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夜空を纏う銀月の舞
英雄の影2

あれから数時間ほどして、日が落ちる前にスノーフリアへと船は辿り着いた。
長い間お世話になったアルジャーノン号の船長さんを始め、船員の皆さんに挨拶をして船を降りる。
船へと架けられた簡易橋から一歩地面へと足を降ろせば、ぎゅむ、と積もる白い雪にブーツの底が沈み。空を見上げれば、灰色の雲からははらはらひらひらと綿のような真新しい雪が柔らかく降り注ぐ。

降り立った港から見える景色を見渡せば、せっせと屋根に積もった雪を地面に落とす人や、大きなドラム缶に火をくべて暖を取る人、あるいは飼い犬と一緒に走り回る子供の姿などがあった。

故郷のアクアヴェイルや住み慣れたアイグレッテとは随分とまた色の違う、そんな景色に、なんだか随分と遠くまで来てしまったような、不思議な寂しさのようなものを感じてしまう。

そういえば、「お帰りの際は是非またアルジャーノン号に!」と笑顔を見せる船長さんと握手をしていた時、脇ではリアラがサインを求められていたり、フィオに庇われたらしい船員さんが彼女に交際の申し込みをしていたりしていたのには思わず笑ってしまった。
二人とも物凄く困った顔してあたふたしてたから。

ついでにロニは船を降りる他の乗客に声をかけ、何故かいきなり平手打ちを喰らっていた。
カイル曰く、「あの女の人に声かけるの、もう5回目だよ」だそうで。
なるほど、それだけしつこくされたらビンタの一発でも入れてやりたくなると思う。

そんなこんなでスノーフリアの港を出て街へと入り、今日はもう遅くなってしまったという事で宿を取る事にした。
骨っことロニが宿に予約を入れている間、余った四人で防寒具などの買い出しに出かける事に。

彼らと一旦別れ、広場へと出た時だ。

「うっ……!?」

一瞬、頭に鋭い痛みを覚えて思わず呻き声が出てしまった。一体何が?と疑問に思いながらも周囲を見渡すと、奇妙な事に誰も居なくなっている。
――いや、人は、居る。
背の小さな金髪の癖っ毛を揺らしながら泣きじゃくる女の子と、その子を抱き締める女性。
そしてその女の子の頭を撫でてあやしながら、女性と会話していると思われる素振りの、ポニーテールの少女。
それを私が認識してから数秒、再び襲ってきた鋭い痛みに思わず目を閉じてしまい、姿を見失ってしまった。
そしてその瞬間にはもう、元の通りの平和な街並みが視界に戻っている。幻にしては感覚が妙だ。

……今の、何?

――と、隣を歩いていたカイルが盛大なくしゃみを響かせた。

「ふあ〜、ふあ〜、ふあっ、クション!ううっ、寒い」

「くちゅんっ」

「……二人とも、大丈夫?」

「うん、オレはなんとか」

「わたしも大丈夫、でも早くコートが欲しいかも」

「だね。このままじゃ風邪引いちゃう」

明らかに寒そうなリアラもだけど、丈夫そうなカイルまで鼻からツララを垂らしてる。……まぁ二人とも、結構薄着だしね。

「なんか、ユカリは平気そうだけど……大丈夫?我慢してない?」

「ん。私は服、二重に着てるし、ローブに耐寒と耐熱の魔法かけてるからへっちゃら」

「なにそれズルい!」

「いいでしょ。カイル達の服にもやってあげたいけど、宝石の粉で式を描かなきゃだから脱いで貰わないとだし」

「こんなとこで素っ裸とかヤダよっ!?」

だよね、と笑いつつ、装飾品屋さんの扉を開けて中へと入る。つい先程の光景が気にはなるものの、今は彼らが風邪を引く前に装備を整えよう。
一歩足を踏み入れれば、中の温もりに二人ともにほう、と息をついて安心したような顔になった。
奥を見れば、大きめの暖炉の中でぱちぱちと音を立てながら炎が揺らめいている。

「へいらっしゃい!……お客さん、ファンダリアへは着いたばかりかな?防寒具のコーナーはあっちの一画にあるから、この国で過ごすつもりなら是非ウチで準備していってくれ」

「おじさんありがとうっ!リアラ、向こうだって!」

「あっ……カイル引っ張らないで!」

私達に気付くなり、早速声をかけてくれたおじさんに案内され、二人はばたばたとコートやらセーターやらが飾られた場所へと走って行った。
丁寧にありがとうございます、と一言礼を言って、私もそちらへと向かう。

