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夜空を纏う銀月の舞
英雄の影7

モート隊長について豪華な内装のハイデルベルグ城を進んで行く。
そうして三階へと到達し、四階の謁見の間へと続く階段を上ろうとした時だった。
上階から、酷く聞き覚えのある、柔らかな声が聞こえて来たのは。

「ああ、ちょうど今、アタモニ神団の長という方が謁見中です。申し訳ありませんが、ここで少々お待ち下さい。終わり次第お呼び致しますので」

言うなり、モート隊長は私達を置いて階段を上がって行ってしまった。
仕方がない、と彼女が戻るまでの間、謁見の間の階段手前にて待つことになったのだけれど、時折奥から話し声が漏れ聞こえてくる。

このハイデルベルグ城。中央を走る通りには扉というものが一切ない。
普通、少なくとも王の居る謁見の間の直前くらいにはあっても良さそうなものなのだけれど、あるのは長い階段ばかりで遮蔽物がない。一体どうしてなんだろうか。

……というわけで、近くに居れば割と話は筒抜けだったりする。
そうして聞こえてくる会話の内容。
まったく、いつも通りで予想通りの内容だった。……本当に、ため息が出る。

そうして待つこと十数分。
やがてしずしずと謁見の間から階段を降りて来た人物と、はたと目が合った。

「あら、あなた達は……ふふっ、また会いましたね、カイルさん。それに小さな魔女さん。その仮面に帽子、よくお似合いですよ」

「……どうも。お久しぶりです」

どんなに関わりが薄かろうと、一応は神団に属する身。軽く会釈をする私の後ろで、「あ、あの人は……!」とリアラが小さく声を上げているのが聞こえた。

「お元気そうで何より。……そうそう、あの娘 ――ぬいぐるみを大事にしていた彼女は元気ですか?」

「…………っ!!」

ぎり、と思わず力が入ってしまい、握っていた杖から僅かにみしりとした音が鳴る。

「 ――ええ。ですが貴女も知っての通り、彼女は亡くなっています。きっと彼女は、"向こう"で元気にしてる」

「…………そうでしたね。ごめんなさい。あれは、とても残念な出来事でした」

――どの口が。彼女はお前に殺された!お前が見捨てた癖にっ!

思わずそう口汚く罵ってしまいそうになるのをぐっと堪える。
彼女が死んだ事をエルレインのせいにするのは簡単だ。でも、そうじゃない。彼女の死の責任を、この人だけに押し付けてはいけない。
それに、"救え(わ)なかった"という点においては、ある意味同罪なのだから。

「……過去はもう、繰り返さない。そのための知識はもう、充分に学んだつもり」

「ええ、そうですね。その知識について、今度ご教授願いたいものです。……では」

本当に、人の神経を逆撫でするのが上手な人。
貴女なら、私の知識などなくても、原因も過程も飛ばして解決という結果だけを出力出来るでしょうに。……ううん、だからこそ、か。

どこまでも涼やかに微笑んだまま、エルレインは緩やかな足取りでその場を歩き去って行った。
通り行く兵士や使用人達から、「あれがかの”輝きの聖女”か……」「お美しいですわ……」といったため息にも似た感嘆の吐息が漏れるのが聞こえてくる。見た目や所作に騙されてはいけない、あれの心の内は、私達には計れない思惑が渦巻いている……そう思えてならない。

「今のって、確かエルレインって人だよね?」

「ああ、間違いねぇ。しかしアイグレッテに居る筈のエルレインが、何故ここに……?」

「………………」

ぽけっと事の成り行きを見守っていた二人とは変わり、リアラは一人、俯いて胸のペンダントを握り締めていた。まるで痛みに耐えるように、悔しさを押さえつけるかのように。

「――お待たせしました。準備が整いましたのでこちらへとお進み下さ……、いかがなさいました?」

上階から降りてきたモート隊長は、彼女から見て様子のおかしかったらしい私とリアラを見るや気遣わしげに声をかけてくれた。
きり、としていた眉がわかりやすく不安そうに傾くのを見て、ああ、優しい人なんだろうなと感じる。こういう感情がつい出てしまう様子から、職務を離れた時の彼女の素が伺えた。若さもあるんだろうけどね。見た目ロニと年、変わらなさそうだし。
そんな彼女に「大丈夫です」とだけ答えて、私達は階段を上り謁見の間へと通された。広々とした空間、その奥。少々の段差をつけたところに、豪華な玉座が置かれている。そこにゆったりと腰をかけた壮年の男性――ウッドロウ王がこちらを真っ直ぐに見つめているのが見えた。

