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夜空を纏う銀月の舞
心に抱いたもの2

懐かしい記憶。

思えばあれもまた、私の恋のきっかけの一つだったのだろうなと思う。
あれと同じように一つずつ積み上げられていった想いが重なって重なって、やがて恋になって花開いた。

――〜ぃ

あぁ、うん。やっぱり私は、彼の事が好き。大好き。

――ぉ〜ぃ

何年経とうが、死のうが、生まれ変わろうが、私は彼が好きで好きで仕方がないんだ。

――ぉぉ〜〜〜ぃ

……というかさっきから何?人がせっかく懐かしい記憶に想いを馳せている最中だっていうのに。

…………

お、静かになったかな。


『秘技・死者の目覚めぇええええええええええ!!』

「わぁぁああ!?何!?敵襲!?」

突然頭の中に大音量で響いた男性の声に、寝かされていたらしい寝台から飛び起きる。
そうして攻撃に備えて術式を起動しようとして、視界の端に見覚えのある金色の草原を捉えた。

「いっきなりバカみたいな大声出さないでよバカスタン!!」

『やーっと起きたか〜!目が覚めて良かったよクノン。一回やってみたかったんだよな〜、死者の目覚め!って』

へへ、と悪戯っぽく無邪気に笑う彼。
でもやっぱフライパンとお玉がないとしまらないよな〜でも持てないんだよな〜などと言ってるけどそんなの知るか。というか。

……はて。

いや、待って。どうして彼がここに居るの。というかなんで"今の"私を見てクノンと呼ぶの。

「……ひ、人違い、です」

ぎこちない動きになっているのを自覚しつつ、顔を逸らしてみたり。

『いやいや、おもいっきり俺の名前呼んでたし。というか、俺をしっかり見て会話出来るだなんて可能性ある人、クノン以外考えられないし。……にしてはぜんっぜん老けてないのは不思議だし見た目もちょっと変わってるけどさ』

むしろちっちゃくなってない?とか言って頭の後ろを掻いて不思議そうに首を傾げるその仕草、昔と全く変わってない。
あの頃よりも多少老け……大人になった顔をしているけれど、間違いない。
カイルの父・スタンだ。
……正確には、その霊、だけれど。

「うるさい。私だって好きで縮んだわけじゃないよ」

18年ぶりに再会した彼は、多少大人になった、といったところ以外は特別変わってはいなかった。
カイルが小さな頃に亡くなったというのもあって、ルーティ達よりは多少若い姿ではあるけれど。

「今まで何処へ行ってたの。ルーティのとこには居なかったよね?」

居たら私が感知出来ない筈がない。

「いや、居た……というか、居なかったというか……あっははは……」

なにそれ。

というわけで詳しく聞いてみたところ、こういう事だったらしい。

バルバトスに襲われたあの日、瀕死の彼は息子であるカイルだけでも守らなければ、と意識が消えるその時、その最期の瞬間まで強く強く思い続けたらしい。

そうして意識が消え死んでしまった後、次に目が覚めると、なんとカイルの体に入り込んでしまっていた。
が、体を乗っ取ってしまったわけではなく、自分がスタンであるという意識はあるものの、カイルも意識がはっきりしているし肉体もカイルだけが使えるようだった。

つまり、スタンの魂はカイルの肉体という器に閉じ込められていた状態だったという事。

「成る程ね……それじゃあ私が見逃すわけだよ……」

スタンとカイルの魂は、元々その資質がよく似ている。
加えて実の親子という事もあって波長も殆ど複製に近い。
普通は親子といってもここまで似る事はないんだけど、スタンの歩んだ軌跡が、それだけ特別だった事もあるのかも知れない。
子孫にまで影響を及ぼす程に。
更に加えるならば、偉大な父の背中を、魂が染まる程にカイルが追いかけ憧れていたという事でもある。

そんなところに、子供を守る、という(特にスタンの場合は)固い意志が死のその時まで保持された結果、カイルの魂の内部に入り込み溶け合う形でスタンの魂が憑依。
結果、全く同じ場所に混じり合う状態で魂が存在しているにも関わらず、主導権はカイルのみという奇妙かつ稀有な存在になっていたようだった。

「金色の中にほんのちょこっと色が濃い金色が混じってたって、光の加減かなんかに見えて気付けないみたいなものだね……」

『確かになぁ』

そしてこれは推測だけど、死の瞬間までの自身の固すぎる意志でカイルに縛られていたスタンの魂が今こうして解放されているのは、エルレインの時空移動の術が"エルレインが認識していた対象"にしか適用されなかったからじゃないかと思われる。
私と同じ理由か何かでエルレインの認識から外れていたスタンの魂だけが、カイルが術に飛び込んだ瞬間に弾き飛ばされて強制的に分離したのだろう。

「死んでなお珍し過ぎる軌跡を歩むって、なんだかほんとスタンだなって感じがするね」

『へへ、そうかな?』

いや、別に褒めてはないからね?
ちょっと呆れてるからね?