さすがに雪国の玄関口なだけあり、その品揃えは素晴らしかった。
毛皮のコートにジャケットにマント、手袋やマフラー、ついでに腹巻きなんかもあって、まさに選り取り見取り。

「……ロニはこれでいっか」

「ユカリさま、それだけっていうのはさすがにロニ様が可哀想ですよ。あとデザイン」

私が手に取ったのは、ニットの腹巻きだった。
お腹の真ん中にくるだろう位置には、可愛らしく林檎のアップリケ。ついでにカラーは緑色。

「ええー……」

「ええー、じゃないです。確かにあの人お腹冷えそうですけど。せめてこれもつけてあげましょうよ」

私のポーチから上半身だけ出して覗いていたフィオが指差したのは、毛糸で編まれた淡いピンクの手袋だった。
両手を結ぶようにして、恐らくは紛失防止用のものだろう一本の糸が取り付けられている。

「あ、いいねそれフぎゃんっ!?」

「お前ら人が居ないと思って、なんつーモン選んでやがんだコラッ」

「痛い……骨っこといいキミといい、なんでそう私の頭ばっか叩くの」

「偏にお前がバカだからだ」

「ひどい……」

私がフィオの指した手袋を取って眺めているところに、チョップを入れつつロニと骨っこが現れた。
どうやら宿の予約は空きに余裕があったようで、然程時間を取られる事もなくすぐに終わったらしい。
そこで微妙に嫌な予感がしたらしいロニは、面倒くさがった骨っこを連れて私達を追いかけて来たとの事だった。

「ったく、油断も隙もねぇ……ほらお前らもとっとと自分の分を選んで来いよ」

「私達は大丈夫。だから予算はみんなに回して」

「はあ?んなワケねぇだろうがよ。いいから遠慮すんなって」

同じ説明するの面倒なんだけど、と思いつつもローブの魔法効果について説明する。
けれど結局、私も防寒具としてロニが選んだマントにマフラー、鐔広の黒い三角帽子を買わされた。
濃い青のマントは首もとに薄いシルバーの金属プレートが付いていて、プレートの両側から約3センチずつ伸びているチェーンで繋げられる。マント本体に付けられたホックに引っかけたチェーンを外せば、簡単に脱げるタイプだ。
白いマフラーは長めのもので、くるりと一周しても結構余る。……ふわふわしていて正直、あったかい。
どちらも私の黒いローブに合わせられていて、センスは悪くなかったんだけど、最後の帽子……。

「意外。もっと変なのが来ると思ってた」

「お前な、俺を馬鹿にし過ぎだろ。これでも日夜ファッションの研究には余念がないんだぜ」

「……で、受け取って貰えた事は?」

「後日"私に似合うものをありがとう。でもお付き合いは出来ませんのでお返しいたします"という手紙つきで9回中9回返品されたよちくしょう!」

センスはいいんだけどなぁ……。お付き合いもしてない男性にいきなり物贈られても受け取れないというか、重いというか、困るというか。ついでにベタなオチ(いかにもな帽子)を忘れない辺り残念な性分というか。せっかくだから被るけれども。

「そっか。じゃあ、私がロニが選んだ服を受け取った女の子一号だね」

「ユカリ〜!俺の努力がいま!!報われたっ!お前は天使だなぁ……くぅっ……!!」

「お付き合いはしないし、実際に買ったのは私だし、ついでに天使じゃなくて魔女」

「あぁわかってたよそんなオチっ!!うぉおお〜ん!」

……うるさい。

やたらとオーバーなリアクションで文字通り泣き崩れるロニの頭を撫でて慰めていると、それぞれ自分の分の防寒具を調達して来たみんなが集まって来た。

「お待たせ〜!……って、なんでロニは泣いてるの?また誰かにフラれたの?」

「面倒だからあまり苛めてやるな」

悪気はないんだろうけど、さらりとロニの地雷を踏み抜くカイルに、心底呆れたようなため息を吐く骨っこ。
年長者の面目は一体どこに。

「強いて言うなら……私に……かなぁ……?」

「ロニ、元気出して。ね?買い物終わったら、みんなでご飯にしましょ?」

「りぃぃぃあぁぁぁぁあらぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぐぇ゙っ゙」

優しくされて感極まったのか、ついにはゾンビみたいな声まで出してリアラにしがみつこうとしたロニ。
そうはさせまいと彼の首根っこを掴まえてストップをかけつつ、私達は装飾品屋を後にしたのだった。

彼の努力がいつの日か、報われる時が来ますように。


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あきゅろす。
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