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夜空を纏う銀月の舞
英雄の影8

「大丈夫だよリアラ!オレ達がついてるじゃんか。なんとかなるって!」

気落ちするリアラに、カイルは声をかける。それを見ていたウッドロウ王は、「さすがは親子だな」と昔を懐かしむようにして微笑んだ。
スタンさんと同じだったと聞いて嬉しかったのか、カイルは「父さんも……」と呟きつつも頬を緩ませる。
そんな彼を眺めて一つ、小さく咳払いをしたウッドロウ王は、再びリアラへと向き直ると、優しく諭すような声音でこう語りかけた。

「リアラ君、一つ私からアドバイスだ」

「はい……」

「諦めるな、なんとかしよう ――スタンのそんな言葉があったからこそ、私達は最後までやり遂げられた。英雄とは、彼のような諦めない心を持つ人間の事かも知れん。それを覚えておきたまえ」

「はい、ありがとうございます」

失われた手がかり、それを探すための標。ウッドロウ王からの助言を、リアラは深く刻むようにして頷き、受け取る。きっと無意識なのだろう、胸に下げたペンダントを手に握るリアラはきゅ、とその強さを少しだけ増した。多分、精神の安定を図る時の癖なんだろうなと思う。
そしてウッドロウ王の言葉。諦めてしまう事は簡単、けれどそうせずに進み続ける事は決して容易なことじゃない。確かに、進み続ける強さを持つ人こそが、英雄たりうる資質を持っているのかも知れない。困難に負けて折れてしまっては、何事も成し得る事は出来ないのだから。

「もし忘れそうになったら、隣に居るカイル君を見るがいい。彼は親から英雄の資質を、確実に受け継いでいるようだからね」

つい、と視線をリアラから外したウッドロウ王は、カイルへと優しく微笑みかけつつそう続けた。
「え?それって……!」とみるみる内にわかり易く瞳を輝かせるカイル。すかさずまだまだ努力する必要がある、と釘を打たれたのだけれど、もはや一瞬の内に遥か空の彼方まで舞い上がったカイルはその忠告をまるで聞いていない。「英雄……、オレが、英雄か……!」とぶつぶつ言いながらニヤニヤとだらしなく頬を緩ませている。
その隣で、酷く表情を曇らせたままのリアラにはまったく気付いていない。自分が褒められた事だけでいっぱいになってしまい、つい先ほどまでのように気遣うような素振りもなくなってしまっていた。

「ウッドロウさん、あまり彼を調子付かせないで下さい。少し、意地悪だと思いますが」

「ふ……、そんなつもりはなかったのだがね」

「嘘ですね」

「本当の事だ。何より、そんな君が居れば問題はなさそうだからね。皆と協力して、リアラ君を支えてやってくれ」

つまり、面倒は私に丸投げする、と。いや確かにウッドロウ王からしたら戦友の息子とはいえ、あくまで他人の子だ。そういうフォローはカイルの親なり、仲間である私達が担うべきところというのもわかるといえばわかるけれども、変に難易度というか、落差を広げないで欲しい。そういうのは苦手なんだけど。
わざとらしい程の微笑みを向けてくるウッドロウ王に私が仮面越しに(わからないだろうが、)睨み返していると、ロニが先ほどのエルレインとの会談について訊ねていた。
私よりも階段から離れたところに居た彼には、細かい内容まではよく聞こえていなかったらしい。

「聞こえてしまったか……出来れば、聞かれたくはなかったのだがな」

「どうせレンズを寄越せと言って来たんでしょう?連中のやり口は、どこでも同じですから」

「まぁ、そんな所だ。正直私の手にも余っているのだが、なにぶん量が量だ。誰かに渡すわけにもいかなくてね」

とはいえ、ロニもおおまかな予想はついていたようで、言い当てられたウッドロウ王も苦笑いを隠せずにいた。「そんなにあるんですか?」との言葉に、「良かったら見ていきたまえ。玉座の後ろに集めてある」と軽く背後を見やりつつ示す。
それを受けたモート隊長が玉座のすぐ後ろにあった重々しい扉の前へと移動し、懐から取り出した鍵を差し込んで解錠。「どうぞ」と案内してくれた。

