「先生! 無事ですか!?」 ワープの光が辺りを包みこむ。その中からハングの知る声が聞こえた。 ハングのことを先生と呼ぶの唯一人。千石時也だけだ。 「バカ! お前なんで来た!」 助けに来てくれた嬉しさよりも、時也を危ない目にあわせたくないという親心の方がハングの中では強かった。 「すいません。だけど不吉な予感がしたから、いてもたっても居られなかったんです」 苦笑いしながら自分の元へ駆け寄る青年は友人の大切な忘れ形見。自分の息子同然の守るべき存在。 「だからってなぁ、やばいと思ったら来るなっていつも言ってんだろ」 アルタイルという未知の世界を研究する手前、もしもの時の為に戦闘訓練などもやっているが、今回は相手が悪い。時也を守りきれる自信がハングにはない。 「ふふ。観客を用意してくれるなんて、随分と嬉しいことをしてくれる……さぁ、はじめましょう。最高のエンターテイメントをね」 セティルバレイスの言う助けがただの人間の男。これならサハラにとってたいした問題にもならない。むしろ大切な者の目の前で殺す事が出来るなんて最高ではないか。 「美しいわたくしの人形達よ……その命を美しく散してあげなさい」 サハラの目の前に現われる赤い血の涙を流す美しい人形。一人は少女としか言えない人間ともう一人は有翼人の男。 人形というには本物そっくりの動きでハング達を襲う。 「くそっ! 何だ、この動きは……本物そっくりじゃねーか」 少女の投げるナイフをよけ、ハングは接近戦へと持ちこむ為に走りだす。 「当たり前でしょう。一ヶ月前までは生きていたんだもの」 「なっ!」 驚くハングと時也を面白そうに見つめながらサハラは続ける。 「この子達は幸せよ。美しいからこそわたくしの人形として永遠の美を手に入れることが出来たんですもの。年老いて醜い姿で死ぬよりは良いでしょう」 「狂ってやがる……」 己の意志なき人形の姿で生き続ける事のどこが幸せだというのだ。 「たとえどんなに見た目が良くても中身が汚れてりゃ意味ねーんだよっ!」 少女の細い首めがけて、蹴りを入れればバキッと嫌な音をたてる。首がありえない方向へ曲がった人形はもがくように手足を動かしていたがやがて止まった。 「あらまぁ、せっかく作ったのに……。けれど、代わりの人形は幾らでもいるもの。そろそろ在庫処分をしようと思っていたから丁度良いわ」 次々と現われる人形。性別、年齢、種族を問わず様々なものがある。この人形達すべてがもとは普通に生きて動いたのだと思うとぞっとした。 この魔王は自分娯楽のためだけにどれほどの命を奪い、そして要らなくなったらゴミのように捨ててきたのだろう。 「許さねぇ……。こんなことが許される筈がねぇ……」 どうにかして、彼等を助けることができないのだろうか。こんなゲス野郎に奪われていい命など一つもある筈がないのだから。彼等を人形になる前の時間へと戻す事は出来ないのか……。 「時間……そうか!」 ハングは自分の持つ神のことを思い出した。時空神と名乗る彼ならば、時を戻す事だって出来るに違いない。 ハングはコートの内ポケットにある手鏡を手に持ち叫んだ。 「セティルバレイス、俺に力を差せっ!」 『分かったよ』 そして、世界は色と時を無くした。全てが灰色になった。色があるのはハング自信と、セティルバレイスだけ。すべての時が止まった。動く事が出来るのも二人だけ。 『僕が時を止めたんだ。そっちの方が良いと思って』 セティルバレイスは無表情だった。いつもの笑顔の仮面は綺麗に剥がされている。 「あ……あぁ、助かった」 本来の彼の姿なのだろうが、覚えたのは違和感のみ。胡散臭い笑顔だと思っていたハングだが、これなら笑っている方がましだと思った。 『君の望む物は何?』 「あの人形達の時間を、あの野郎に会う前に戻したい。出来るか?」 人形達は何も悪くない。倒されるべきなのは魔王サハラ一人だけで良い。 『出来るよ』 「じゃあ、あの野郎を未来へとばす事は?」 念には念を入れるべきだ。元凶ごと消してしまえば安心できる。 『う〜ん……それは難しいよ。未来ほど不安定なものはないからね。ただ、地球から追い出して、アルタイルに送ることは出来るよ』 「それで頼む」 全てが上手くいくとは始めから思っていない。人形達のことが上手くいった事だけでも良しとしよう。過去へ戻すという事は歴史を変えること、いくら神とはいえできないこともあるだろうと予想はしていたのだ。 「……どうした?」 まったく力を使うそぶりを見せないセティルバレイスにハングは気になって声を掛けた。 『……歴史を変えるには君の命を使わないといけないんだ……』 辛そうに手を握りながらセティルバレイスはいった。 |