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夜空を纏う銀月の舞
英雄の影9

真っ直ぐに見つめてそう言う私を見たウッドロウ王は一言、「ありがとう」と言って笑ってくれた。
話はここまで、と判断した私は、先に出て行ったカイル達を追いかけようと失礼します、と声を出す――その直前。

「あの、本当におね……クノン様では、ないんですよ、ね?」

モート隊長が、やっとの思いで搾り出した、といった風に問いかけてきた。

「ごめんなさい……別人、です。本当は、彼女を知る人を傷つけないように素顔を晒さないようにしてるんですが……」

「そう、ですか……。そう、ですよ、ね……。ごめんなさい。私こそ、貴女を傷つけてしまったみたいで。――泣きそうな顔、しないでください」

「――――っ、」

そう言って彼女は私の手を取ると、そっと包んでくれた。
剣を扱う兵士らしく、女性である事に反して少し固めの肌触りではあるものの、優しく暖かな温もり。
それを感じた途端、不意にこめかみの辺りにずきりとした鋭い痛みが走った。次いで一瞬、浮かんだ光景。それはモート隊長によく似た5歳くらいの女の子が、椅子に座って膝の上で拳を握る私の手を撫でてくれている映像だった。
しかしそれが見えたのはほんの数秒の事で、すぐに視界は元の姿を取り戻してしまう。

また……?

スノーフリアに着いた時も、今のような理解しがたい感覚に襲われた。しかも二回ともに共通して現れた、モート隊長に似た金髪の女の子。何か関係があるのだろうか。

「どうかしましたか?」

「!……いえ、ぼうっとするの、癖なんです。気にしないで下さい」

「ご気分が優れないのでしたら、休んでいかれては?」

そう心配してくれる彼女に大丈夫ですから、とやんわり断り、改めて二人に失礼しますと挨拶して謁見の間を後にする。
だんだん、変な感覚に襲われる度合いが悪化している気がする。最初は本当に感覚だけだったのに、今じゃ妙な幻覚(?)まで見始めてしまっている。
ちょっと前まではそんな事は一度もなかったのに、一体どうしてなんだろう。……時期的にはそう、多分骨っこと初めて会った時が始まりな気がする。
彼があっさりと書庫から出て行こうとした時、何故だか物凄く寂しい気持ちになった。その少し前なんか、彼と言葉を交わすのが妙に嬉しくて仕方ないような感覚だった。今思えば自分でも変なテンションだった気がする。笑いが止まらなかったし。

「……つまり、全部骨っこが悪い。たぶん」

原因はきっとそれしかない。
変な幻覚を見るのも、叶わない初恋も。
そう結論付けた私は、彼に八つ当たりするべくカイル達を追うペースを上げたのだった。

―― 一方、その頃。

謁見の間を離れて城内を歩くカイルはすこぶる上機嫌であった。こうして城内を歩いているだけで、道行く兵や使用人達ににこやかに声をかけて貰えるのもあるだろう。が、一番はやはりつい先ほどの英雄王との謁見がその理由の大半を占めていた。
彼の隣には兄貴分であるロニが並んでおり、目を離した隙に迷子になりそうなカイルを油断なく見張っている。カイルほどではないが、彼もまた気分は上々だ。何せ、カイルが嬉しそうにしているのだから。それだけで彼は幸せな気分になれるのだ。
そんな二人からは一歩・二歩離れた後方では、リアラが一人沈鬱な表情を俯かせてとぼとぼと続く。前を歩く二人には気付かれないように、気を遣わせないようにと気配を消して。
憧れの英雄王に会えたばかりか、その人にとてもよくして貰い良い気持ちでいるのだ。せっかくの明るい気分を、自分ひとりの都合で壊してやる事はないだろう。
これからの事は、また自分で考えればいい。決まったら、それから話せばいい。
そんな風に一人、抱え込みながら。

そうして歩く事暫く、いつの間にやら一階のエントランスホールにまで戻ってきていたらしい。
出入り口付近では、漆黒の衣装に身を包んだ剣士とスタンダードな使用人用のエプロンドレスを着込んだ少女が佇んでいるのが見えた。
その姿を認めたカイルは、上機嫌なテンションそのままに二人へと勢い良く駆け寄って行く。
そうしてさらに、止まらない勢いは彼の口から次々と言葉を飛び出させて行った。

「なあ聞いてくれよ二人とも!ウッドロウさん、やっぱすっごい人だったよ!そこに居るだけで、なんかこう、英雄〜っ!って感じなんだよ!でも全然威張らないし、気さくな人でさ!オレのこと、自分たちの子供みたいだって!しかもだよ!"彼は親から英雄の素質を、確実に受け継いでいるようだからね"だって!英雄王に期待されちゃうなんてさ!タハハ……」

「やれやれ、思った通りだ」

「……え?」

明るく、それはもう夏の日差しのように明るく捲くし立てていたカイルの表情は、吐き捨てるようにして紡がれた、呆れを含んだ冷たい一言によって一瞬にして凍りついた。
一体、何故こんなにも凍えるような声音で話しかけられねばならないのだろうか、自分はただ、この喜びを彼らにも伝えたい、分かち合いたいだけなのに。……そんな困惑が、辛うじて漏れ出した声に込められていた。

「気付いてないのか?ウッドロウも兵士達も、お前の事など見てはいない。お前の後ろに居るスタンとルーティを見ているだけだ。"親から受け継いでいる"というウッドロウの言葉がそれを証明している……違うか?」

