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夜空を纏う銀月の舞
心に抱いたもの1
「ねぇ、エミリオ」

とある任務の日だった。
その日はストレイライズ神殿へと続く街道に出没するようになったという、盗賊団の討伐へと未明の内から出発。
諜報兵が持ち帰った、そのアジトがあるという場所へと討伐隊本隊に先駆けて向かう道中での事だ。

「……なんだ」

不機嫌を隠さない声音ながら、律儀に返事をしてくれる辺り本当に彼は丸くなったと思う。
出逢って間もない頃のあのとりつく島もない反応が嘘のようだ。

「……ああ、ごめん。二人きりとはいえ、ちょっと迂闊だった」

今この場に居るのは私とエミリオ、セインガルド王国客員剣士の二人だけだ。
けれど、今歩いている場所はまだ出没地域から最寄りの村を出てから数百メートル、という際どい位置。
油断は出来ない距離だった。

「それで、なんだ?まさか今更忘れ物をした、等ではないな?」

過去に私がやらかした事を思い出したらしい。
言葉に威圧がこもり始める。

「違う違う。そうじゃなくて、夕べ姫と話しててちょっと話題になったんだけどね。人は亡くなったら、何処へ行くんだろうなぁって」

「……斬るな、と言いたいのか」

盗賊を、ということだよね。
誤解がないように前置きはしたんだけどなぁ、と思いつつもそうじゃないよと伝える。
すると、少し考える素振りを見せた彼は、こう答えた。

「人が死した後に逝く場所など何処にもない。肉体が活動を止めて意識が消える……それだけだ」

そっか。そう思っていないと、きっと客員剣士だなんてやっていられない。
本来はきっと、私もそう割り切るべき、なんだろうけれど。

「そう思っていたんだがな。お前達に会うまでは」

おっと。

「お前には、死した人間の魂が視えるのだろう?そして紫桜姫に至っては死した魂そのものだ。……まぁ、半信半疑ではあるが」

『まだ信じていなかっただなんて心外ね。化けて出てやろうかしら』

『まぁ僕らソーディアンという存在が居ますからね。歴史の表にはなかった……ハロルド博士がソーディアンとは別に秘密裏に作っていた、という可能性もないわけじゃないですし、あの人なら十二分に有り得ますから』

「そうだね。もしかしたら、本当にそんな存在があるのかも知れない。でも、姫は違うよ」

らしいな、と返した彼に姫は不満らしい。
悶々とした思いが体に伝わってくる。

「――だからだろうな。紫桜姫がお前の傍に在るように、死した魂はそいつの大事なモノの所へ行くのだろうかと、そうも思えるようになった」

そう言った彼はふと立ち止まり、遠く空を見上げる。
日の出ない内から出発したこの任務だけれど、今は空に太陽が輝き、世界を温かく照らしている。
遠く鳥の鳴き声が聞こえたかと思えば、はるか高い場所を気持ち良さそうに飛ぶ姿が見える。

きっと、今は居ない誰かを思い浮かべたのかもしれない。
ほんの一瞬だけ、僅かに瞳が揺らいだように見えた。
けれど、それも束の間。
直ぐに視線を下ろした彼は再び歩き出す。
それまでよりも少しだけ、ペースが落ちた事にはきっと気付いていないんだろうな。

「そっか、リオンはそう考えるんだね」

「ならお前はどう考える。お前なら、具体的にその行く先が視えるのだろう?」

フンと鼻を鳴らしてちょっと早口。
いつもより語ってしまった事がちょっと照れくさい、のかな?

「そうだね……確かに、視えるよ。でも、それは目的地……とはちょっと違うかも知れないけど……に行くまでの、ほんの寄り道みたいなものなんじゃないかなぁって思うかな」

「ほう?」

人は死んだあと、生前に執着していたものがあれば魂はまずそこへと向かう。
そういう意味では、確かに彼の考えは正解。
けれど向かった後、執着していたものが失われていたり、あるいは執着そのものがなくなった場合はどうなるのか。
その先は私にも視えないのだ。
なぜならば、すう、と背景に溶けるようにして消えてしまうから。
創作物にあるように、天から羽の生えた赤子が迎えに来るとか、大きな鎌を携えた骸骨顔の存在が首を刈りに来るとか、そんな事はない。
ただ静かに溶けて消えてしまい、存在を認識出来なくなる。
だからその後、その魂が何処へ向かったのか、どうなったのか、何も分からないのだ。

「……ずっと昔から気になっていたんだ。私に視えなくなった彼らはどこへ向かったのかなって。満足そうな人もいた。悔しそうなまま消えた人もいた。悲しそうな人だって、怒ったままの人だっていた。だから、かな。いつも願うんだ。どうか次に生まれてきた時は、幸せになって下さいって」

あなたの幸せを見つけて、満たされた時を生きて下さい。
見送る度に、そう願う。

「半端に視えちゃうから、かもだけどね。……うん。訊ねておいてなんだけど、私自身答えに辿り着いてないんだ」

苦笑いを自覚しつつ、ごめんね、と謝る。

「いや、お前自身の答えなら既に出ているじゃないか」

「………え?」

「幸せを探しに行った。……これがお前の答えだ」

「――――っ」

驚愕。

彼の言葉を聞いた瞬間、足が止まり一瞬だけど呼吸を忘れた。
そして同時に、恐ろしい程までにぴたりと、腑に落ちた。

物心ついた頃から今日に至るまでの長年の疑問が、もしかしたら一生辿り着けなかったかも知れなかったその答えが、なんとも簡単に彼の口から飛び出した事に驚いて心臓が止まったかと思った。

「自覚がなかったのか」

うん、知らなかったよ。私自身の答えがもう出ていただなんて、聞いてないもん。

そう返事しようとしたんだけど、どういうわけかぱくぱくと口が開閉するだけで声にならない。
というか、なんか知らないけど目が乾いて地味に痛い。
この辺りこんなに空気乾燥してたっけかな。

「……力いっぱい驚きを表現しているところ悪いんだが、そろそろその間抜け面も見飽きた。忘れてるようだから教えてやるが、早めにまばたきをしないと目を痛めるぞ」

「まぬっ……!?……いったぁ……っ」

見開きっぱなしだったらしい瞼によって空気に晒され続けた眼球が限界を迎えたらしい。物凄く目が痛い。

誰が間抜け面だって!?と文句を言いたかったけれど、割と事実だったことが発覚したのでぐうの音も出ない。
目の痛みによる呻き声は出るけれど。
……って、こら。ため息やめて。悲しくなってくるから。

「知ってはいたが、やはりお前は馬鹿者だな」

「うるさい」

もはやお決まりの罵倒を頂戴する。
でも、思い違いでなければ本当に馬鹿にしてるわけじゃない、そんな声音。
まるで不出来な妹をからかうような、そんな音を感じた。

そして、そんな兄に対しての仕返しは、こうするといいのだ。

「ありがとうね、エミリオ」

「〜〜〜っ!」

耳元で本名を囁く。するとほら、途端に耳まで真っ赤になって顔を逸らすから。

「馬鹿な真似をしていないで、先を急ぐぞ!」

照れて早足で歩き出し距離をとろうとする姿がとても可愛く思う。
置いていかれないように、私もまた足を動かして歩く速度をはやめる。

からかい混じりではあったけれど、ありがとうという感謝の言葉は、紛れもない本心。
きっとそれが伝わったからこそ、あんな反応なんだろうなと思う。

本当に、素直じゃないんだから。

そしてもう一度、小さく。

「ありがとうエミリオ。答えをくれて」

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あきゅろす。
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