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夜空を纏う銀月の舞
英雄の影5

街の中央を走る大通りを暫く歩いていると、やたらと大きく立派な石造りの門に出会した。
復興の象徴の一つとして建造された、博物館と図書館を兼ねた"英雄門"と呼ばれる物だ。
ここには天地戦争時代の古い資料から18年前の騒乱についての記録が収められていて、街の観光スポットの一つとなっている。
ここの施設を作るにあたり、アイグレッテにある知識の塔からも幾つか資料が提供されているらしく、写本提供などの記録が塔に残っている。

が、本格的な資料館というよりは記念館といった内容になっており、騒乱を解決に導いた英雄・及び仲間達の肖像画やソーディアンのレプリカの展示など、塔に比べるとやはり娯楽色が強い。
門の中に居た案内係のおじさんに説明を聞いたカイルは、例によって英雄という単語に反応して見学したいと騒ぎ出したため、私達は揃って寄り道をする事になった。

「わぁ、見て見てユカリ、父さん達の肖像画があるよ!……母さんも若いなぁ!」

「はしゃぐのはいいけど、展示されてる物に触ったり壊したりしたら大変だから気を付けてね」

「う゛、わ、わかってるよ!子供扱いしないでよ!」

ムスッとして頬を膨らませるカイル。ほら、そういうとこがもう子供っぽいよ、と言ったら「知らない!」と拗ねてしまった。
あらら、ごめん。でも可愛い。

ロニはロニでフィリアさんの肖像画や、英雄の仲間として描かれているマリーさんという人の肖像画を眺めては「若い頃のフィリアさんも可憐でイイなぁ……マリーさんはこう凛々しさがたまんねぇ」とかブツブツ言いながらうんうんと頷いている。こっちもこっちでいつも通りだ。

骨っこは大して興味がないらしく、壁を背にして寄りかかったままカイル達を眺めていた。
まあ、資料を見るまでもなく騒乱の当事者だったのだから、今更見るまでもないんだろうけど。

――と、ちょろちょろと興味の赴くままに動き回っていたカイルと、彼に付き合っていたリアラが私に話しかけて来た。

「ねぇユカリ、英雄の仲間だった筈のクノンやリオンの絵がないみたいだけど……どうしてか知ってる?」

……やっぱり、気になっちゃう、か。私としてはあまり触れたくない話題であるため、どう返事をしようかと少し悩んでしまう。
ちらと骨っこの方を見やると、彼は「構わん」と一言だけ返してきた。

「……二人は、一般的には英雄の仲間として認知されてない」

「そうなの?二人とも父さん達の仲間だったんじゃ」

「うん。でもね、リオンは……結果としてスタンさん達と敵対したのは事実らしいし、クノンの評価は、未だに真っ二つに割れているの」

彼女の評価が割れている理由は、グレバムから取り返した神の眼の再封印に関する事が原因だった。
当時彼女は、セインガルドとファンダリア両国共同の警備・監視に加えて自らの巫術での強力な結界による封印を神の眼に施している。
私が当時の記録と彼女のノートから解析したところ、それはある神話を元にした異界とこの世界を一部融合させるというとんでもない代物で、結界の解除は封印を施した彼女自身にしか恐らくは出来ないだろうというものだった。

だけど、セインガルドとファンダリアの警備兵が通報を受けて封印に使われた洞窟を調べると、彼女にしか解けない筈の結界が綺麗さっぱりと消え失せていた。勿論、神の眼は記録にある通り持ち去られている上に、彼女も姿を消している。

この事から、彼女もリオン同様、仲間を裏切りヒューゴ側に加担したのではないかという疑いがかけられた。
が、そこで疑問なのは、神の眼が持ち去られていると七将軍宛に彼女自身から通報の手紙が届いている事。
筆跡などの鑑定も彼女のものと一致していることから、これはなんらかの罠にかけられた彼女が、もしもの時に備え保険として残したものではないか、また、異変が起きた際に速やかに対処出来るようにしていたのではないかという意見が出た。
けれど、彼女の潔白を訴える声にこんな反論もあったらしい。曰く、

「ヒューゴ側についた彼女が、今度は自分がヒューゴに裏切られた時のための保身のために残した物ではないか」

と。

そして事実、大量の血に染まった彼女の刀……羽姫が突き刺さったセインガルド兵の死体が洞窟の前で見付かっている。
つまり、英雄達を裏切った彼女は、警備についていた兵を殺して結界を解除した後、ヒューゴと行動をともにしていた。しかし、やがて良心の呵責に耐えきれなくなった彼女は、最後に英雄達が目撃した地下洞窟でリオンとともに海底に沈む事で自殺したのではないか、という事。
結界が彼女のオリジナルかつ洞窟内部に一歩足を踏み入れるだけでも危険極まりなかった上、施術の際には機密事項として一時現場から立会人達を遠ざけていたらしい事もマイナス要因になっている。裏工作がし放題だ、と取られている。

勿論、世間のこんな意見に対して英雄達を始めとした彼女を知る人達は真っ向から否定しぶつかった。
けれど、この世界を揺るがす未曾有の危機に襲われた大多数の人々の意見を覆しきるのは容易じゃない。
人々を危機から救った英雄達と対になる、格好のやられ役……極悪人が求められていたから。

そして最後まで生きて解決した英雄達と違い、白というにも黒というにも証拠の足りない彼女という存在は、世界の人々の思う色に染めるには格好の的。
いつしかそんな扱いの彼女を哀れんだ一部の人達が呼び始めた称号、それが、"薄幸の騎士姫"だった。

「 ――そんなわけで、どちらにせよ灰色で中途半端な存在である彼女は、この英雄達を讃える博物館には不相応だとして取り扱われていない。……どちらかと言えばフィリアさん達寄りの意見の私としては、ちょっと複雑。こんな顔だし余計に、ね」

「……そうだったの。ごめんなさい、わたし、あなたを傷付けるつもりじゃなかったの」

「オレも、ごめん。でも二人ともきっと、他の人が言うような悪者じゃないと思うよ。だから、ユカリも元気出してよ」

語る声が少し暗くなっていたのかも知れない。そのせいで私が傷付いたと思ったらしい二人に大丈夫、と言って笑っていると、いつの間にやら傍まで来て一緒に話を聞いていたロニが三角帽子を持ち上げて私の頭を撫で始めた。

「……、何?」

「いやぁ別に?ちょうどいい高さにお前の頭があったもんだからつい、な」

「別に慰めなんて求めてない。彼女本人ならいざ知らず、私は別にへこんでなんて」

「いつも以上に"感情を殺したみたいな声"で喋ってた奴は黙って撫でられとけや。その評価のワリを喰って生きるお前だって、全くの他人事じゃねぇだろうがよ」

「…………」

普段頼りない部分ばっか見せてる癖に、こんな時だけイイ兄貴みたいな顔を見せるとか、ちょっと狡いと思うんだけど。
……ってちょっと。いつの間にリアラは私の手を握ったの。カイルまで頭撫でないで。
なんでみんなしてそんな優しいの。別に今更気にしてなんてないもん。


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あきゅろす。
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