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夜空を纏う銀月の舞
動き出す1

「 ――にしてもヒマですねー。骨の人はだまーってムッツリ顔しながら歩き回ってるだけですし。ねぇ、お喋りしません?ヒマですし」

馴れ馴れしくも僕の肩に乗った、自称メイドの使い魔・フィオが不意に口を開く。

「ヒマを強調するな、嫌なら帰れ」

そういえば僕らが旅を始めてからそれなりに経つが、こうして完全に二人きりになるのは珍しい……というより、闘技場での対戦を除けば初めてだ。
カイル達が謁見に赴く中、僕はあいつらとは現在別行動を取っている。こいつは連絡役として、通信機代わりに寄越されているのだ。
馬鹿者が深く考えもせず、浅はかな行動に出て頭に来た事も確かに理由ではあるが、謁見に付き合わないで離脱したのはウッドロウに正体を見抜かれたくないからだ。が、こいつの主人であるあいつは、自らの顔を晒す事になるだろう可能性を顧みず謁見に赴いている。
ただでさえ素顔を隠す、という怪しい出で立ちであるところに、英雄の名を使って割り込みをし心象を悪化させているのだから、ただでは済まんとわかっているだろうに。

「何を話す気かは知らんが、下らん内容なら却下だ」

「およ?それは下らなくなければ聞いてくれる、という事ですかー?」

「はたき落とすぞ」

「あわわ、冗談ですってば」

虫を払うように手のひらを添えて脅してやれば、慌てたようにわたわたとしている。

「まったく、私を害虫かなんかみたいに……」

「大きさ的には似たようなものだろうが」

「うっ。……まぁいいでしょう。さて、しかし面白いかどうかはご自身で判断して下さいな。私的には面白いですし。これはあの人の故郷・アクアヴェイルに伝わる伝承なのですがーー」

そうして少女は語りだす。ある一人の、哀れな娘の物語を。

ーー彼女は、とある国の、そのまたとある地方に住む幼い少女だった。
どこにでも居るありふれた子供かと問われれば、首を横に振らざるを得ない生まれではあるものの、しかしやはり幼き子であった。
彼女には生まれつき、その里で呪術を扱う家系の一員としても異常な程の力があった。それを才能と呼ぶのならば、まさしく天才と呼ぶに相応しい力が。
が、その力故だろう。彼女は普通の子供達とはかけ離れた、隔離された環境での生活を余儀なくされていた。ただ一人、いくらか年上の世話役・護衛役の少女を除いて。
その力を持つ少女は、ある都市を影から守る役目を幼いながら既に請け負っており、争いが起きればこれを鎮めなければならない巫女であったのだが、そんな重い使命を背負う彼女を可愛がってくれていた護衛役を心底慕っていたのだった。

そう、これは彼女が初めてその戦場へと駆り出された日に起きた出来事。
初陣であるとはいえ、初めて生で味わうその血生臭い空間。失われていく命、燃え盛る建物ーーそれらに萎縮し、怯えてしまっていた少女。
彼女を守るための護衛役の少女は、巫女の少女が一歩を踏み出すまではと盾となり奮戦していた。

しかし、その間にも響く怒声・悲鳴・爆音……巫女の少女はそれらがもたらす恐怖に呑まれ、力を使うどころではなくなっていく。
そうしてやがて、盾となり戦い続けていた護衛役に限界が訪れた。
巫女の少女の目の前で、護衛役の少女は背後からの凶刃により命を奪われてしまったのだ。そればかりか、その骸を弄ばれ始めてしまう。

ーーそれらの光景を目の当たりにした巫女の少女は、自らを激しく責めた。
いつまでも躊躇っていたせいだ。
いつまでも怯えていたせいだ。
そのせいで慕っていた彼女が殺された。
……否、自分が彼女を殺したようなものだ。
……自分が、彼女の未来を、いつか訪れるであろう幸せを、奪ったのだ。
今目の前で彼女が穢されているのは、自分が招いたことなのだ……と。

