SIDE メトロ ハングレイブ・ディオタールは眠るように息を引き取った。 葬儀はささやかに行なわれ、同業者や大学の同級生達は若すぎる彼の死を悔やんだ。 メトロ=セデアロもその一人だった。三日前に別れたばかりだというのに、ハングは亡き人になってしまった。 葬儀のあったロシアから、ヨーロッパの我が家へ帰ってきても食は全く進まない。大切な友の死は辛いものだ。 「パパー! ハングのおじちゃん、どうかしたの?」 幼い息子はまだ人の死を理解出来ないのだ。そんな息子を膝の上に乗せ、メトロはセロの頭を撫でてやる。 「セロ。ハングは……もう会えない遠くへ行ってしまったんだよ」 「えぇー! やだーっ! 僕もっと遊んでもらうのー!」 駄々をこねるセロに、メトロは困りながらも笑みを浮かべる。 「うーん、困りましたね。今のセロでは遊んでは貰えないんですよ。セロ、あの写真立てを取って来て下さい」 「はーい」 セロはメトロの膝の上から降りて、棚の上の写真立てを背伸びして取ると再びメトロの膝の上に登る。セロが持ってきた写真立てに入っている写真は、メトロが学生だった時の物だ。 何かの宴会で撮ったものなのか、10人弱の男女がビールジョッキを片手に笑っている。 「あ、これパパだよね。こっちはハングのおじちゃんだ」 セロは自分の知っている者を指差しながら嬉しそうに笑う。 「そうだね。それで、この女の人がいるだろう」 メトロが指差すのは一人の女性。金や赤など色鮮やかな人の中で一際目立つ黒い髪と瞳の東洋人の女性。 「この人がね、一足先に遠くに行ってお酒を飲んでいるんだ。一人じゃ寂しいだろう? だからハングはそこへ行ったんだ」 「そっか。一人じゃお姉さんも寂しいもんね。じゃあ、僕も大きくなったらまたハングのおじちゃんに会えるよね」 「あぁ、そうだよ。そろそろ寝る時間だよセロ。お休み」 「うん。お休みパパ」 セロは妻に連れられてリビングから出ていった。それを見送り、メトロは写真立てを元に戻してからキッチンへ向かう。冷蔵庫からビールを取り出し、ソファーへ座るとジョッキへとビールを注いだ。一口飲んでから、目を閉じた。 思い出すのは懐かしい学生時代。友達や先輩、後輩に囲まれて笑い会う日々。 あの頃からハングは良く笑う男だった。無表情……というか感情を押し殺す彼女を笑わせたのもハングだった。 「ハング……先に千石先輩と向こうで仲良く飲んでください。僕がおじいちゃんになって最高の人生を終わらせたらそちらで一緒に飲みましょう」 おそらく彼女の息子の話を酒の肴に楽しく過ごしているだろう。二人とも超がつくほどの親バカなのだから。 「おーい、メトロも早くこいよー!」 「ハング君、あまり無茶言わないの。メトロ君も無理しなくて良いのよ」 「先輩は黙ってくれよ。折角の祝いの席なのに一人だけ写真に写らないなんて寂しいだろ」 「だけど、無理させるのは良くないよ」 「千石先輩、僕は大丈夫ですから……」 「よし、よく言ったメトロ。はやく来い、撮るぞ。んじゃ、ハイ、チーズ」 思い出の中で笑い続ける……君の笑顔が色あせる事はない。 ハングレイブ・ディオタールは、彼等の中で生き続けることだろう。 ACT.27 変えられぬ、運命 END |