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夜空を纏う銀月の舞
英雄の影3

翌朝。
まだ日の出も間もない時間から、骨っこに強制連行されて行った先でぼこぼこにされて来た私。
時間ぎりぎりまで続いた地獄からどうにか生還を果たし、食堂までやっとの思いで辿り着いたはいいものの。並べられた朝食を目の前にして、椅子に座りテーブルに頭突きするような格好のまま突っ伏していた。

「あの……ユカリ?生きてる?」

「め゙ぇ゙〜゙……」

「多分。だそうです」

「ご飯、食べられる?」

「み゙い゙ぃ゙〜゙……」

「死にそうだけどお腹はすいた。だそうです」

「お前よくンなモンスターの鳴き声みたいな言葉わかるな……」

「メイドですからっ」

私の後ろで、勝手に通訳してるフィオが胸を張るような気配とともに明るく声を弾ませる。
そういう意味で発音したわけじゃないけど、まぁ気分としてはだいたい合ってる。メイド凄い。

なんとか顔を上げて、おでこの代わりに顎をテーブルに乗せる。……うう、ミネストローネが私を誘ってる……。

器の中からゆらゆらと揺れる湯気。鼻腔を擽る香りが、空腹の私をたまらなく惹き付ける。
――と、カイルが何を思ったのか。そんな私の目の前でちちちちち、と舌を鳴らしながら千切ったパンを振り振りとし始めた。こんにゃろう、私は猫か。

「に゙ゃ゙ごぅ」

「あ痛っ!?ユカリ、指じゃなくてパン食べてよっ!?」

どうせなのでお望み通りガブリ。

「ふがふがもが」

「痛い痛いやめ……あはははは!だからって舐め……あはははは、くすぐったいってぇ〜!」

「何をくだらん事をやっている!さっさと朝食を食えっ!!」

「ふぉが!あも゙っ!?」

すぱーんと骨っこの平手打ちが後頭部にクリティカルヒット。
思わずくわえていたカイルの指を離した隙に、今度は空いた口いっぱいにコッペパン(しかも丸ごと)が突っ込まれた。

いきなり何すんのこの人っ!?

しかもそのまま手を離さずに、彼は「手伝ってやるから早く食え」と言わんばかりにぐいぐいと押し込んで来る。
突然の事態に理解が追い付かず、私はばたばたと手足を動かし無意味な抵抗をするばかり。

く、苦しい……。

「じ、ジューダス?ユカリ、苦しそうよ」

「っ!…………せっかくの温かい食事を前にして遊んでいた罰だ。これに懲りたらさっさと食べて出発の準備をしろ。僕は先に荷物を整理して来る」

そう言うと彼はそのまま、いつの間にやら空っぽにしていた自分の食器を手に私達の席を後にした。
どうやら私がへばってる間に食べ終わっていたようだけど、なんだかいつもと様子の違う彼が気になった。

「もが」

「お前的には多分、今シリアスに考え事してる最中なんだろうが、せめて口からはみ出たパンをどうにかしろよ。行儀悪いぞそれ」

「さすがです、ユカリさま」

なにが。

――さて、そんな騒ぎを乗り越えたお昼前。

私達はスノーフリアの街を後にし、柔らかな雪の積もる真っ白な雪原をひたすらに歩き続けていた。
残念ながら、相も変わらず天気は少々不安定なようで、薄い雲に遮られた太陽の光は弱く、時折ちらほらと雪が降ったり止んだり。
降ったとしてもそれほど強く吹雪くわけではないので、視界を奪われる事も無い。

さくさくと踏みしめる雪の感触が新鮮で、少し楽しい。
半月ほど前までのように箒に乗って移動していたならば、まず味わえない楽しさ。
こういう道を自分の足で歩くのは確かに大変だけれど、歩く事でしか感じられないものがあるという事を忘れてはいけないな、と改めて思う。

物資を輸送する隊商や、首都と港を行き来する旅人達、街道の安全を確保するための討伐隊などがそれなりに通るためか、幸いにして道が全くわからなくなる程までには雪は積もってはおらず、どうにか迷わずに進めてはいると思う。
先頭を歩く骨っこも地図とコンパスを駆使して慎重に進んでいるし、私も魔物との戦闘後などは箒で上空高くまで飛んで方角を小まめに確認する手伝いをしているからだ。