その時、巫女の少女の中で何かが崩れ、壊れ、砕け散る。

戦の後、彼女は深い自責の念に駆られてか文字通り血ヘドを吐きながら力を磨き始める。
しかし、何をどうしても壁にぶち当たる。阻まれる。拒まれる。
天賦の才と呼ばれる彼女の才と力をもってしても、彼女の目的にはどうしても届かない。

やがて彼女はそんな自分に限界を感じ、最終手段に出る事に決める。
その方法とは、正しく己の命と引き換えとなるもの。
失敗すれば、まさに無駄死に。しかし彼女には、もうそれしか頼るものがなかったのだ。

そして、彼女は自ら足を踏み入れたとある地方の暗い洞窟の奥深くにて、その儀式を執り行った。

ーーその時、奇跡が起きた。
彼女の人生、その一部始終を眺めていた者により、願いを叶えるための叡智の一欠片とともにきっかけとなる力を与えられ、少女はこの世へと蘇ったのだ。

手掛かりを受け取った少女は、それから数年の後にその方法を遂に確立させる事に成功する。
与えられた力は、少女自身の潜在能力を目覚めさせるための起爆剤として作用した。
しかし、人生とはかくも非情なものか。
少女は唐突にその生涯の幕を閉じる事になる。
その方法を持ちながら、願いを叶える事もなく。
あと一歩の所にて。

「――――ここでお話は終わりです。だいぶはしょった部分はありますがいかがでした?」

「何が面白い話だ。それではただの悲劇だろう。……しかし、何故そんな話が伝承として残されているんだ」

「それはですね、このお話が冥府……所謂"死後の世界"を司ると云われる、ある神様にまつわるエピソードの一つとして結びつけられているからです。今のお話にも出て来た、少女の人生を眺めていた者。それがその神様なんじゃないかって事なんですよねー」

「(…………)、ふん、確かに死者を蘇えらせるなど、神の力といえなくもないだろう」

「でしょー?まああの方はそんな都合のイイ話なんて現実にはあり得ない、許されないーなんて言ってましたけど。……気持ちはわからないでもありませんが」

「それはそうだろう、あいつに同感だな」

……ふと彼女の事を考える。
自らの死の記憶を持つ彼女の事を。
それから、形は違えど同じように死の記憶を持つ自分の事を。

伝承の中で、巫女の少女は神によって一欠片とはいえ叡智と力を授けられて蘇った。
それは、少女の意志を汲んだカタチであると受け取れる。
少女が蘇った後に自らの手で目的のための方法を確立させた、というのはそういう事だろう。
多少ご都合が過ぎる部分はあるが、伝承とは脚色されていくものだ。

だが、自分はどうだ。
異常な力を持つ存在によって、駒として利用する為だけに蘇らされたリオン=マグナスという男は。
死する以前、僕はその人生の大半を父の手駒として生きて来た。
……いや、人生の全てを、か。
だがそこには僕自身の意志がなかったわけじゃない。愛する人を護るためそうである事を望み、そうしてその信念を貫き通したつもりだ。
意図せず蘇ったとはいえ、また僕が願ったようなカタチではないとはいえ、命を懸けて護ったあの人が今もこうしてあの騒乱を越えて生きていてくれた事は確認出来た。
そして、きっといつか彼女は幸せを掴むだろうと信じている。例え今はそうでないとしても、彼女ならば、と。

――つまり、僕は巫女の少女とは違い既に願いを叶え、僕という役割を務め終えているのだ。
そうである以上、こうして再び命を与えられてまで得体の知れん輩に利用されるなど真っ平だった。

……少女は蘇った時、一体どんな心境だったのだろうか。
簡単な予想は出来ても、しかしそのどれもが少女の想いを正確に捉える事は叶わない。
記憶を持って生まれ変わったらしいあいつがそうであるように。
妙な輩によって強制的に蘇らされた自分がそうであるように。
抱く想いはそれぞれなのだろうと思う。

謁見終了の報せが届いたらしいフィオに急かされ、再び城を目指しハイデルベルグの街を歩きながら、僕は少しだけ胸に不思議な疼きを覚えていたのだった。


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