SIDE ヨーロッパ ヨーロッパの街上空。すでに半分ほど姿を変えた街を見下ろして、サハラは高らかに笑う。 「素晴らしいわね……。醜きものなくしての真の美。人間ごときに地球は勿体無いわ」 笑いを抑えると今度は目を細める。 「けれど……メイン・ターゲットを外したのは少し欠点だったわね」 地上を細部まで見通す、人間のいる気配は全くない勿論あの男の姿も。 「……」 サハラは暫く様子を見ることにした。 「はぁ……はぁ……。くそっ!」 サハラが今回のメインターゲットとしている男、ハングはある建物の中を延々と走りつづけていた。その建物は今となっては珍しい超高層。なんとその階数は100階以上ある。 ワープポータルやエレベータを使えばすぐだが今はそういった魔術関係や電気機関は全て停止していた。ハングは暗くて狭い非常階段をただひたすらに登り続ける。 目差す最上階。いや、その上の屋上。 「だぁ! 何だよあのカマ野郎はっ!」 『魔王だって言ってたじゃないか。それに気づいただろ、あの魔王……君と同じだよ』 ハングの頭にセティルバレイスの声が響く。 「あいつも……神をもってんのか? 魔王だってのに……」 『君達、人間が思い浮べる神と僕達は違う存在だからなぁ……別に良いと思うけどね』 いつも笑みを浮かべているが、全く本暗を見せる事のない子供の姿の神は……やはり笑い続ける。ハングは溜息をついてから最後の階段を登りきり屋上への扉を開けた。 「くっ!」 突然の強風に思わずハングは目を閉じた。 「フフフ……よく来たわね。神を持つ者よ……潔くわたくしの手で死になさい。ある意味、貴方は同業者……特別に美しく死なせてあげるわ!」 そして目を開けたら、屋上の中央には足をつく魔王サハラ。 「はっ! 俺がこれ以上格好良くなったらどうすんだよ。女どもがほっとけなくて面倒なことになるだろうが」 「そう言わないで。芸術作品となり神をわたくしにお渡ししなさい」 サハラの目的はハングの命よりも、セティルバレイスのほうだった。けれど一度契約した相手が死ななければ新たな契約は不可能。どちらにせよ、ハングの命が狙われているのは変わらない。 『サハラ……って言ったけ? キミ馬鹿だよね』 ハングを庇うように子供のころのハングの姿をしたセティルバレイスがサハラの前に立つ。 「わたくしが? 寝言は寝て言いなさい坊や」 『それは僕のセリフだよ。本当に僕と契約出来ると思っているの? 人間によって弱まったウェネスト一人を従えているだけの君が……』 セティルバレイスは笑顔だ。人間の子供の姿をして神としての力も感じもしない、ただの子供の笑顔にサハラは寒気を感じた。 「ええ、そうよ。わたくしにできないことなどありはしない」 いつも通りに話す。そう、わたくしが何かを怖れるなどあってはいけない、と自分に言い聞かせながら。 『なるほどね。それじゃあ、ウェネスト。君はどう思う?』 セティルバレイスがサハラの後ろへ視線を動かせば、そこに現われたのは一人の男。無表情のその顔はハングが一度会った東洋系のディライアを思い出させる。 『……』 目を合わせようともしない、無言のままの男を見てセティルバレイスは悲しそうな笑みを浮かべる。 『うん、どうやらグリフィードの言った事は本当だったみたいだね』 “グリフィード”という名前にだけ、ピクリと反応を見せるウェネスト。 それを見たセティルバレイスは少しばかり安心した。最愛の妹神だけでも覚えているなら、まだどうにかする事が出来る。 『可哀想だけど……僕にはどうにも出来ないや』 「わたくしに分からぬ話をするのはお止めなさい」 話題においつけないサハラが無視したセティルバレイスへと怒鳴りつける。こんなことなど、生まれてから一度もなかった。自分が無視されるなど有り得ない。 『自分の無知を人のせいにするのはどうかと思うけど』 サハラの怒りをあおるように、セティルバレイスが言う。楽しそうに笑みを浮かべながら。 「おい、あんまりあおるなよ!」 ストップをかけたのはこの場で最も弱い存在であるハングだった。セティルバレイス自身は殺しても死なないが、人間であるハングはそうもいかない。敵のサハラを怒らせて笑ってなどいられないのだ。 『それもそうか。でも、時間稼がないと助けはこないじゃんよ』 セティルバレイスの言葉はハングだけではなく、サハラまで驚かせた。近くに人の気配は微塵も感じられない。助けなど来る筈がないのだ。 けれど用心にこしたことはないし、その前にさっさと終わらせなければならない。 そうサハラが思ったのと、目の前が光に包まれたのは同時だった。 |