「次の謁見者はカイル=デュナミス殿であります」

朗々と響く声。側近であろう段差の麓にて控えていた大臣風の男性が、分厚いリストを片手にカイルの名を読み上げたのに萎縮したらしい。呼ばれた当人たる彼は、ピシッとやたらと背筋に力を入れて、古びた機械人形のようにぎこちなく前へと歩み出る。……あ。右手と右足が一緒になってる、緊張し過ぎ。

「は、は、は、初めまして!へ、へ、へ、陛下におかれましては、ご、ごきげ、うる、うるわ……っ」

「落ち着けカイル、何いってんだかまるでわからないぞ」

見るも無残、聞くにも耐えず、といった有様だった。頭が痛い。
が、目の前のウッドロウ王はそんな様子にも機嫌を損ねる事もなく、穏やかに笑んでいる。

「私がウッドロウだ。よろしく。……さて、話に入る前に言っておきたい事がある。君達は謁見の順番を割り込んで入ったようだが……あまり誉められた事ではないな。皆時間を作って待っているのだ。君だけではないのだよ?」

「あ……す、すいませんでした!」

「違うんですウッドロウ王!割り込むようお願いしたのは俺なんです!だ、だから……その……!」

「それともうひとつ」

ちらり、と私へと向けられた視線。”それ”を察した私はカイルの一歩前へと出ると、その場に跪き、杖を足の脇に置いてその上に脱いだ三角帽子を重ねた。

「御前を失礼致します、陛下」

そうしてそのまま、深く頭を垂れる。

「かしこまる必要はないよ。顔をあげたまえ」

「は……恐れながら。お初にお目にかかります、私はストレイライズ大神殿・知識の塔にて管理人を務めております、ユカリ=トニトルスと申します。この度は私の仲間がご迷惑をおかけしましたこと、誠に申し訳ございませんでした」

「いや、わかってくれたのならいいんだ。君達を罰するつもりなど、毛頭ない。確か君の謁見は5日後の予定だったと思うが……ふむ。用件は彼らと同じだったと見ても良いのだろうか」

「はい。……逸る皆を抑えられず、力不足を悔やむ次第です」

成るほどね、と少々の苦笑いを浮かべたウッドロウ王。無礼を働いて尚、この程度の反応や軽すぎる程の咎めで済んでいるのは、偏に彼の器の大きさ故。あまり王の寛大さに甘えてばかりも申し訳ないのだけれど……。
と、そんな風に考えていると、脇に控えた大臣が、その厳しい顔つきそのままに低く言葉を発した。いつの間にかモート隊長が彼の隣に移動している。

「貴様、陛下の御前では面を外さぬか。まだ無礼を重ねるおつもりか」

「申し訳ありません、承知してはいるつもりです。ですが、これは私にも故あってのこと、と見逃してはいただけませんでしょうか」

「ほう、故あって、とな?ではそれをお聞きしても良いかな?……それとも、何かやましい事でも、

「待ちたまえ」

それまで私と大臣のやりとりを黙って聞いていたウッドロウ王が、彼の言葉を遮って待ったをかける。
陛下、と何かを言いたそうにしている彼に鋭い視線を飛ばして黙らせたウッドロウ王は、私へと改めて顔を向け直す。そうして数瞬見つめたあと、ふ、と力を抜いたようにして笑み、こう提案してきた。

「君に理由がある、というのは承知した。これは推測だが、フィリア君が君を私に紹介したがらなかった事にも繋がるのだろう。かつての戦友である彼女の”娘”には会ってみたいと、思っていたのだがね。……君さえ良ければだが、後ほど人払いをしよう。その素顔を、私に見せては貰えないだろうか」

「陛下!?何を仰いますか!もしもがあれば一体どうするおつもりですか!?」

「無論、考えないわけではない。が、こうして若い彼女が礼を尽くしてくれているのだ、応えねばなるまい。……それに、君もそうするつもりだったのだろう?」

そう話を振られた私は、ウッドロウ王の言葉に唖然としていた。私をフィリアさんの娘と言った事もさることながら、その後に続いた言葉にも。
寛大さに甘え続けるわけにはいかない、けれどもし許されるのであれば、非礼の対価として素顔で改めて挨拶をしようと思っていたのを見透かされていた。
そればかりか、こうして先回りして提案までしてくれた。……私から進言しては通らないであろう事も、王からの提案であれば大臣も納得しないわけにはいかなくなる。それを織り込んだ上で、こうして気を回してくれたのだ。
はい、と辛うじて答えた私に柔らかく笑んだウッドロウ王は、再び大臣に目を向け、次いでその隣で驚いた顔をしているモート隊長を見やる。