通された部屋の中、思ったよりも広大な空間いっぱいに敷き詰められるかのごとく積まれた、淡く青白く光る山。それは、ファンダリア全土から集められた膨大な数のレンズだった。
数千・数万……もしかしたら億にも届くかもしれない。「これだけの数のレンズがあればなんだって出来る、エルレインが目をつけるのもわかるぜ」と呟いたロニには同意する。
これだけの数のレンズを見るのは、私も初めて。フィオがこの場に居たら間違いなく「うひょーい!レンズプールだわっほー!」とか叫んで頭からダイブしてたに違いない。居なくてよかった、こんな事で怒られたくない。
一頻りこの壮観たるレンズの山を眺めた私達は、保管部屋を出ると再び玉座の前へと戻り、見学の許可をくれた礼を述べる。

「ありがとうございました……凄まじい量でしたね」

「うむ、先の災厄のあと、人々の間にレンズへの依存を控えよう、という気運が高まった。その事自体は歓迎すべき事だったのだが……破棄の仕方が問題になってね」

「無闇に捨てたんじゃ、また誰かに悪用されるとも限らないってわけか」

「そこで私が管理を申し出たのだ。その結果が、あの大量のレンズだ。レンズの集中を危惧していた私が、こうして大量のレンズを抱えるはめになるとは……皮肉なものだな」

そこまで言ったウッドロウ王はふう、と深く息を吐いた。レンズの集中、それはつまり言い換えれば、膨大なエネルギーの集中ともいえる。かつてその膨大なエネルギーの塊であった神の眼に起因した騒乱を経験した身からすれば、それは最も避けなければならなかった事態。
であるにも関わらず、結果としてこうなってしまった事は本当に頭の痛いことなのだろうと思う。
それは再び、この膨大なエネルギーを巡る騒乱の火種を自ら生み出してしまっていると同義なのだから。……現に、その集中したレンズを狙う輩が現れたのだから尚更。

「でも、それはファンダリアの人達がウッドロウさんを信頼している証拠だと思います。ウッドロウさんに任せれば安心だ、そう思ったからこそ、みんなレンズを預けたのでしょう」

「だと、いいのだがな。……ともかく、一度預かった以上は、責任をもって管理しなくてはいけない。悪用されぬよう、しっかりと監視せねばな」

そう締めくくったウッドロウ王の顔には、その責を全うしようという覚悟が見て取れた。王として、そして先の騒乱の中心に居た一人として……その重圧は並々ならぬものがあるだろうに、それを抱えて尚立ち向かう。その姿は正しく、英雄と呼ぶに相応しい姿だった。

「一度ジューダスと合流しようぜ」

そんなロニの言葉に、退出しようと踵を返す皆。それに反して一人だけ動かない私に気付いたリアラは、「ユカリ?」と声をかけてくれた。

「みんなは先に骨っこと合流してて。フィオにはもう終わったって知らせてあるから、すぐに来ると思う」

「ユカリは来ないの?……あ、もしかして」

「正解、リアラ。終わったらすぐに私も追いつくから」

「わかったわ……ユカリも、無理しないでね」

また後で、とみんなに手を振り、階段の向こうに消えた事を確認した私は、くるり、振り返る。すると、同じく彼らを見送っていたウッドロウ王と目が合った。

「すまないが、私は彼女との約束がある。ラピス君以外の皆は一度、席を外して貰えるだろうか」

その言葉を機に、未だに納得がいかないらしい大臣をはじめとし、謁見の間に居る護衛兵達は皆部屋から出て行った。

「……本当に、良かったんですか?私が言うのも何ですが、こんなあからさまに怪しい格好をした人間に対して、少し無用心です」

「ふふっ……魔女らしくていいと思うがね。衣服の黒に、銀の髪はよく映える。それにこう見えてラピス君は優秀だ、全盛期の私に近い実力はあるだろう。仮に君が何かをしようとしても、事が起きる前には取り押さえてくれるはずだ」

