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夜空を纏う銀月の舞
英雄の影6

「あれ、骨っこは?」

いつの間にやら、つい先程まで近くの壁に寄りかかっていた筈の彼が居なくなっている。
彼に聞かれたくない部分もカイル達との会話の中にあったので安心した反面、やはり二人の話は彼には辛かったのだろうかと心配になった。

「あいつならさっき博物館から出て行ったぜ。満足したら出て来いって言ってたから、外で待ってるんじゃねぇか?」

……、やっぱり、この話は辛かったんだ。
そう思った私は、未だに帽子を持ち上げたままのロニからそれをひったくると、そのまま彼が待っているであろう博物館の入り口へと出る。

すると、彼は門の内側、案外すぐ近い所に立って新市街の方を眺めていた。
右隣に立つシャルさんの様子から、恐らくは小声で会話してるみたい。
声をかけようか少し迷ったけれど、その前に気配で気付いたらしい彼がこちらを振り返る。

「話は終わったのか」

「ん。……ごめん、やっぱり、話さない方が良かったよね」

「構わんと言ったろう。わかってた事だ。それに、黙っていてもその内わかる事だ、隠す意味はない」

そういつも通りの調子で言う彼は、まるで本当に大した事じゃないといった素振りだ。
けれどシャルさんを見れば、彼は明らかに気落ちして見える。

「私は、」

「僕には気を遣わんでいい。事実は事実だ。……まぁ、あいつの評価に関しては少々納得いかん部分もあるが、それもあいつ自身が招いた事だ。文句は言わんだろう」

「…………、そう」

この話題は終わりだ、とでも言うように言葉を切った彼に何も言えなくなってしまう。
私はただ、彼が無理に受け入れようとしてるように見えて心配なだけなのに。それも彼にとっては余計なお世話だったのだろうか。
なんだか、空回りばかりしているような気がするな。

と、やるせない気持ちなっている所にカイル達が博物館から出て来た。

「二人ともお待たせ!……あれ?どうかしたの?」

「気にするな。大した事じゃない」

「ふーん……? まぁいいや、それじゃ改めて、ウッドロウ王に会いに行こう!」

すっかりとテンションの上がったカイルに引っ張られるようにして、私達はそのまま英雄門を後にして旧市街の道を城へと向かい歩いて行く。

それから暫く道なりに進んで行くと、やがて大きな城の前へと到着した。
先の英雄門も立派な造りではあったが、やはり城ともなるとスケールが違う。
ファンダリアという国を治める王の住まう、政の中心地・その象徴。堅牢な中にも無骨になり過ぎるわけでもなく、豪華ではあるものの決して卑しくはない。さらに威厳に溢れた景観はまさに圧倒的といえた。

城門をくぐり、正面玄関からエントランスホールへと入る。すると奥に見える階段の前に立っていた軽装鎧を着込んだ兵士が二人、ばたばたとよく磨かれた床石を蹴ってこちらへと駆け寄って来た。

「待てお前達!見た所旅の者のようだが、ウッドロウ陛下に謁見か?」

「謁見の約束は取り付けているのか?約束のない者への謁見は、数週間先になるぞ」

じろり、と鋭い視線で睨まれる。その視線は主に私と骨っこへと向けられていて、あからさまに怪しんでいるのがわかる。
わかりきった反応に苦笑いしそうになるのを堪えつつ、私は視線に構わず一歩前へと進み出た。

「突然の来訪、失礼致します。私はアイグレッテ・ストレイライズ大神殿内知識の塔管理者、ユカリ=トニトルスと申します。二週間程前に謁見の申請書を送ったと思いますが、届いていますか?」

「! 君があの……。待っていなさい、今調べよう」

そう言って、兵士の一人がなんだか分厚い帳簿のようなものを取り出してぺらぺらとめくりだした。どうやら予約リストらしい、指で文字をなぞるような仕草をしながら、予約待ちの人の名らしきものをぶつぶつ呟きつつ確認している。
やがて私の名を見付けたらしい兵士は、帳簿を鎧の腰についたチェーンに引っ掛けるとこちらへと向き直った。