『でまぁ、俺の事はわかって貰えたと思うんだけど、クノンはクノンでまた珍しい事になってるんじゃない?』

「……ん。まぁね」

そうして私もまた、18年前自分に起きていた事、それがもたらした結末、現代に生まれ直した事から先日の出来事までを、かいつまんで説明する。

『そうかぁ……クノンも本当に、苦労したんだなぁ』

「苦労……なのかな。どうなんだろうね」

本当に大変な思いをしたのはきっと、スタン達四英雄を始めとしたあの第二次天地戦争の渦中にあったこの世界の人々だ。
終結後だって、天上王を倒してそれで終わりなんかじゃない。
戦争で荒れた世界の中で、それでも生きていく為にやらなければならない事は文字通り、いや言葉に尽くせない程にあったに違いない。

私は、当時の人々が血ヘドを吐きながら築いていった平和の礎の上で、安穏と上辺だけの、酷く個人的な事情の中で暮らして来たに過ぎない。
戦争の原因は、私にあるというのに。
私が安易に封印を解いたりしなければ、起きなかった悲劇だったというのに。
自分はさっさと死んで退場して、全部が終わった後で知らん顔で戻って来た、無責任な罪人でしかない。

『クノンのせいじゃないよ』

まるで心を読んだかのようなタイミングで、スタンが言葉を発する。

『クノンはその時出来る事を………最善を信じて行動し続けたんだろ。ミクトランに加担する意図ではなく、その逆に阻止しようとして行動したんだろ。それに人質まで取られて理不尽な選択まで迫られてたんじゃ』

「そう、だけど……でも結果的に私は、あいつの思惑通り引き金を引いてしまった!神の眼を、解き放ってしまった!今この世界で私は」

『クノン』

溢れてくる感情のまま、無意識に激昂しつつあった私の心に、ぽとりと静かに落ちるスタンの穏やかな声。
はっとしていつの間にか俯いてしまっていた顔を上げれば、目の前には酷く穏やかな、慈しむような目をしたスタンが居た。

『そんなに自分を責めちゃ、良くないよ。自分を痛めつけたら、可哀想だよ。多分、クノンはまだ少し混乱しているのかも知れない。ユカリとして生きて来たのに、突然クノンとしての記憶が戻ったんだし、心の整理も出来ないまま戦って、気を失って……ついさっき起きたばかりだもんな。俺ならきっと、そんな状態で戦うなんて出来ないよ』

なのに強敵とすぐに戦って、しかも勝っちゃうなんてクノンはやっぱり凄い。

そう言って微笑むスタンは、なんだかとても落ち着いていて。
ぐずる子をあやす父親のような、とても優しい顔をしていた。
やっぱり彼も父親なんだなぁと、過ごしてきた年月を確かに感じさせる表情は相応の包容力に満ちていて。
昂っていた私の感情が、不思議なくらいに落ち着いていくのを感じる。

本当、嫌になる。

体験してきた記憶の上では彼よりも多く年月を過ごしてきた筈なのに、いつまでも子供のままで成長していない自分がたまらなく恥ずかしい。

「……なにさ、まるでお父さんになったみたいな事言って……っ、ずる、い……」

目の奥が熱い。鼻がツンとする。
視界が、あやふやに溶けていきそうになる。
慌ててシーツを頭から被って避難する。
泣き顔なんか絶対見せてやんない。

『まぁこれでもカイルの父親だし、孤児院の子供達の面倒だって見てたからな。……ちょっとはオトナになっただろ?』

「……っ、……立派な、オジサンだね……、」

『おじ……っ!!はぁ、自覚はしてたけど傷付くなぁ』

あははと苦笑いするような気配が伝わってくる。

『ちょっとは落ち着けたかな?』

「……ん……」

なんだか無性に悔しいけど、事実なのでシーツの中から返事をする。

『ふふっ……、じゃあそのままでいいから聞いてくれるかな。クノンはさ、優しすぎるし、真面目過ぎるんだよ。それがクノンのいいとこでもあるし、悪いとこでもある。今回は、悪い方に出ちゃったみたいだけどさ』

そこまで言って、一呼吸。
耳を傾けていると察してくれたらしい彼は、さらに続ける。

『ああしていれば良かった、こうしていれば良かった、そう悔やみたくなる気持ちは、凄くよく分かるよ。俺も、ずっとずっと悔やんでる事があるからさ』

抑えきれなかったらしい感情の滲む、苦し気な声音。
それを感じて、はたと気付く。
……そうか、スタンはまだ、あの洞窟での出来事を悔やみ続けてるんだ。
それに、多分それだけじゃない。
きっとあの後にも、同じような事があったに違いない。
あの騒乱の記録を読み尽くしたから予測出来る、それに思い当たる。

『でもそれは、過ぎてしまった、起こってしまった事なんだよ。過去は変えられない。なら、前を向いて、今度こそはより良い未来を掴み取れるって信じて、進んでいくしかないんだ。進んでいかなきゃいけないんだ。だからさクノン。クノンはもう、十分にやり遂げたんだ。俺達はそれを引き継いだだけ。胸を張って、今度はユカリとしてより良い未来に進んで行けばいいんだよ』

ふわりと落ちてくる、柔らかな声。

そんな風に言われたら、納得するしかないじゃない。
進むしかないじゃない。
苦しくても、悔しくても、前を見て、未来を信じて。

信じ続ける事で成し遂げたスタンに言われたら、私も信じていかなくちゃって、そう思っちゃうじゃない。

――それから暫く。優しく見守るスタンの視線を感じながら、私は心の整理がつくまでのもう一時をシーツの中で過ごしたのだった。

……本当、実績のある英雄さんの言葉は。

「……ずるい……スタンなのに」

『頑張って励ました感想がそれって、酷いなぁ』


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あきゅろす。
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