[骸] ショコラヌード
バレンタインというものの存在を知らなかったわけではない。
何をすべきなのかを知らなかったわけでもない。
ただ、単純に面倒だったからスルーするつもりでいた筈の名前の手には、それはそれは見事なラッピングが施された一つの包みがあった。
可愛らしいラッピングと正反対なのは名前の表情である。
隣にいるクロームも、そのあまりの迫力に声をかけられずにいた。
「さぁクローム、行くよ」
クロームの頭に言葉が過る。
“触らぬ神に祟りなし”
けれどもクロームは既に触ってしまっている。
祟りを起こさないようにするには、温和しくついていくしかないようだ。
「あの野郎、絶対ぎゃふんと言わせてやる」
「名前さん……落ち着いて」
今どきぎゃふんなんて使わない、等という軽口をまさか言える筈もなかった。
ドアを破壊せんばかりの勢いで叩いても、何の変化もない。
変化したのは名前の眉間の皺である。
クロームの頭に過った諺にさり気なく名前から距離を取ろうとした矢先、名前は鍵のかかったドアノブを渾身の力で捻った。
これには驚いて名前の腕を掴もうとしたけれども、時は既に遅かった。
「何なんですか、貴女」
バキリと音を立てて外れたノブを、ドアの先にいた人物へと野球選手顔負けのフォームで投げ付ける。
呆れ顔の骸はそれを易々と避けてみせた。
ノブは壁にめり込んでその役目を終えた。
「居留守を使うなんて失礼じゃないですか」
「おや? ノック音は聞こえませんでしたが」
ああ、今度は包みがノブの二の舞になってしまう。
ドア口でさり気なく事の成り行きを見守っているクロームは自分の包みを守るように胸に抱いた。
「あまりに乱暴なものでしたから、てっきり敵襲かと思いました」
女性のノックではなかったですね、あぁ貴女は女性ではなく雌でしたか、という言葉についに名前の手から包みがなくなった。
行き先は勿論骸だ。
今回も完璧なフォームで投げてみせたそれを、今度は避けずに易々と受け止めてにやつく骸に、名前の頭から湯気が出た。
元々、ここへ来る前から半分近くキレていたのだから、沸点に達するのに時間はかからなかったらしい。
「パイナップルの分際で! 今すぐ窒息してくたばってしまえ! このナルシスト馬鹿!」
壁いっぱいに逃げていたクロームは名前によって吹き飛ばされていくドアの行方を見守った。
名前は勢い良く部屋から飛び出して、そのまま壁に一発蹴りを入れて猪のように去っていった。
取り残されたクロームは、少し逡巡しながらも中へ入った。
「骸さま……」
「どうしました?」
中には、先刻投げ付けられたショッキングピンクの包みを乙女のように胸に抱いた骸の姿があった。
END.
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