「…………」

言葉が出ない。続けられたジューダスの言葉は的確に、カイルの浮ついたふわふわとした気分を射抜き、固く地に縫い付ける。
救いを求めるかのようにジューダスの隣に居たフィオへと視線が向けられたが、それは無言のままに首を振られた事で無駄に終わった。
その間にジューダスはカイルとロニの背後、今頃になってようやっと二人に追いついたリアラへと視線を移すと、彼女の表情からすぐさま事情を予測し――確認を取る。

「リアラ、結局ウッドロウは、お前の求める英雄だったのか?違ったのだろう?でなければ、カイルと一緒に出て来る筈はないからな」

「ええ……」

やはりか、とわかりきっていた状況に嘆息する。そうして、

「新しい手がかりも、その顔を見る限りなさそうだな。それだというのに、お前は一人で浮かれていい気なものだな。ウッドロウにおだてられ、城の兵士達にちやほやされ、さぞ気分が良かった事だろう。だが、仲間の事を考えられん奴が英雄などになれはしない。……決してな」

冷や水を浴びせられ、ぴしり、ぴしりと心に亀裂を走らせていたカイルへと、とどめの一撃が加えられた。

「……くっ!」

「あっ、カイル!?」

今にも泣き出しそうな程に表情を歪めていたカイルは、呼び止めようとしたリアラの声すらも振り切って、城の外へと弾かれたように走り去って行ってしまう。
目に溜まった水分のせいでよく前がみえなかったらしく、軽く肩をぶつけられたフィオは吹き飛ばされそうになっていた。

「あたた……男の子のタックルはなかなかきっつい威力ですね。……しかしあなたもまぁ、なかなかエグい」

「うるさい。黙っていたお前に言われる筋合いはない」

そりゃまあ、そうですけど。と唇を尖らせて視線を逸らしたフィオは、一連の流れに入り込むタイミングを見失っていたロニに突き飛ばされ、今度こそ吹き飛んだ。
怒髪天を衝く、といった形相のロニの頭からは、女性に対する常の気遣いなんてモノは消え去ってしまっている。それほどに、カイルを傷付けた事に対する怒りがどれほどのものかが窺えた。

「確かにおまえの言う事は正論だよ。だが、それにしたって言い方ってモンがあるだろうが!」

「よくもそんな事が言えるな。お前もウッドロウ達と同じじゃないか」

「何っ!?」

苦し紛れにどんな理屈を捏ねやがるつもりだ、と凄んで見せるロニ。
そんな彼に対して、ジューダスはその気勢すらも正面から叩き潰しにかかる。
吹っ飛ばされて倒れた場所で、リアラに抱き起こされた腕の中。フィオが「あーあ」と哀れむような視線をロニに飛ばしていたが、激しい剣幕で睨み合う二人には気が付いて貰えない。

「城に入る時の事を忘れたのか?お前はスタンの息子という事を利用したんだぞ?あの瞬間から、連中はカイルをカイルとしてではなく、"スタンの息子"として見だしたんた。それに、謁見の予約を先んじて取ってくれていたユカリのメンツを潰したことにも、お前は気付いてないんだろう?」

「そ、それは、時間がなくて仕方なく……」

「なら、結果としてカイルがああなったのも仕方がないという事だ。第一、時間がない、とリアラは一度でも急かしたか?違うだろう。五日程度ならば、大した期間でもないだろうに……カイルのためと、事を急いだその結果がアレだ」

「……」

敗北。完膚なきまでの正論に、冷静さを欠いた感情論で挑んだロニはあえなく沈められ、言葉を失った。

「あいつがなりたいのはただの英雄じゃない。スタンのような英雄だ。どんな事があっても、常に仲間の事を思いやる。……そんな英雄だ。だとしたらちゃんと言ってやらなくてはいけないんだ。……例え、あいつが傷付こうとも」

「ジューダス……」

ここへ来て、漸くロニは自らの思い違いに気が付いた。
誰よりもカイルの事を気遣い、理解しているのは家族である自分だけだと思っていた。
ジューダスはその正体もさることながら、目的も不明なままに自分たちに付きまとう敵のようなものだと、警戒が必要な人間だと。
しかし、それは違った。誤解であった。
彼はもしかしたら、カイルを守る自分にとってこれ以上ない程心強い味方だったのではないだろうか。
そうでなければ、説明が付かない。
何故なら、ジューダスにとってカイルが本当にどうでもいい類の人間ならば、わざわざ嫌われ役を買って出てまで彼の間違いを正そうとはしないだろう。ましてそれが害そうとする対象であるならば余計に。
そんな事はまるで意味がない。いらない手間がかかるだけ無駄なのだから。
それがどうだ。彼は、カイルの理想を理解した上で、足りないものを指摘し間違いを正そうとしてくれている。それが出来なかった自分とは、違って。……ただまあ、それがわかったところで、彼の言い方があまりにも厳しすぎる気がする点だけは、どうしても否定出来ないのだが。

「わたし、行ってくる!」

と、それまでフィオを抱き起こしながらもカイルの消えた外を心配そうに見つめていたリアラは、意を決したようにして立ち上がると、そう一言を残して自らも雪の街へと走り出した。
厳しく叱る事でカイルの間違いを正す役をジューダスが請け負ってくれたのなら、傷ついて独りになってしまった彼を癒して支えるのは、自分の役目。
又は、悩んで挫けそうになっていた自分を明るい言葉でいつも支えてくれていた彼に、今こそ報いたい……そんな風に、彼女は思ったのかもしれない。
とにかく、今は少しでも早く、真っ直ぐに想い人の元へ――――

「行ってあげてください。リアラさん」

腕の中でそう言ってくれたフィオの言葉が、追いかけるべきかと足踏みをしていた少女の背中を、優しく後押ししてくれていた。

2015/9/29
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