「へぇ……」

「おやめください、それは褒めすぎです。剣も術も、あの人に比べたらまだまだですっ」

そう顔を真っ赤にして慌てるモート隊長。わたわたとしている姿が可愛らしい、なんて言ったら失礼かも知れないけど、私の精神年齢的には多分ぎりぎりセーフ。なはず。

「さて、人払いも済んだ。そろそろ、構わないかね?」

「……はい。では、失礼、します」

意を決して、仮面に触れる。少し硬めの感触。俯き気味になりながら耳にかけたツルを持ち上げ、そっと、外した。
そうして数秒をかけ、心の準備を整える。深く息を吸って、吐いて。それからまた吸って、吐いて。
その間にも浮かんだのは、初めて私を見た時のフィリアさんの、驚いた顔。そしてぽろぽろと涙を流すルーティさんの泣き顔。目の前のウッドロウ王は、果たしてどんな反応をするのだろうか。
覚悟を決めて、ゆっくりと視線を上げた。

「――……」

「お……ねぇ……ちゃん……!?」

え?

私の顔を正面から見るなり、すう、と目を細めたウッドロウ王。少し意外なほどに冷静なその反応に対し、彼の脇に控えていたモート隊長の反応が妙だった。
私の顔を見て、今確かに「お姉ちゃん」と言ったように思う。確か彼女――クノンには妹なんていなかったはず。いや、確実に居ない。であるのに、彼女は「お姉ちゃん」と呟いたまま硬直している。どういう事だろうか。
私がそう不思議に思っている事に気が付いたのか、ウッドロウ王はこう教えてくれた。

「ラピス君は18年前、クノン君にお世話になったらしくてね。こうして女だてらに私の近衛兵となったのも、客員剣士だった彼女の影響なんだそうだ」

「そうなんですか……じゃあモート隊長も、"この"顔には」

「ああ。……しかしなるほど、君がこうして素顔を隠しているのはそういう事だったのか。よく似ている、同一人物を疑うほどに。それに、フィリア君が君を大事にしている理由もよくわかった」

「そういえば、娘って……」

「ふ、私が言ったことは内緒にしておいて欲しいんだがね。聡い君の事だ、恐らくは気付いているのだろう。君を迎え大神殿に住まわせたきっかけは、クノン君に似ている君に面影を重ねていたからだろう」

やっぱり。

「フィリア君は言っていたよ。"私は、あの子を守らなければなりません。救えなかった彼女の分まで、あの子を。あの時、彼女を見殺しにしてしまった私には、その義務があるのです"……と。まったく、それは彼女一人で負うべき事ではないと思うのだがね。あの時、クノン君を置いてエレベーターへと駆け込んだのはフィリア君だけではなく、私も同じなのだ。彼女ならば手動のスイッチを起動させた後でも、術を使えば空を飛んで脱出出来る――そう思い込んで手を差し伸べなかった私も」

ぎちり、とウッドロウ王の握り締めた拳から鈍い音が響く気がした。このままでは手のひらに爪が食い込んで傷ついてしまう、と心配したのもつかの間、やがてゆるりとその手から力が抜けていく。
後悔しているのは、ウッドロウ王も同じだった。フィリアさんやルーティさんと同じく、この人も。……そして多分、"ここに居ないもう一人の英雄"もきっと。

「……私の事は置いておこう。とにかく、フィリア君は君を守ることで、母親代わりとして育てる事で心を支えているのだと思う。君にしたら迷惑かも知れないが、どうか許してやって欲しい」

そう言って目を伏せたウッドロウ王は、玉座へと深くその背を預け大きく息を吐いた。
モート隊長はといえば、先ほどの取り乱した状態からはなんとか脱したようだけれど、今度は目尻に涙を溜めている。

「……許すも何も、私はフィリアさんには感謝の気持ちしかありません。私を拾ってくれてからのこの五年、本当にお世話になっていますから。私が居ることでフィリアさんが穏やかに暮らせるのならば、それで少しでも恩を返せているのなら、それでいいんです」


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