「ラピス君、そういうわけだ。……いいね?」

「陛下……もう少し警戒心を持ってくださいとあれほど……いえ、今更ですね。わかりました。私はここに残り、人払いをしている間護衛致しましょう。トニトルスさんも、それで構いませんね?」

まったくもう、とでも漏らしそうなほどに深い息をついた彼女は、心底参ったような顔で私に確認を取る。勿論、ある意味では渡りに船であるこの状況に乗らない手はない私は、一つ頷いて了承の意を示した。

「話はまとまったね。……ああそれと、今後は謁見の申請などしなくていい。いつでも、気軽に会いに来てくれ」

「……え?」

私とカイル、二人揃って間の抜けた声が出た。どういう事だろうか。

「戦友の子である君達ならば、私にとっても子供のようなものだ。子供が親に会うのに手続きをするなど、おかしいだろう?」

「陛下……」

「"陛下"というのも、固すぎるな。さん付けで構わんよ?私もカイル君、ユカリ君と呼ばせて貰うが、構わんかね?」

「……!勿論です!ウッドロウさん!」

「ありがとうございます、へい……ウッドロウ……さん」

ぱ、と明るい声で返事をするカイルを背に感じながら、戸惑いつつ私も返事をどうにか返す。
いつまでもそのような姿勢で居ることもない、楽にしてくれと言う言葉に従い、跪いたままの姿勢から帽子と杖を手に取り立ち上がる。
信じられないほどの厚待遇。それも恐らくは王の仲間である英雄達の名が強く影響しているからだろう事を思うと、あまり素直には喜べないのだけれど。多分、私以外には誰も気付いてないんだろうな……。気が重い。

周りをちらと盗み見れば、大臣以外、謁見の間に居る者の誰もが皆愛想の良い笑みを浮かべている(彼は先の一件から不機嫌なままだ)。
しかしながら、その笑みはそう、私やカイルのようになんの実績もない人間に向けられる類のものじゃない。私達の背後に見える、大きな存在を見据えた笑み。
その中には当然、目の奥に潜む暗い炎……嫉妬や羨望といった類の負の感情を宿した者も何人か散見された。私がアイグレッテに居た頃にも、同じ表情を見たことがあるからわかる。むしろうんざりするくらいに見飽きた、と言っても過言じゃないと思う。
皆私の後ろに見えるフィリアさんが怖いからか、正面きって喧嘩を売ってくる人は殆ど居なかったけれど、陰でなんと言われているか位は予想がついた。というより、陰口を叩いていた連中はシメときました!とわざわざ報告してくれる子が居たおかげも多分にあるのだけれど。

私が周りの目に対してうんざりしていると、いつの間にかウッドロウ王の前に進み出ていたリアラが、沈んだ顔でこちらへと戻ってくる姿が見えた。知らない間に話が進んでいたみたい……というか。

「ダメ、だったか……あ、あのさ、元気出しなよ、リアラ!」

これは一体?と戸惑うウッドロウ王に対し、困ったようにしてリアラを励ましていたカイルはリアラが英雄を探している事を伝えた。
落とした肩に乗せられたカイルの手に自身の手を重ねて大丈夫、と礼を言ったリアラは、どういう事かと問いを重ねるウッドロウ王に事情を説明しようと顔を上げる。
当然というか、その表情は暗い。

「はい……最初はフィリアさんにお会いしましたが、わたしの求める英雄ではありませんでした。それで、ウッドロウさんなら、もしかしてと……」

「だが、私も君の言うところの英雄ではなかった。つまり世間で言われるような英雄が、君の探す人物とは限らないわけか……なかなか厳しそうだな」

ふむ、と顎に手を添え、思考を巡らす。自身がそうではないと言われても特に気にした様子もなく、真剣に向き合う姿はさすがというか、なんというか。
英雄という称号に驕っているような様子はまるでない。さらに普通ならまともに取り合おうとは思わない、むしろ少女の戯言と一笑に伏されてもよさそうな事に対しても真剣に考えている。
王たる所以か、はたまた自身が数奇な人生を歩んできたが故なのか。
どちらにせよ、フィリアさんといいウッドロウ王といい、やっぱり一般人とは器が違う。


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