SIDE セシル アルタイルには四つの地域が存在している。 機械技術が発達した地域。 獣人達が住む自然豊かな地域。 妖怪、鬼といった者達が住む地域。 そしてここ、悪魔や天使が住む地域。 「あら? あらあら……誰かと思えば、セシルじゃない。久しいわね、百年ぶりかしら。相変わらず美人ねぇ……うふふ」 「あぁ、久しいなサハラ。ところで……本当にあの地球という星を支配するつもりか」 「えぇ。だって天使を倒すのは貴方なのでしょう? ……ならば、ここは貴方に譲り、わたくしはあの星へと赴くつもりよ。それに……同族同士で争う醜い人間などいないほうがあの星はもっと美しくなる筈だもの……」 「そうか……ならば私は天使を殺し、ありがたくこの地を貰い受けよう」 「うふふ……美しい貴方が支配する、美しい国。とても楽しみだわ」 「期待に添えるよう、努力しよう。それでは私はこれで失礼する」 「えぇ、それではまた。ごきげんよう」 魔界の地、北西にはカルデラ湖が広がっている。その湖の中央には魔界を二分する魔王の一人、セシルの城がある。 美しい白亜の城はこの魔界において、どこか異様な情景であった。その城の最上階の王座にセシルは座っていた。開いた窓から生暖かい風が入り込み、セシルの長い銀髪を揺らす。 この風は、始まりの合図。 「サハラが動いたか……。随分と時間が掛かったが……まぁ、良しとしよう」 セシルは誰もいない部屋で一人、静かに笑った。だが、その笑みは次第に狂喜を含むものへと変わる。 それは、セシルが“氷炎の貴公子”たる所以【ゆえん】となる二面性を表していた。氷と炎、相反する二つの力を持つセシルは、同様に色違いの瞳と二つの仮面を持っているのだ。 赤と青の瞳でセシルは一点を見つめ、口を開いた。 「ヴィオ」 異界の地にいる悪魔の名前を呼べば、粒子が集まり人型をとる。 『……どうも〜、ヴィオです。つーかセシルの旦那……今、何時だと思ってるんですか。よい子のオイラは寝る時間……ぐー……はっ!? で、何ですか?』 寝惚けた姿を見せるヴィオを、いつもの事だと気にもせずに話を進めた。 「サハラが動いた。……お前のもとに使えそうな人間はいるか」 『まぁ、……一人は確実に使えるけど、残りはまだ分からないよ』 「そうか……何をしてもいい。サハラを殺せ、天使との戦前に魔界を統一する」 『へぇ……やっと、オイラ達の時代が来るってこと? まかせといて、アイツはオイラがちゃんと殺すよ』 子供の姿をしていようが、ヴィオは悪魔。久々の狩り、それも大物だと喜んだ。 『また何かあったら連絡してね。じゃあ……』 人型から粒子にもどり、風に流されていった。 「……いよいよだ。私の時代が、すぐやって来る」 SIDE レナ 地球、太平洋連合本部。 「レナちゃーん」 「さ、桜さん……どうかしたんですか?」 レナがいつもどおり研究室にこもっていると、周りに花をちりばめるほど上機嫌な桜がドアを開けて入って来た。 「えへ、えへへへ……聞いて驚け、見て叫べ! ジャ―ン! 休暇届受理書」 桜がイェイとブイサインをしながら見せたのは、確かに印の押された受理書だった。 「ほ、本当ですかっ! 桜さんすごい!」 喜びのあまりレナが桜に抱き付くと、桜も優しく抱きしめ返してくれる。すぐにレナは我にかえり「ご、ごめんなさい!」と桜に頭を下げるが、桜は気にした様子もなく優しくレナの頭をなでた。 自分が知らない母親を桜に見出していた。 「それでね、久しぶりに里帰りしようと思ってね。どう? 一緒に行かない? 温泉とか入りに行きましょうよ。最近、肩こりが酷いって言ってたでしょ。肩こりにいい温泉の場所知ってるの」 「わぁ〜、いいですね。……でも、旦那さんと夫婦水入らずの方が……」 桜の夫―――つまり戒斗の父親――は兵士として連合で働いているのだ。せっかくの休暇を自分が邪魔したら悪いとレナは遠慮した。 「それがね、休みが取れたのは私だけでね。向こうは仕事なのよ……一人で行ってもつまらないし……」 落ち込んだように、目線を下げる桜を見て、レナは心が痛んだ。 「桜さん……私でよかったら、一緒に行きますよ」 「本当!? おばさん嬉しいわ〜。一度でいいからレナちゃんに着物を着せたかったのよね〜。やっぱり、女の子はいいわね。しかも、もう日本行きのチケット二人分買ってたから、断れたらどうしようかと思ったわ」 レナは心の中で私の心の痛みを返してと嘆いていた。 「じゃあ、出発は明日だから準備しておいてね!」 「え……明日ってちょっと桜さーん、急すぎ……」 自分の言いたい事だけ言って桜は部屋を出ていった。 「桜さんも、けっこう自分勝手なのね……。知らなかったわ……。アイツが桜さんの息子だっていうのもなんだか分かる気がする……」 レナは戒斗のことを思い出していた。またっく桜と似ていないと思っていたが、変な所で二人は似ていた。人の話を最後まで聞かないところだ。 ふぅ、と一息ついてレナは仕事を再開する。 今日は早めにあがって明日の準備しなくてはいけないのだ。ふと窓を見れば、太陽の光を反射して海面がキラキラと輝いていた。 もうすぐ正午を知らせる鐘が鳴る。 |