一瞬、演技かと思ったハングだが震える手を抑える子供の姿はどう見ても演技には見えなかった。 『それに……僕は千石時也の過去を変える事は出来ない』 セティルバレイスから出てきた意外な名前にハングは目を見開く。 (どうしてこいつが……って神だもんな。人の過去を見るのは朝飯前か……) 時也の過去はハングが思う以上に辛いものだと思う。ハングが失ったのは友人。時也はもっとたくさんのものを、人だけではなく心までも失った。 変えられるものなら変えたいと思う過去だろう。それを知っていても変えられないというセティルバレイス。 泣くのを我慢する子供のように俯いてじっと自分の足元だけを見ている。それが自分の子供の時の姿なのだから妙なものだ。 両親に自分はこんな風に映っていたのか思う。とても小さな守るべき大切な息子。 セティルバレイスの頭にハングは手を乗せぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。 『うわっ!? な、何するの!?』 「らしくないこと言ってんなよ。初めて会った時の図太さはどーしたんだ?」 初対面でありながらハングが死ぬと平然と言ってみせたセティルバレイスの姿はどこにもない。短い間だが随分と好かれたものだ。 「お前に言われてから、ずっと考えてたんだよ」 自分がもう少しで死ぬ、そんな事を知るのは病人か死刑囚ぐらいかと思っていたが、ひょんなことからそれを知ってしまったハング。それから毎日はやけに鮮明で、楽しくもあり、悲しくもあった。 こんなに充実した日々は今までにはないだろう。 朝を向かえることに喜びを感じ、ありがとうと言うたびに人の暖かさを感じた。いつ死んでも後悔がないように、そう思いすごす毎日は、今までの30年間よりも素晴らしいものだった。 そして 願うのはただ一つ。 「死ぬときは誰かの役に立ちたいってな……」 一見、善人的に見えるが、それはただの偽善だ。誰かのために死ぬことで、その誰かが自分を忘れないでいてくれる。 この世に未練が無いというの嘘になる。だから最後まで足掻き続ける。 「俺は運命なんて信じない。俺の死は俺が決める」 『ハングレイブ……』 申し訳なさそうな顔をするセティルバレイスへ向けてハングは笑った。 「だから、らしくないって言ってんだろ。お前はいつもみたいに笑ってろ」 『……ひどいよそれ、まるで僕が何も考えてない見たいじゃん』 「あれ? 違ったのか?」 『その笑顔ムカツクなぁ……じゃあ、やるよ』 「あぁ……時也のこと……頼むな」 セティルバレイスは何も言わない。けれど、まかせても大丈夫だろうとハングは思った。 世界が動き出したと思ったら目の前のにいた人形も、魔王サハラも消えていた。上手くいった、と笑いたくても体が言う事を聞かずにハングは倒れた。 「先生っ!」 時也は倒れたハングへと駆けより、ゆっくりと上半身だけを抱き起こす。 「時……也……か?」 「先生! しっかりしてくださいハング先生!?」 傷口は見当たらない。ただ体が氷のように冷たかった。肌も血の気が無くなり青白い。 「何泣いてんだ?」 ポタリ……と時也の涙が頬を伝うのを感じた。小さい頃から変わらない。どうしてお前はそんなに泣き虫なんだ。 友人の家に顔を出す度、自分を見て泣く子供。外国人の顔つきが怖いと泣いていた。笑うようになったのは、母親が亡くなり自分が引き取って一年ぐらい経った頃だ。 それからだんだん泣く事は減っていって、今じゃ一緒に酒を飲めるほどでかくなったのに。それでもまだ泣いている時也。 「ハング先生……死なないで下さいよっ!」 あぁ、死にたくないさ。お前が泣き虫に戻っちまったら、心配で死ねないだろ。 折角、人形達を助けて、この町をこんな風にした元凶を格好良く倒したってのに、お前が泣いてたら意味がないだろう。 運命から足掻いてやるなんてでかい事言ったのに、最後に見るのが時也の泣き顔か。どうして笑ってくれないんだよ。 「これが……俺が信じてこなかった『運命』ってやつか……」 「先生! もう喋らないで下さい」 だったらいい加減に泣き止めよ。いい大人がそう泣くなっての……。はぁ、俺ってまだ32なのにどうしてこんなでかい泣き虫な息子がいるかな……。結局、女は出来ないし、結構寂しい人生だったよな。 「泣くな……俺の息子なら……どんなに辛くても笑えよ……時也、愛してるぞ。俺の自慢の息子だ……」 「っ! ……はいっ!」 そうそう、いつでも笑ってろ。お前は母親に似て美人なんだから。 あぁ……くそっ……霞んで……見えない。 「先生!? ……ハング先生!」 |