越えてしまった。
そんな様子で顔を両手で覆い崩れ落ちてしまったラピスは、ただただ、その感情のままに涙を流している。

対して私は、彼女の言葉を聞いて愕然としてしまっていた。
聞く限り、18年前私が殺されたあの日、その光景を彼女は目撃してしまっていたらしい。
当時まだたった五歳の子供が、自分が兄のように慕っていた男が人を刺し殺している光景を。
笑いながら殺して、死体を嬲って、弄んでいる、地獄のような残虐な光景を。

――起きていた、なんて。
気を失っていたはずなのに。

それ以外の言葉が浮かんでこない。

きっと、彼女には消えない心の傷になっているはず。あんな場面を目撃して、発狂せずにこうして生きているだけで奇跡としか言いようがない。
なのに、どうして。

「………………」

聞ける筈なんてない。
私は、違うと否定してしまっているのだから。
……だからなのだろうか。
気が付けば自然と踞る彼女に近付いていた私は、その美しい金糸の髪を慈しむよう優しく触れ撫でながら、そっと抱き締めてしまっていた。

苦しかっただろう、悲しかっただろう、辛かっただろう……そう思えば思う程に、意識しなくても撫でる手が優しくなっていく。
その気持ちを想像するだけで、胸の奥が締め付けられて息が詰まりそうになる。
抗う事もなく私の抱擁を受け入れる彼女の苦しみがどれだけのものであったのか、正確に知る事は出来ない。
けれど、出来るのならば少しでもその心を癒してあげたかった。
そしてごめんねと、伝えたかった。
自身の死が誰かの傷になる事もあるのだと、改めて痛感させられる。
フィリアやルーティと会った時を思い出しては、あの時感じていた同情の気持ちだけともいい切れない感情の正体を知る。

彼女が一つ涙を落とす度に心の中でごめんねと告げながら、私は彼女が落ち着く時を静かに待ち続けた。


――数分後、落ち着きを取り戻した彼女は少し恥ずかしそうに私から身を離した。

「お見苦しい所を、お見せしました……。もう大丈夫です」

そう言って私を見上げる顔は、泣いて多少はすっきりしたのだろう、ほんの少し落ち着いて見える。
けれど、泣きはらした目は赤いし腫れぼったい。

「いえ、私こそ差し出がましい真似をしてすみません」

そんなことはないですよ、と笑む彼女。

ほんの少しの間。

さて、と立ち上がったラピスは私に背を向けると、廊下へと続く扉へと向かう。

「ユカリ様が目覚めた事を、陛下へお伝えして参ります。目覚め次第、連絡するようにとの仰せですので。……恐らく、少ししたら迎えの者が来ると思いますので、謁見の準備をお願いします」

「……わかりました」

そうしてラピスは、そのまま扉を開け廊下へと消えた。

なんて言えば良かったのだろう。
どうしたら良かったのだろう。
現世(いま)も前世(むかし)も、私に出来たのは彼女を傷付ける事だけ。
本当に、何してるんだろう。自嘲の笑みが思わず浮かぶ。

ともあれ、今は答えを得るのは難しい。
で、あれば。
今はウッドロウさんに会う支度をするために動き出す。
現在の私は彼の仲間でもなんでもない、最後まで共に戦い抜いた戦友の息子にくっついてきた、いち一般人でしかない。
本来であれば王である彼に易々と会う事など出来る立場ではないのだから、せめて失礼の無いように身嗜みだけでも整えておかないと。
寛容な彼なら失礼があっても笑って許してくれるとはわかっているけれど、現世の私として会うならば甘えてはならない。

前世と比べてすっかりと色の変わってしまった銀の髪に櫛を通しつつ、
私は客員剣士時代に鬼教官(リオン)に叩き込まれた作法を思い出す事に集中するのだった。

2020/9/20

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