そうして今もまた空へと上がり、向かう方角が合っているかを地表の骨っこに知らせてから降り立ったところで。

「ご苦労。しかし今更だが、まだその仮面を着けていたんだな」

「ん?まあ」

スノーフリアで防寒具を買ってから、私はフードを脱いでいた。買った防寒具を使うのに、マントはともかくとしてフードの上からマフラーを巻くのは妙に首が締まって苦しいからだ。あと帽子を合わせたら絵面的に物凄くダサかった。……わ、わかってたけど一応、ね。
そんなわけで、今私の顔を覆うのは仮面一つのみ。
彼と二人で並ぶと怪しさ五割増しくらいになるという素敵加減だったけど、これは私も譲れない部分なので許して欲しい。元から怪しいという突っ込みは却下。

「まあいいが。先程の戦闘、二回程急所を外している。雪に足を取られるのは仕方ないが、もっと足腰を鍛えろ」

「ん。頑張る」

彼はあれから、こうして魔物との戦闘後に評価と指導をしてくれるようになった。
私の戦闘スタイルがこれまでよりも白兵戦寄りになった事で、彼としても指導し易くなったのかも知れない。今の私は前寄りの中衛になっていて、私の代わりに今はフィオが後衛に回っている。彼女もリアラ程ではないとはいえ、一応回復術を使える。そこだけ見れば、私よりも後衛向きなのかも。

「それとカイルが退がった時のタイミングだが――!?」

指導の続き、と彼が口を開いた時だった。
突然べしゃ!といっそ間抜けな音を立てて彼の仮面に白い塊のような何かが激突して砕け散った。
それが飛んで来たであろう方向を目で追うと、少し離れた所で何故か雪まみれになっているカイル達四人が「やっちゃった」とでも言うような顔で固まっている。
彼らの手には先程の白い塊と同じ物だろう球体が握られていて、互いにぶつけあってじゃれていたのか丸い跡が服のそこかしこにこびりついていた。

「ゆき、合戦?」

「……フッ、くだらん遊びをしていたらしいな。今のは僕にも参加しろとでもいう意味か?残念だったな。僕はそのような子供じみた遊びになど付き合うつもりはない」

流れ弾の被害に遭った事が苛立たしいのか、しかしこめかみの辺りに軽く青筋を浮かべながらも彼はぐっと堪えた。けど。

ぼすぼすぼすっ!

怒涛の三連射。それを放ったのはカイルにロニ、さらにリアラだ。三人はそれぞれの手に次弾を装填済みで、それはもう楽しそうにクスクスと満面の笑み。
「せっかくの雪国なんだから、目一杯楽しもうよ!」と全員が訴えている。……うん。

「お前ら……人のはな ―― ――ッ!?おい誰だ今雪の中に晶術を混ぜたヤツは!?」

「げ、バレた!わーい逃げろー!ストーカーが怒りましたよー!」

「貴様か馬鹿メイド!!そこへ直 ―― ――ぐあっ!!?」

フィオが雪玉の中に晶術の氷を混ぜていたのか、再び一斉に投げつけられたそれらを彼が剣で弾いた時にやたらと硬い音が響いた。
堪らず憤慨して走り出そうとした彼の背中に、私からも魂の一投。早朝から、むしろ初日から鬼のような容赦ない地獄を見せてくれた彼への感謝の気持ちを込めてみました。

「……おい、今のはなんだ」

「私から骨っこへのうら――感謝と尊敬を一球入魂」

「よし、斬るっ!!」

あら、つい本音がぽろっと。
箒に乗って一目散に空中へと飛び出す私を、かの酒呑童子も真っ青で逃げ出すような凄まじい形相で追いかけ始める彼。
いつの間にこしらえたのか、片腕一杯に抱えた大量の雪玉を速射砲よろしく恐ろしい勢いで投げつけてくる。
ああいう風に、肩肘張って素直に遊びの輪に入れなかった誰かさんが懐かしくて、ついあの頃のように悪戯してしまった。

「こら貴様!!降りて来い!飛ぶんじゃない!」

「やだ。悔しかったら撃ち落としてみればいい」

「ほう、言ったな……!撃ち落とすから後悔しろっ!!」

弾丸のようにびゅんびゅん飛んでくる雪玉の数々を掻い潜りながら、私は暫く時間も悩みも、心を沈める全てを忘れて楽しんでいた。

結局宣言通りに撃ち落とされて、雪だるまにされたのはまた別のお話。
…………みんなずるい、一対五なんて避けられるわけ、ない。


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あきゅろす。
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