「トニトルス殿、申し訳ないが君の謁見はあと五日程先に予定されている。街の観光などをされながら、お待ちいただけないか」

「五日……」

やはり先に手紙を送っておいて良かった。これが申請なしだったらどれだけ待たされたかわかったものじゃない。
私がわかりました、と返事をしようと口を開きかけたところで、背後に居たカイルが「そんなに待つの?」と嫌そうな声を上げるのが聞こえた。
いや、カイル。街に着いた時にも話したのに、もう忘れたの?一ヶ月以上の待機が五日で済むんだから待とうよ。
と、そこで「考えがある」と彼の肩を掴んで諌めたのはロニだ。
なんだろう、凄く嫌な予感がする。と止めるよりも早く私の横をすり抜けて兵士に歩み寄った彼は、ぼそぼそと小声でこんな事を言い出した。

「悪いんだが、試しに陛下に話を通して貰えないか? ――"スタンの息子のカイルが来た"、そう言って貰えればわかる筈だ」

と。

――ああ、やらかした。骨っこが危惧していたのはこれだったんだ。
ポーチの中でフィオが盛大なため息を溢しているのも聞こえる。間違いない。
よりにもよって英雄の名を、その息子という立場を予約の割り込みに使うだなんて。それがどういう事になるのかを、きっと彼はわかってない。
多分、使えるものは使ってしまおう、という程度にしか考えていないんだろう。浅慮というにも程がある。

そして案の定、スタンという名を聞いた兵士はあからさまに顔色を変え、確認して来ると言って相方の兵士を置いて慌ただしく奥の階段へと姿を消して行ってしまった。
確認に向かった兵士を待つ間、背後から凄まじい勢いでロニへと向かい怒気がぶつけられているのだけれど、彼はまるでそれに気が付いていない。
少し距離があったせいか、何を言ったのかがカイルには聞き取れなかったらしい。「なんて言ったの?」と問う彼に対しては軽い調子でごまかしている。
そして我慢しきれなかったらしい骨っこが嫌味をぶつけるも、それすらもまるで意に介さない様子で聞き流してしまっている。

「……付き合いきれんな。僕は暫く時間を潰してくる。お前達だけで会って来い」

「あ。待って」

くるりと踵を返し、出口へと向かう彼を追いかける。

「……お前もあいつらに付き合わんでいい。"謁見の礼儀作法"を知らん連中と一緒に恥をかく事はない」

「 ――――、ありがと、心配してくれて。でも、大丈夫。本人というわけでもないし、いきなり背後からぶすり、なんて事にはならないから。あと、離れるならフィオを連れて行って。話が終わったらこの子に連絡するから」

「呼ばれて飛び出、あだっ!」

「……勝手にしろ」

ポーチからジャンプして彼に跳び移ろうとしたフィオははたき落とされた。顔から落ちたらしく、鼻をさすりながらも彼のマントにしがみついている。

フィオをぶら下げたまま城から出て行ってしまった彼を見送り、カイル達の方へと戻る。
すると、先程確認に行った兵士の隣にもう一人、知らない人が増えていた。……誰?

「お話は終わったようですね」

「ええ。……あの、失礼ですが、」

「あぁ、申し遅れました。私はウッドロウ陛下にお仕えする近衛騎士兼・ラビエル騎士団の第四分隊隊長を務めます、ラピス=モートと申します。英雄スタン殿のご子息であらせられるカイル様のお迎えに参上致しました」

びし、と軍隊式の礼をするモート隊長。
ふわりとウェーブがかった金色のショートカットがよく似合う、すらりとした長身の女性騎士だ。
目鼻立ちの良く整った美人で、ロニなんかはあからさまに鼻の下を伸ばしている。

「これはご丁寧に。はじめまして、私は知識の塔管理者・ユカリ=トニトルスです。…………あの、どこかでお会いした事はありませんか?」

「……? いえ、私は貴女様にお会いするのは初めてだと記憶しておりますが」

「そう、ですか。なら、気にしないでください」

不思議がる彼女に構わず、謁見の間までの先導をお願いする。
向こうも不思議に思うだろうけれど、それは私も同じだった。……どうして、どこかで会った、なんて思ったのだろうか。
そもそもアクアヴェイルからセインガルドへと来て、そのまま知識の塔に引きこもり続けた私と彼女に接点なんてあるとは思えない。
行商に出る事はあっても、ファンダリアまで足を伸ばした事はないし、陛下直属の近衛騎士である彼女がこちらへと来る用事なんてそうそうない筈。

「うーん……?」

拭えない疑問と違和感に悩まされながらも、金の刺繍が施された赤い絨毯の上を進んで行く。


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あきゅろす。
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